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悪夢が続く エイミーside 5

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 ピンク色のドレス、お姫様のドレス、くるりと舞えばふわりと翻るドレス。そんなドレスが着たいわ、と私は仕立て屋に注文をした。
 それは、私の社交界デビューのためのドレス。薄桃色で、私の母さんの知り合いが読み聞かせてくれた絵本に乗っていたお姫様が着ていたものとそっくりの、素敵なドレス。
 胸元には薄いレースが何段もあしらわれていて、肩は大きく出すデザインになっている。袖元は膨らんでいて、その裾には薄く透けるレース。ドレスの裾は白い糸で草花の刺繍。腰元はピンク色のリボンでキュッと結ばれていて、砂時計のようなウエストを際立たせる。
 最新流行の、贅を尽くした美しいドレス。そのドレスはずっしりと重くて、輝いて見えた。耳元と首に輝くサファイア、白いレースの手袋。凝った刺繍が施された、ピンク色の舞踏靴。私は本当に浮かれていた。










 「息をゆっくり吐いてくださいまし!」
 使用人がキンキンとする高い声で叫ぶ。
 今やっているのよ、と言おうとしても窮屈なコルセットのせいでその気力は失われた。
 仕方なしにもう出なくなりそうな息を吐く。これ以上は出来ない、と小さく言おうとした途端、使用人が思い切りギリギリとコルセットの紐を締め上げた。喉が引きつる程には苦しい。
 使用人は素早く紐を結んで私を解放した。
 「これでいいでしょう。まぁまぁ、なんて細いウエスト! 砂時計の様ですわね!! これでしたら、どんな殿方もエイミー様に見惚れますわ!」
 使用人は興奮した声を出し続ける。誰かが注意するだろうと思えば、誰もそんなことはしなくて私の事をじっと見つめている。
 私は支度の段階でもう疲れ果ててしまった。
 弱音を吐くと、「何を言ってるんですか、まだまだです! 今日は王宮で開かれる舞踏会なのですよ? 国王陛下にご挨拶をなさって、無事にデビューした事を認めて貰うのですよ? もっと頑張りましょうね?」と、やけに嬉しそうにしている使用人に怒られた。
 ドレスを着終わったと思えば窮屈な靴に足を突っ込まなければならなかったし、今までやったことのないほど濃いメイクもされた。その作業は終わりが見えないと思ってしまうほど丁寧で、私は長時間鏡の前に立って動く事を我慢しなければならなかった。
 
 数時間後、私は唇に真っ赤な紅を引いて支度を終わらせた。
 あんなに疲れ果てたと思ったのに、私は初めて舞踏会に行く興奮でそわそわして何度も鏡の前でくるりと回った。矢張り、と言うべきかこのドレスはとても綺麗に翻る。

 お父様が階下で私の事を呼ぶ声が聞こえた。
 ゆっくりと階段を降りていくと、お父様たちがにこやかに出迎えてくれた。
 そうしてお父様、お母様、お姉様と浮き立った気持ちと共に馬車に乗り込み、馬車に揺らされながら話をする。

 「いいこと? 決して一人になってはいけませんよ、悪い男の人に捕まってしまうわ。いつもお茶会に来ている人でも誰でもいいから誰かと一緒にいるのよ。親切にしてくれたからって男の人を信用してはいけないわ。」
 お母様が真面目な顔をして言った。
 「ええ、決して一人にはならないわ。悪い男の人に会ったり、怖い目にあいたくないもの。」
 私は返事をした。このことはずっと前から家庭教師に言われていたので、特に気をつけようと思った。
 「浮かれてダンスのステップを忘れないようにね。忘れてしまっても、焦ってはだめよ。相手のリードに身を任せればなんとかなるから。」
 お姉様が私の手を握りながら言った。お姉様の綺麗な顔が私に近づいてきて、本当に真剣な眼差しをしていた。私はええ、と返しておいた。
 お姉様はとても美しい、シルクで仕立てたクリーム色のドレスを着ていた。お姉様が私に近づいて、そのドレスが、お姉様の吐息が私の肌に触れるだけで喜びを感じた。特別なお姉様に近づけている事が誇らしかった。
 お父様はただ一言、こう言った。
 「社交界は華やかで美しく見えるけれど、本来とても恐ろしい物なのだと忘れてはならないよ。」
 
 初めての舞踏会で、私はお姉様のイヤリングをつけた。ピンク色のドレスと真っ青なサファイアのイヤリングは合わない筈なのに、なぜかドレスと良く合っていた。
 お姉様は私を見て美しいと褒めてくれたし、お母様は始終にこにこと微笑んでいた。お父様は何も言わずにそっと抱きしめて下さったから、きっと私に似合っていないということはないだろう。

 「アーヴィング伯爵………」
 ここから先の言葉は覚えていない。ただ、家庭教師に習った通りのカーテシーをして国王陛下に挨拶をした事だけはぼんやりと覚えている。
 王宮の中は様々な香水の匂いと少しばかりの汗が混ざった匂いがした。
 テーブルの上には美味しそうな軽い軽食が置いてある。

 私はくるくると踊った。踊り続けた。最初にお父様、次に知り合いの貴族の方(名前は忘れてしまった)、その次はお若いハンサムな方。他にも沢山の方々と踊った。いつもはミスしてしまうステップでも、舞踏会の熱気にやられたのか私はとても上手く踊る事ができた。私はどの人にもお姫様扱いをされる。

 私が一歩歩けば、将来有望な殿方から声がかけられた。
 「楽しんでおりますか? 私が飲み物を持ってきてあげましょう。貴女は何がよろしいですか?」
 私が踊りたいと思えば、誰かが手を差し出した。
 「もしよろしければ、私と一緒に踊りませんか?」
 一曲踊れば、また声をかけてくれる。
 「もう一曲踊っていただけませんか?」
 疲れた気がして壁にもたれていたら、数人の殿方が私を取り囲んだ。
 「貴女はとても素敵ですね。貴女はどこのご令嬢でいらっしゃるのですか?」
 一言でも言葉を交わせば、引き止められる。
 「是非お近づきになりたいのです。もう少しお話ししましょう?」


 殿方との談笑が終われば、仲の良い令嬢が私を見つけてくれる。
 「まぁ、エイミー様じゃございませんか?」
 「またお茶会に来て下さいまし。わたくし、エイミー様とお話するのがとても楽しいんです。」
 すぐに私の装いを褒めてくれる。
 「今日のドレスも素敵ですわ。一体何処で仕立てましたの?」
 私の全てを認めてくれる。
 「素敵なイヤリングですね。これほど澄んでいるサファイアを見つけるなんて、大変でしょう? 私の家に出入りしている宝石商のサファイアでも、これほど美しい物は中々見ませんわ。」

 本当に、私は浮かれすぎていたのだ。私の全てを褒め称えてくる人々に、疑いなど持たなかった。どんな噂をされていたのかなんて知らなかった。何も知らなかった。私の立ち振る舞いがどんなものだったかなんて、分かっていなかった。ただ私のことを持ち上げてくれる人達のことを信用して、いい気分になっていた。
 お父様が言ったことなんて、覚えていなかった。その時だけ忘れていた。社交界は私のことを暖かく受け入れてくれたのだと思っていた。私に向けられている視線は、全ていいものだと信じていた。

 過去の自分を叱りたいと思った時には、もう全てが手遅れになっていたのだ。

 
 
 
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