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5章 決戦と別れ
5、スパイの役目
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四国銀行四万十支店の前に救急車が到着し、トシは運ばれていった。
ぼくは担架に横たわるトシに声をかけた。
「どうしてぼくを庇ったんだよ…?」
トシは、うっすらと目を開きながら声を吐き出した。
「か、庇ったわけじゃねえ…10年前の借りを返すいい機会だっただけだ…それにこれぐらいどうってことねえ。腹部をかすっただけだ…」
「…だ、大丈夫?」
「俺のことは気にするな、だから勇、お前は父の元に行ってこい。そして、止めてこい…」
トシはふり絞るようにそう言うと、そっと目をつむった。そして、彼を乗せた救急車は発進した。
―――――――――――――――――
ほどなく、四万十支店に警察がやってきた。
「遅くなってすみません。パトカーにトラブルがあって到着が遅くなってしまいました」と言ったあと、彼らは犯人を連行していった。
銀行内に取り残されたぼくと宗輝さんは、少しため息をついた。あまりに急な出来事の連続に疲れてしまったのだ。
そのとき、再度、さっきの番号から電話がかかってきた。
「あなたは何者なんですか?」いきなりそう尋ねる。
電話口の男性は、「もう隠すのをやめましょう」と言って、あえて変えていた声色を戻した。「勇くん、私ですよ」
その声の主は、ジイだったのだ。
「あなたは、雪の家の執事だったジイ…ですね?」ぼくは、彼にそう尋ねた。
「そうですよ」
銀行の窓口の奥にいた雪は、即座に反応した。
ぼくの元に駆け寄り、「私にも聞こえるようにスピーカーにして!」と言った。
スピーカーにしたぼくは、ジイとの会話を続ける。
「京都の時のあなたの行動には不可解な点が多すぎました。
長元組に雪の場所を伝えて、彼女の誘拐を手助けしたかと思えば、ぼくとトシには雪が捕らわれている場所を教えた。まるで二重スパイのような行動に、どういう意味があったのですか?」
雪も、「そうよ、ジイ。あなたはなぜ、私たちの元を去ったの?」と尋ねた。
ぼくらの質問に対して、ジイはゆっくりと答える。
「肉を切らせて骨を切るという言葉を知っていますか?私の狙いはそれです。
長元組を泳がせて、彼らが決定的な犯罪を起こしたときに一網打尽にしようと思ったのです」
「どういう意味?」
「もう少し説明しましょうか。
私は、長元組の頭、つまり勇くんの父、とは古くからの知り合いでした。そして、彼らの組織が本当の悪ではないと感づいていました。
しかしリーマンショックがあり、暴力団排除条例が制定されたときから、流れが変わりました。財政的に追い込まれた長元組は、いずれ私が仕えている山内家にとって大きな脅威となるのではないかと思ったのです。しかし、警察は当てになりません。何せ、裏取引などで彼らとのつながりがあったのですから。
その頃の私は、お嬢様の父、山内市長の政治政策に違和感を抱いていました。
生活保護受給者や暴力団など、社会的な弱者や少数派を排除しようとする姿勢が見えたからです。
行政側、暴力団側、お互いに非はあると考えていた私は、両者にお灸を据えよう、と考えました。そして、荒療治にでました。
長元組が画策したお嬢さんの誘拐に手を貸したのです。しかし、私は長元組の頭の人柄を知っています。誘拐をしたとしても、お嬢さんに危害を加える男ではない、と。
その後は、長元組の事務所に顔を出し、彼らの行動を見ていました。2000万円を奪われた市長側ではなく、今度は暴力団側にお灸をすえるために彼らの行動を見張っていたのです。
警察は基本的に暴力団を逮捕はしません。しかし、決定的な犯罪を起こしたときは別です。
こんな偉そうなことを言っていますが、私だって犯罪者です。私も京都での誘拐事件では彼らに手を貸しました。ですので、のちほど自首して、長元組と共に罪を償います」
ジイの話を聞いて、雪は彼にこう言った。
「ジイは、私たちを一方的に裏切ったわけじゃないんだね…自分を犠牲にして、そこまで考えてくれていたんだね…」
「お嬢さま、ですね?本当に申し訳ございません。私の行動で、あなたを危険な目にさらしてしまい、さらに心を傷つけてしまいました…」
「謝らなくていいんだよ…あなたの真意がわかったから…」雪は涙ぐんでいた。
ぼくはジイに問いかける。
「ぼくらはこれからどうすればいいんですか?父さんがどこにいるかわからなくて…」
「そうですね。勇くんに、長元組の作戦を教えましょう。
私は昨晩、彼らの作戦会議に出席していたので、ある程度は把握しています。
彼らの本当の狙いは、現金輸送車を強奪してそのお金で海外に高飛びをすることです。きっと今頃、車を乗り換えて、どこかの空港に向かっていると思われます。
それがどこかまでは、私にはわかりません…しかし、四万十インターチェンジは彼らが事故を起こして封鎖する予定だったので、一般道で逃げる模様です」
「わかったよ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ。私のスパイとしての役目も終わりましたので、そろそろ自首しにいくとしますか…」
ぼくは担架に横たわるトシに声をかけた。
「どうしてぼくを庇ったんだよ…?」
トシは、うっすらと目を開きながら声を吐き出した。
「か、庇ったわけじゃねえ…10年前の借りを返すいい機会だっただけだ…それにこれぐらいどうってことねえ。腹部をかすっただけだ…」
「…だ、大丈夫?」
「俺のことは気にするな、だから勇、お前は父の元に行ってこい。そして、止めてこい…」
トシはふり絞るようにそう言うと、そっと目をつむった。そして、彼を乗せた救急車は発進した。
―――――――――――――――――
ほどなく、四万十支店に警察がやってきた。
「遅くなってすみません。パトカーにトラブルがあって到着が遅くなってしまいました」と言ったあと、彼らは犯人を連行していった。
銀行内に取り残されたぼくと宗輝さんは、少しため息をついた。あまりに急な出来事の連続に疲れてしまったのだ。
そのとき、再度、さっきの番号から電話がかかってきた。
「あなたは何者なんですか?」いきなりそう尋ねる。
電話口の男性は、「もう隠すのをやめましょう」と言って、あえて変えていた声色を戻した。「勇くん、私ですよ」
その声の主は、ジイだったのだ。
「あなたは、雪の家の執事だったジイ…ですね?」ぼくは、彼にそう尋ねた。
「そうですよ」
銀行の窓口の奥にいた雪は、即座に反応した。
ぼくの元に駆け寄り、「私にも聞こえるようにスピーカーにして!」と言った。
スピーカーにしたぼくは、ジイとの会話を続ける。
「京都の時のあなたの行動には不可解な点が多すぎました。
長元組に雪の場所を伝えて、彼女の誘拐を手助けしたかと思えば、ぼくとトシには雪が捕らわれている場所を教えた。まるで二重スパイのような行動に、どういう意味があったのですか?」
雪も、「そうよ、ジイ。あなたはなぜ、私たちの元を去ったの?」と尋ねた。
ぼくらの質問に対して、ジイはゆっくりと答える。
「肉を切らせて骨を切るという言葉を知っていますか?私の狙いはそれです。
長元組を泳がせて、彼らが決定的な犯罪を起こしたときに一網打尽にしようと思ったのです」
「どういう意味?」
「もう少し説明しましょうか。
私は、長元組の頭、つまり勇くんの父、とは古くからの知り合いでした。そして、彼らの組織が本当の悪ではないと感づいていました。
しかしリーマンショックがあり、暴力団排除条例が制定されたときから、流れが変わりました。財政的に追い込まれた長元組は、いずれ私が仕えている山内家にとって大きな脅威となるのではないかと思ったのです。しかし、警察は当てになりません。何せ、裏取引などで彼らとのつながりがあったのですから。
その頃の私は、お嬢様の父、山内市長の政治政策に違和感を抱いていました。
生活保護受給者や暴力団など、社会的な弱者や少数派を排除しようとする姿勢が見えたからです。
行政側、暴力団側、お互いに非はあると考えていた私は、両者にお灸を据えよう、と考えました。そして、荒療治にでました。
長元組が画策したお嬢さんの誘拐に手を貸したのです。しかし、私は長元組の頭の人柄を知っています。誘拐をしたとしても、お嬢さんに危害を加える男ではない、と。
その後は、長元組の事務所に顔を出し、彼らの行動を見ていました。2000万円を奪われた市長側ではなく、今度は暴力団側にお灸をすえるために彼らの行動を見張っていたのです。
警察は基本的に暴力団を逮捕はしません。しかし、決定的な犯罪を起こしたときは別です。
こんな偉そうなことを言っていますが、私だって犯罪者です。私も京都での誘拐事件では彼らに手を貸しました。ですので、のちほど自首して、長元組と共に罪を償います」
ジイの話を聞いて、雪は彼にこう言った。
「ジイは、私たちを一方的に裏切ったわけじゃないんだね…自分を犠牲にして、そこまで考えてくれていたんだね…」
「お嬢さま、ですね?本当に申し訳ございません。私の行動で、あなたを危険な目にさらしてしまい、さらに心を傷つけてしまいました…」
「謝らなくていいんだよ…あなたの真意がわかったから…」雪は涙ぐんでいた。
ぼくはジイに問いかける。
「ぼくらはこれからどうすればいいんですか?父さんがどこにいるかわからなくて…」
「そうですね。勇くんに、長元組の作戦を教えましょう。
私は昨晩、彼らの作戦会議に出席していたので、ある程度は把握しています。
彼らの本当の狙いは、現金輸送車を強奪してそのお金で海外に高飛びをすることです。きっと今頃、車を乗り換えて、どこかの空港に向かっていると思われます。
それがどこかまでは、私にはわかりません…しかし、四万十インターチェンジは彼らが事故を起こして封鎖する予定だったので、一般道で逃げる模様です」
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