上 下
6 / 188
0章 俺バグ Reboot

自販機大戦争(6)

しおりを挟む
この事件の張本人のボブときゃぷてんは、真夏の甲子園で完投したかのように肩で息を吸いながら嗚咽を漏らすとっしーに声をかけた。

「お前は俺らには勝てん。キチ〇イみたいに、叫んでも結果は同じや」

とっしーは、怒り狂っていた。彼らの目的も、意図も、どうでもよかった。
ただただ、渇いた喉を潤したかったのにもかかわらず、彼は全くジュースが飲めず、財布からは小銭が消えていった。

「もうええ!ジュースなんていらんわ!」
 
とっしーは諦めた。彼らの罵声に関わらず、もうこんな不毛な争いはやめようと決意して、その場から立ち去ろうとした。

「あきらめるんか!?」

「次に戦ったら勝てるかもしれんのに、ここまでもうやめるん?」
 
「諦めるとかの問題ちゃうやろ!こんなわっけわからんイベントやってられっかっ!」

不倫現場を目撃した妻が不倫相手を罵っているかのような修羅場、真顔で叫ぶとっしーに、きゃぷてんは冷静に語りかけた。
 
「キチ◯イのように諦めるな。それは、まるで`諦めキチ◯イ。
略すと'あきち'や」
 
ボブは、口をすっととんがらせて驚いた。
「...オメェッ!あの有名な、'あきち'かっ!
どんな勝負にも諦める、天下無双の`あきち`や!!」

わけのわからない罵りは、とっしーの心にもう一度、火をつけた。
「'あきち'ってなんやねんっ!!」


その時、きゃぷてんの表情が少し曇った。そして、人差し指をしきりにゆすっていた。
「お前、もしかして」

「気付いたか。そうや、さっきのブラックコーヒーを勢いよく押したときに、ちょっとやっちまったようや…」

「そこまでして、こんな不毛な争いをせんでええやろ?何がお前をそこまで突き動かす?」
きゃぷてんは、ずっと遠くを眺めながら、問いかけに答えた。

「理由なんかはない。目の前にブラックコーヒーがあるなら、それを押すだけだ」

こいつらどうかしてるぜ。とっしーはそう思った。

しかし、暮れていく夕日に照らされたきゃぷてんの横顔はなぜか晴れやかで、人差し指の炎症は、名誉の負傷に見えた。

とっしーは、気持ちを改めた。もっと真摯にこの勝負に向き合ってみよう。と思った彼は、ボブときゃぷてんに正対して、1枚の500円玉を提示した。

「これが、これが、本当に最後や。俺も全力で押すから、お前らも全力でかかってこい」

「待ってたぜ」「おもしろくなってきやがった」
彼らも最後の決戦を承諾し、肩を回し、手首をプラプラさせ、入念なストレッチを行い始めた。

とっしーも負けじと、屈伸をし、アキレス腱を伸ばし、下半身の柔軟性を高めた。

精悍な顔つきのきゃぷてんは、まさしくケインコスギ。

細長く眼光が鋭いボブは、まさしく池谷直樹。

ひょろ長くて猿顔のとっしーは、まさしくおさる。

ここは、「筋肉番付」の戦場なのだろうか。

否。ここは、下校途中にある自動販売機の前だ。
戦場でもなんでもない平和な空間だ。


自動販売機前に集う3人の男子高校生が入念にストレッチをする姿は、ほかの通行人にはどう映っただろうか。

しかし3人は、この世界は自分たち3人と自動販売機しか存在しないような感覚に陥っていた。

飲み込んで吐き出すだけの単純作業繰り返す自動販売機は、この世界の全てを司る神のように思えたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗
ライト文芸
 流介と太一の通う私立音弧野高校は勝利と男気を志向するという、時代を三周程遅れたマッチョな男子校。  そんな音弧野高で声優部を作ろうとする流介だったが、基本的にはスポーツ以外の部活は認められていない。しかし流介は、校長に声優部発足を直談判した!  同じ一年生にしてフィギュアスケートの国民的スター・氷堂を巻き込みつつ、果たして太一と流介は声優部を作ることができるのか否か?!

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

屋上でポテチ

ノコギリマン
ライト文芸
中学校の屋上で、カップル下校をカウントしている帰宅部の三人、誕生日に次々に告白されて疲れて果てたままバス停で雨宿りする野球部員、失恋するたびに家に帰るとトイレから出て来る父親にウンザリしている女子―― ――中学生の何気ない日常を切り取った連作短編。 ひとつひとつは独立していて短いので読みやすいと思います。 順番に読むと、より面白いと思います。 よろしくお願いします。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

処理中です...