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【番外編】新入社員ガモタンの珍道中
省電力モードで先輩に同行
しおりを挟む「アポは16時か。ちょっとコンビニで時間潰すか」
先輩はそう言って、コンビニ前の喫煙所でアイコスを吸い始めた。
「よーしゃ!ラッキーチャンス!」と思ったガモたんは、レジに駆け込み、メルカリの発送を済ませた。
店から出たガモたんに先輩は尋ねる。
「発送とか面倒やろ?」
「いや、300円の儲けはでるんすよ」
「…たった300円?」
先輩は、大きな体に似合わない小さな目をぱちくりとさせていた。
*
ガモたんはたまに外回りの仕事をすることがある。
入社して程ない立場で、仮免許練習中、もとい、研修中のガモたんは、ドラゴンクエストのように、先輩の後ろについていく。
だが、先輩はたまにフェイクをかける。
点滅している信号機の前で、立ち止まったと思った瞬間、すぐにダッシュするのだ。
慌てたガモたんも、先輩についていく。
「先輩、急に走らないでくださいよ!」
というと、先輩はにやっと笑う。
そんな先輩は、電車移動でもお茶目だ。
電車が目的地の駅に着いても立とうとはしないのだ。
「先輩、降りる駅ですよ」
「今日は俺は帰るから。1人で行ってきてな」
「マジっすか…」
諦めたガモたんが、落ち込んだ表情でホームに降りると、その横を先輩が走り去っていく。
結局降りるかい、と思ったのもつかの間、ガモたんを置いて改札に向かうのだ。
―――――――――――――――――
ガモたんと先輩は正反対だ。
ガモたんは7時間ほど睡眠するが、先輩の平均睡眠時間は4時間だ。
ガモたんは痩せているが、先輩はヘビー級だ。
数少ない共通点と言えば、野球が好きなことだが。ガモたんは巨人ファン、先輩は阪神ファンだ。
「関西人やのに、巨人ファンかよ」と毒づかれることは日常茶飯事だ。
阪神が弱かったシーズン序盤、ガモたんは、「阪神調子悪いっすねえ~」と煽っていた。
先輩はそのたびに、「関西人の巨人ファンはろくなやつおらへんわ」と眉間に皺を寄せた。
―――――――――――――――――
いつものように電車で移動しているとき、先輩はガモたんの携帯を覗き込んでこういった。
「それ、省電力モードやろ?」
「え?なんでわからんすか?」
「ほぼ満タンに充電されてるのに、マークが黄色いやん。わざわざ設定から、省電力に設定してるん?」
「よく気付きましたね…もしや名探偵志望ですか?」
「ちゃうわ…」
先輩の洞察力は、凄まじい。
*
「はい、今日はこれで自由の身や」
コンビニ前でアイコスを吸いながら、先輩は皮肉たっぷりにそう言った。
「先輩の家って、この辺っすよね?」
「せやで」
「ほな、家庭訪問させていただきますか!」
茶目っ気たっぷりに先輩を一瞥すると、「別にええけど」と、ぶっきらぼうに答えてくれた。
意外な反応が嬉しい。
この日のガモたんは、もう少し先輩と散歩がしたかった。
先輩の後についていき、商店街を歩く。
目についたのは、ハチマキを巻いた威勢のいいおじさんが魚を売っている魚屋だ。
まるで、豆腐屋源さんのようだ。豆腐屋源さんってなんだろう。
また、和菓子屋も目についた。
「この商店街は活気がありますね」
「そら、そうや」
たわいのない会話をしていると、釣り天井にある人物が目に入った。
野蛮そうな表情と、逞しい輪郭、あれは誰だろうか。
「先輩、あれ、だれっすか?」
「ターザン山下やん」
やん、という関西弁には、「それは常識ですよね」というニュアンスが含まれている。
ガモたんは、ターザン山下についての記憶を探し始めた。
脳内のシナプス細胞がいつも以上にざわついている。
しかし、ターザン山下は思い出せなかった。
「誰ですか?」
「 知らんの?」先輩は、解せぬ、というような顔をしている。
「知りませんよ」
「ターザン山下はターザン山下や。 DJ、タレントやな 」
先輩は、商店街の途中で右に曲がった。
ほどなく、「あれがガモたんの家や」と指を指した。
「3階建てじゃないっすか。先輩の実家、すげえっすね」
「ああ、屋上も俺んやで」
「広いんでキャッチボールできそうですね」
「お前は野球しか頭にないんか…」
「ははは。けど、立派な家ですね。居心地がよさそう…」
「まあ、ほとんど家にはおらんけどな。今から着替えて飲みに行くし 」
「先輩って、いつ家にいるんすか?ずっと飲み歩いてる印象がありますよ?」
「まあ、ほとんど外食やし、家は寝るために帰ってるだけやな。」
そう言いながらも先輩は、ガモたんの2倍のお金を実家に入れている。両親思いなのだろう。
「じゃあ、お疲れさまです」と言おうとしたが、先輩は自分の家には帰らずに、再び右に曲がって歩き始めた。先輩は、家とは逆の方向に進み始めている。
そして、たわいもない会話をしながら、ガモたんを駅まで送ってくれた。
「そこが駅や。じゃあ、俺は帰るわ」
「先輩…」
「なんや?」
「わざわざありがとうございます」
先輩は何も言わずに俯いたあと、踵を返して帰路についた。
その後ろ姿は、ほんの少しだけ、貴景勝関に見えた。
ガモたんは、そんな先輩が好きだった。
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