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【Ⅳ章】利家、まつと二人で創る夫婦像
【まつ利】1話 信長様…テレワーク導入を!
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昼休み、上場企業の社長は忙しい。しかし、息抜きの時間も必要だ。織田証券株式会社 代表取締役社長 織田信長の至福の時間は、スケジュールに余裕がある日の昼休みに、PSVitaのゲームソフト`信長の野望`で遊ぶことだった。
「だめだ。武田家が強すぎて、このままでは織田家が滅ぼされてしまう。俺の戦略が悪いのか?織田家の家臣団の能力が低いのか。もっと練兵をしないと…」
そんなとき、トントン…と、扉をたたく音がした。
信長は慌ててPSVitaをカバンの中に隠しながら、「誰だよ、今日はアポ入れないで、って秘書の吉乃ちゃんに頼んだのに…」と呟いた。
「はいってよろしいでしょうか!?」とドアの外で声がする。
信長は、「はいってよい~」と答えた。
「信長様!!」と、威勢よく社長室に入ったのは、システム課に勤務している前 利家だった。
「なんじゃ、利家?」と言いながら、信長はカバンのチャックを閉めた。
「あれ。今、何か隠しましたか?」
「え?気のせいじゃないのか?」と信長がしらを切ったとき。
`ボォォーオォー…出陣じゃ!!`と、法螺貝の音と武士の叫び声がした。
「その音、もしかして…」と利家は何かに勘付く。
信長は心の中で、`ヤバい。PSVitaの電源を切り忘れていた。さっき出陣の指令を出したから部隊が動き出しやがった…`と冷や汗をかく。
しかし、それを部下に知られるわけにはいかず、「今の音は儂の腹話術じゃ。会社の売り上げを上げるために、常日頃、法螺貝と鬨の声をあげておる」と苦し紛れの言い訳をした。
「は、はあ...」と利家は納得した振りをしたが、`大丈夫、いける。信長様は魔王なんかじゃない。俺たちと同じ人間だ、`と心の中で確信した。
「それで、なにか話があるのか!?」信長は、利家に問いかけた。
「は、はい!」
利家はごくりと唾を飲んだ。たとえ、承諾してもらえないだろうとわかっていたとしても、要求すべきことはあるのだ。
「信長様に、お願いがあります。私の部署を…在宅勤務可能にしてくれませんか…?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…雷鳴のような地響きと共に…
「TA・WA・KEEEE!!!!」という咆哮がこだました。
「そこをなんとか!私の部署の仕事は、ネットワークを整備すれば自宅でも勤務可能です。
それに、新型ウイルスの影響は今年も続きますし…」
「家で仕事だと?!ウイルスのせいにするな!そうやってお前たちは、家で働いてさぼろうとするんだろう?」
疑ってかかる信長に利家は必死の弁解をする。
「そんなつもりはありません!今与えられているタスクや、仕事の分量は在宅勤務でも通常通り行います。私が訴えたいのは、会社であろうが、自宅であろうが、仕事を問題なく捌けるならば場所は関係ない、ということなのです!」
信長はやはり眉をひそめる。納得は言っていないようだ。
「給料はどうしてほしいんだ?」
「もちろん、据え置きが希望です…」
「どうも自分勝手な意見に聞こえるな。家で仕事をしたい、ただ給料は下げるな、と。赤母衣衆として、最前線で会社のために身を粉にしたお前がワークライフバランスどうこうと言い出すとは…」
赤母衣衆とは、織田証券随一の頭脳派集団のことだ。何かシステムに問題が起こると、24時間365日出勤し、対応にあたる。その献身ぶりは、狂気にも似たものがあった。
しかし今の利家の頭には、織田証券への忠義よりも、まつとの夫婦生活であった。「そういうわけではありません!」と、信長に言葉を返す。
「では、その提案に、儂らの、経営者側にメリットはあるのか?」
「既存社員の定着率が上がります。また、良好な労働環境に惹かれて、他社から優秀な人材が弊社で働くことを希望するかもしれません。新卒学生に対しても…」
「お主、武田証券のようなことを言っておるな。まるで人は城、人は石垣、と」
利家は声を大にして訴える。
「そうです!私が言いたいのはそういうことです。実際、織田証券とライバルの武田証券では、労働環境に大きな差があります。我が社が改革を後回しにしていては、人材が武田証券に流出してしまいます…」
信長は冷静さを保ったままだ。
「儂を脅すつもりか?」
「いえ、決してそういう意味ではございません!
本当の意味で脅すというのは、`信長様が昼休みにPSVitaで信長の野望で遊んでいるぞ`ということを社内に言いふらしますよ、と伝えることではありませんか!?」
信長の顔色が変わった。「お主、それは脅しておるのと同じじゃぞ…?」
「いえ、何も私は昼休みに信長の野望で遊ぶことを指摘しているのではありません。あのゲームは歴史のある戦略ゲーム。経営者の立場でプレイすることで実際の経営にも好影響を及ぼすかもしれません。しかし私が気になったのは、ゲームをプレイしていることを隠そうとしたということです」
「…」信長は何も答えなかった。織田証券の社員でも頭がキレる利家に弱みを握られた以上、下手に言い訳をすると揚げ足をとられる危険性があったからだ。
「例えば、自らの戦略ミスを部下のせいにしていた、とか。昭和の時代のパワハラ手腕で強引に局面を打開しようとしていた、とか…」
信長は冷や汗をかいた。自分の心を見透かし、寝首をかいてくる存在は光秀だと思っていたが、目の前の利家もなかなかどうして鋭いではないか、と感心している。
「それ以上はもうよい。それで、どうしてほしいのだ。利家…?」
「ただ、信じてほしいのです。働く場所ではなく、`成果`によって社員を評価する。そういった制度を整える。あとは、信長様が我々社員を信じてくださるだけです…」
信長は首を縦に振ることも、横に振ることもしなかった。ただ一言、「まつの存在の影響か…」と答えた。
まつ。
利家にとって最愛の妻であったが、同時に悩みの種でもあった。仕事人間の利家がどうして社長の信長に逆らってまでワークライフバランスを訴えたのか。
「だめだ。武田家が強すぎて、このままでは織田家が滅ぼされてしまう。俺の戦略が悪いのか?織田家の家臣団の能力が低いのか。もっと練兵をしないと…」
そんなとき、トントン…と、扉をたたく音がした。
信長は慌ててPSVitaをカバンの中に隠しながら、「誰だよ、今日はアポ入れないで、って秘書の吉乃ちゃんに頼んだのに…」と呟いた。
「はいってよろしいでしょうか!?」とドアの外で声がする。
信長は、「はいってよい~」と答えた。
「信長様!!」と、威勢よく社長室に入ったのは、システム課に勤務している前 利家だった。
「なんじゃ、利家?」と言いながら、信長はカバンのチャックを閉めた。
「あれ。今、何か隠しましたか?」
「え?気のせいじゃないのか?」と信長がしらを切ったとき。
`ボォォーオォー…出陣じゃ!!`と、法螺貝の音と武士の叫び声がした。
「その音、もしかして…」と利家は何かに勘付く。
信長は心の中で、`ヤバい。PSVitaの電源を切り忘れていた。さっき出陣の指令を出したから部隊が動き出しやがった…`と冷や汗をかく。
しかし、それを部下に知られるわけにはいかず、「今の音は儂の腹話術じゃ。会社の売り上げを上げるために、常日頃、法螺貝と鬨の声をあげておる」と苦し紛れの言い訳をした。
「は、はあ...」と利家は納得した振りをしたが、`大丈夫、いける。信長様は魔王なんかじゃない。俺たちと同じ人間だ、`と心の中で確信した。
「それで、なにか話があるのか!?」信長は、利家に問いかけた。
「は、はい!」
利家はごくりと唾を飲んだ。たとえ、承諾してもらえないだろうとわかっていたとしても、要求すべきことはあるのだ。
「信長様に、お願いがあります。私の部署を…在宅勤務可能にしてくれませんか…?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…雷鳴のような地響きと共に…
「TA・WA・KEEEE!!!!」という咆哮がこだました。
「そこをなんとか!私の部署の仕事は、ネットワークを整備すれば自宅でも勤務可能です。
それに、新型ウイルスの影響は今年も続きますし…」
「家で仕事だと?!ウイルスのせいにするな!そうやってお前たちは、家で働いてさぼろうとするんだろう?」
疑ってかかる信長に利家は必死の弁解をする。
「そんなつもりはありません!今与えられているタスクや、仕事の分量は在宅勤務でも通常通り行います。私が訴えたいのは、会社であろうが、自宅であろうが、仕事を問題なく捌けるならば場所は関係ない、ということなのです!」
信長はやはり眉をひそめる。納得は言っていないようだ。
「給料はどうしてほしいんだ?」
「もちろん、据え置きが希望です…」
「どうも自分勝手な意見に聞こえるな。家で仕事をしたい、ただ給料は下げるな、と。赤母衣衆として、最前線で会社のために身を粉にしたお前がワークライフバランスどうこうと言い出すとは…」
赤母衣衆とは、織田証券随一の頭脳派集団のことだ。何かシステムに問題が起こると、24時間365日出勤し、対応にあたる。その献身ぶりは、狂気にも似たものがあった。
しかし今の利家の頭には、織田証券への忠義よりも、まつとの夫婦生活であった。「そういうわけではありません!」と、信長に言葉を返す。
「では、その提案に、儂らの、経営者側にメリットはあるのか?」
「既存社員の定着率が上がります。また、良好な労働環境に惹かれて、他社から優秀な人材が弊社で働くことを希望するかもしれません。新卒学生に対しても…」
「お主、武田証券のようなことを言っておるな。まるで人は城、人は石垣、と」
利家は声を大にして訴える。
「そうです!私が言いたいのはそういうことです。実際、織田証券とライバルの武田証券では、労働環境に大きな差があります。我が社が改革を後回しにしていては、人材が武田証券に流出してしまいます…」
信長は冷静さを保ったままだ。
「儂を脅すつもりか?」
「いえ、決してそういう意味ではございません!
本当の意味で脅すというのは、`信長様が昼休みにPSVitaで信長の野望で遊んでいるぞ`ということを社内に言いふらしますよ、と伝えることではありませんか!?」
信長の顔色が変わった。「お主、それは脅しておるのと同じじゃぞ…?」
「いえ、何も私は昼休みに信長の野望で遊ぶことを指摘しているのではありません。あのゲームは歴史のある戦略ゲーム。経営者の立場でプレイすることで実際の経営にも好影響を及ぼすかもしれません。しかし私が気になったのは、ゲームをプレイしていることを隠そうとしたということです」
「…」信長は何も答えなかった。織田証券の社員でも頭がキレる利家に弱みを握られた以上、下手に言い訳をすると揚げ足をとられる危険性があったからだ。
「例えば、自らの戦略ミスを部下のせいにしていた、とか。昭和の時代のパワハラ手腕で強引に局面を打開しようとしていた、とか…」
信長は冷や汗をかいた。自分の心を見透かし、寝首をかいてくる存在は光秀だと思っていたが、目の前の利家もなかなかどうして鋭いではないか、と感心している。
「それ以上はもうよい。それで、どうしてほしいのだ。利家…?」
「ただ、信じてほしいのです。働く場所ではなく、`成果`によって社員を評価する。そういった制度を整える。あとは、信長様が我々社員を信じてくださるだけです…」
信長は首を縦に振ることも、横に振ることもしなかった。ただ一言、「まつの存在の影響か…」と答えた。
まつ。
利家にとって最愛の妻であったが、同時に悩みの種でもあった。仕事人間の利家がどうして社長の信長に逆らってまでワークライフバランスを訴えたのか。
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