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第12章 さようなら
1 虹の子
しおりを挟む「美桜、あのう……」
「なぁに?」
「いやぁ……桜姉ちゃんが……」
「まさか、急変したの!!??」
「ちっ、違う!! 落ち着いてる。何でもない……」
桜に言われて、すぐに伝えるなんて、できるわけがない。
省吾の中には、蒼空の記憶が 、鮮明に残っている。
桜の事を思う『蒼空』と、美桜を思う『省吾』。
気落ちを伝えるなんて、器用じゃない。
「桜姉ちゃん、どんな顔をするかな?」
「そうか、明日だね!」
「よろこんでくれるかなぁ……」
「どうかな? 『仕事はどうしたの?』って怒るかもな……」
省吾は、頬をポリポリと、指先でかきながら、話がそれた事に、ホッとする。
*
ナースステーションにある。集中モニターが、『危険』だと、警報を鳴らしている。
「小川さん! 小川さん!」
省吾は、昨日も帰らなかった。朝の桜の様子見に行くと、当直の看護師が、大声をあげている(急変したのか!?)。
足早に、桜の部屋に駆け込む(間に合わなかった……)。
ガラガラ……
「どうしました?」
「あぁ、先生! 小川さんが……」
窓の方を向いて、桜が立っている。窓に映る桜は、ぼんやりと外を眺めている。
細く青白い腕に流れる暗赤色の血液。ベッドに、心電図のコードと点滴のチューブと床に滴る薬液。
「桜姉ちゃん!?」
「省吾……!?」
「どうしたの!?」
「今日は、気分がいいの……」
省吾は、何くわぬ顔で、こちらを見る桜の右側に、そっと寄り添う。久しぶりに、桜の隣に立った。
省吾(蒼空)と釣り合いが取れて、いい感じ。肩にちょこんと頭を預けるのには、程よい高さ(こんなに、小さかったんだ……)。
確かに、桜の言うとおり調子は良さそう。
痩けた頬が、薄らピンク色で、とても、病気に犯されている人には、見えない。
偶然なのか、見つめる先には、施設がある。見えていないはずなのに、不思議だった。
「ここは、大丈夫です」
「でも……」
省吾は 、看護師にフッと笑みを浮かべうなずく。
「ねぇ、省吾……」
「何?」
「今日は、晴れるのかしら?」
「曇ってるね……」
窓を1粒の雨粒が、コンと叩くと、次々に雨粒が、窓ガラスを叩く。次第に空から零れるように、目の前の景色をグレーに変える。
せっかく皆が訪ねて来るのに、ついてないな。
「さぁ、桜姉ちゃん座ろうか……」
「……うん」
桜は、少し残念そうな顔をする。
「また 後で、来るよ!」
「……」
ベッドに座ると、遠足を楽しみにしていた子供が、雨降る外を残念そうに見ているよに、ずっと窓の向こうを見ている。
「いつから?」
「すみません! 気づいたら、窓際に立ってたので……!」
「こちらこそ、すみません……迷惑をかけます」
ICUのスタッフは、桜が省吾と美桜の知り合いだと、知っている。嫌な顔をせず協力的で、感謝している。
「何かあったら、連絡してください」
「はい」
省吾は、頭を下げた。
省吾も何度も頭を下げた事は、何度もあった。それは、全て自分の失敗や過ちで、
他人の為に頭を下げるなんて、考えた事もなかった。
今まで何度も、患者や親族から頭を下げられた事は、何度もあった。
『助けてください』
『苦しませないでください』
『どうか……最後は安らかに……』
(こんな想いだったのかな……)
僕達に……
僕達にしかできない……から
皆が、託した『想い』だと、気づいた。
*
「ねぇ、省吾……」
「おはよう」
「桜姉ちゃんに、皆が来ること教えたの?」
「よろこんで欲しいから、教えてないけど……!?」
「私を訪ねてくるって言うのよ!?」
美桜が、出勤して桜に会いに行くと、桜が化粧道具を貸して欲しい、洋服を貸して欲しいと言った。
「でも、ここでは、まずいでしょ……!?」
「そうだね……」
「面会室だったらねぇ……」
「わかった! 僕も美桜も付き添うわけだし……院長と師長にお願いしてみるよ!」
院長も師長も、『快く』とはいかなかったが 、了承してくれた。
*
午後に施設の皆が見舞いに来る事になっている。
「美桜……どうかな?」
「桜姉ちゃん綺麗だよ!」
「ねっ、省吾!」
「……うん」
「師長さん、皆さん無理言ってごめんなさいね……」
「いいえ……」
「大事な人達が、来るの!」
「よかったですね……!」
化粧と着替えは、美桜と他の看護師が手伝ってくれた。
「小川さん綺麗ですよ!」
「ありがとう」
省吾は 、嬉しかった。
自分を毛嫌いしていたはずなのに、皆が協力してくれた。
省吾の頼みだからでなく……
美桜の頼み事。それでもいい……
桜の願い……
1つでも叶うなら、それでいい。
「ねぇ、省吾……雨が、上がるわ!」
感じていた雨の気配が、変わった。
窓から、光が差し込んで桜の手の甲から、桜の顔を柔らかに照らす。
「あっ!!??」
省吾(蒼空)には、25年前の桜が、そこにいた。
*
「ねえ、桜姉ちゃん……」
「皆が、来たのね?」
省吾と美桜は、桜を支えて車イスに座らせる。細い身体と桜の体温。そして、桜の命。
省吾は、美桜の目から零れ落ちる涙。美桜のあふれる想い。
2人で、桜を支えられた事に、熱いものが、溢れでる。
美桜が、車イスを押して廊下を歩く。
省吾は、その後ろをついていく。
桜に喜んで欲しい……
その想いが、桜への『最後のプレゼント』と、勝手に思う自分が、どこか浅ましく思えてしまう。
「ねえ、桜姉ちゃん……どうして、皆が来ると思ったの?」
「あなた達、2人を見てるとわかるわよ!」
「えっ!?」「えっ!?」
「何か、企んでるなって!!」
「ひどぉい!!」
「冗談よ!」
「ヒドイ」
「でもね、あの人がね教えてくれたの?」
「誰?」
「大切な人よ!」
美桜は、省吾の顔を見て、首をかしげる。
最上階に、ある展望食堂。大きな窓から射し込む光が、8人の姿を照らす。
省吾達に、気づいた8人が、フッと笑みを浮かべると、ゆっくりと近づいてくる。
久しぶりの再会。歓喜の声を上げるわけではなく、とても静かな再会。
桜を囲む皆の間を、暖かかな風が、ゆっくりとながれていく。
「桜、久しぶりね……」
「涼子元気だった?」
「当たり前じゃない!」
『元気だった?』桜の言葉は、涼子に対する謝罪の言葉。
『当たり前じゃない』涼子は、それを受け入れる。
「桜姉ちゃん!」
「皆、立派な大人になったね」
「うん」
省吾と美桜も皆と並ぶ。
「皆……本当に立派になったね……」
「……」
1人1人の顔を見る桜の柔らかな表情は、皆の心をとかす。
「桜姉ちゃん!!!」
美桜が、大きな声で、桜の名前を呼ぶと車イスに座る桜の脚にすがるように抱きつき、大きな声で泣く。
「美桜……毎朝、会ってるじゃない……」
「だって! だって!」
皆が、桜に抱きついて泣いている。省吾は、涼子とその様子を見ている。
「省吾……あなたも行ったら……」
「ぼっ、僕は……」
偶然だった……
零れる涙を指ぬぐおうと、眼鏡を浮かせた時、桜と皆の色が見えた。
桜から、吹きでるその色は、青い空にアーチを描く7色の光は虹のようで、綺麗で神秘的。
1人1人に降り注ぐその色は、雨上がりの空にかかる虹。
それは、手のひらを上に向け、そっと差し出すと、省吾にも、虹がかかる。
目を閉じると、暖かくて優しくて、桜の胸に抱かれているようで……安心する。
「桜姉ちゃん、俺はねぇ……」
桜を囲み、自分の近況を話す皆が、25年前の姿と重なって省見える。
「桜姉ちゃん、嬉しそうだね……」
「……うん」
省吾の頬に、流れる涙。熱いのに、直ぐに冷たくなる。
こんな情景をいつまでも見られたら、どんなに幸せだろう。
叶うことない願い……
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