虹のした君と手をつないで

megi

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第11章 省吾、目覚める

4 想い

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 省吾(蒼空)は、気がつくと桜の部屋の床に座っていた。

 相変わらず血圧は低く、予断できないが状態は落ち着いている。モニター画面に、規則的に波打つ 基線と、酸素マスク越しに聞こえる桜の息づかいが、子守唄のように心地よくて、固くなった身体の緊張が、抜ける。

 何故、桜は病院を抜け出したのか、それは、桜しかわからない。

 だけど、省吾はここに桜が、運ばれてきた事。偶然には、思えなかった。

 桜は、いつも他人の事を大事にする人。自分の為に、病院を抜け出したとは、思えなかった。

「桜姉ちゃん……どうして……?」

 *

「ほら、蒼空! そんなとこに寝てると風邪ひくよ」
「……桜さん」

 食堂のテーブルに、突っ伏して眠る蒼空の身体を、桜が肩を揺すって起こす(あれっ? いつの間に……寝てたんだろう?)。

「僕……寝てましたか?」
「風邪ひいて、子供達にうつったらどうするの!!」
「すみません……何か、疲れてしまって……」

 蒼空は、目を擦りながら、子供達の部屋を見回る。

 いつもと変わらない寝顔。蒼空は、そっとドアを閉める。

「大丈夫です! 変わりありません!」
「ご苦労様。お茶飲む?」
「はい」

 食堂のテーブルに向い合わせで座り。ほっと、一息つく。

「あの、桜さん」
「何?」
「省吾は、何で自分の気持ちを言わないんですかね?」
「……優しいからよ!」
「確かに、優しいですけど……!?」

 桜は、お茶をすするとゴクッと飲む。

「他人に優しいから、怖いのよ」
「怖い……んですか?」
「そうよ! 自分のせいで、傷つけそうで怖いのよ……」
「そっ、そうですか……?」

 自分の気持ちを伝えるのは、難しい。受けいられるか、拒否されるかは、伝えないとわからない事。

 人は、拒否されるのが怖いから、自分の中に、収めてしまう。

 そして、時には嘘もつく。

「でも、それじゃ……いつまでたっても……」
「そうね……わからないわね……」
「だったら……」

 だから人は 、相手を思いやる努力をする。相手の事をもっと知りたいから、隣にいたいと思う。

 うれしい時は、共に喜び……
 悲しい時は、共に泣く……    

「ここの子供達は、皆、優しいわ……」
「……」
「特に省吾は、特に他人の事を考えすぎるのよ……」
「だから……ですか?」
「私は、この子達が、困ったら命をはるわ!!」
「そんな……大袈裟なぁ」
「本気よ!!」

 桜は、蒼空の目を見つめる。覚悟を決めた桜の強さを感じる(お母さんって、こんな感じなのかな……?)。

「でも、省吾は、馴染めますかねぇ?」
「そうね……顔色ばかり見ていると、いつかは、壊れるでしょうね……」
「えぇ……!?」
「その時は、この桜姉ちゃんが、助けるから心配ないわ!!」
「心強いなぁ!」

 *

「藍場先生……藍場先生……」
「あっ、はい……」
「大丈夫ですか?」
「すっ、すみません……」

 夢だった……の……か……

 見回りに来た看護師に、起こされた。

「医局に、いますんで……」
「……はい」

 医局のソファーに横になり、天井を眺める。

「命をはるかぁ……」

 重症患者対峙する忙しい毎日。省吾は、自分を見失っていたような気がした。

 医師を目指したあの日。省吾は桜の笑顔を取り戻したい、その想いは、やがて自分を頼ってくる人の笑顔を取り戻したい。そんな、想いにつながる。

 それは、桜が、子供達に抱いた想いと、似ている。

 *

「省吾! 省吾!」
「おはよう……美桜……」
「あなたは、自分の部屋に戻る事は、ないの?」
「何時?」
「朝の8時よ!」

 省吾は、医局のソファーで眠ってしまった。

「どうして、医局に?」
「大貫先生が、起こしてこいって……!」
「あぁ……回診の時間か……」

 ロッカーに行くと、水色のシャツとズボンを脱いで、上下黒のスクラブに着替える。

「気分は、どうですか?」
「はい……先生のおかげです……」
「いえいえ、迫田さんが、頑張ったからですよ」

 白髪の女性が、ベッドの上で手を会わせて、頭を下げる。そんな、彼女の姿を見ていると、身体の中が、暖かった。

 なんだか、心も身体も軽かった。自然と口から、言葉が出てきた。

 誰かに、強制された訳でなく、考えた訳でなく、『頑張ったから』と、素直に言えた。

 迫田さんが、ニコッと笑い頭を下げる。

「藍場先生……迫田さん喜んでましたね!」
「そうですね……僕も、嬉しいです!」

 ニコッと笑う看護師に、省吾はうなずいた。

 *

「省吾、お疲れさま」
「お疲れさま……」

 今日は、PHSのベルが鳴らない。

 食堂のAランチをゆっくりと食べれそうだ。

「ここいい?」
「どうぞ……」
「ねぇ、いい事あったの?」
「何で?」
「だって、美味しそうに食べてる」
「省吾、桜姉ちゃんが来て変わったね!」
「そうかなぁ……!?」
「そうだよ!!」

 Aランチは、食堂の看板メニューの1つ。
 いつかは食べようと思って、もう4年もたつ(確かに、美味しい!!)。

「この後、桜姉ちゃん?」
「うん……美桜は会ったの?」
「うん……会ったけど、『仕事しろ』って、うるさい……」
「ハハハ……桜姉ちゃんらしい!」

 不謹慎……かな……?

 大切な人の命が、消えようとしているのに、2人で笑ってる。

 *

「桜姉ちゃん……具合はどう?」
「今度は、省吾? ここは、本当に暇ね?」
「一応、僕の患者ですから……」
「そうでしたね! 藍場先生!!」

 桜は、省吾の方を見て話をするけど、視点が、わずかに上にずれる。

「ねぇ、桜姉ちゃん……」
「はい、なんでしょうか? 藍場先生ぇ……」
「どこで、僕の事を聞いたの?」
「『無情Dr』って事?」
「うん……ここの看護師が、言ってたの?」
「あなたでも、気になるんだ?」
「まっ、まぁ……」

 桜が、ここに運ばれて来る前に、成瀬病院の緩和病棟に、入院していた。

「私がね、点滴スタンドを押して歩いているとね……」

 偶然にも、西野病院に勤めていた看護師が、成瀬病院に入職してきた。

 よくしゃべる看護師が、同僚に、ここの事を話していた。

「『凄腕のDrがいるけど、冷たくて感情がないの』ってね」
「でも、それだけじゃ……僕ってわからないんじゃ……?」
「私、気になってね……」
「……うん」
「仲良くなってね、話を聞いたのよ!」
「仲良くって……!?」

『ボサボサの髪に丸い眼鏡をかけて、腕はいいんだけど、心がないのよね……藍場先生って、言うんだけど……!』

「でね! もう一度、名前を聞いたの」

『藍場……』
『藍場 省吾……?』
『そうです!! 藍場 省吾先生!!』

「びっくりしたわ、あなたの名前だもの….」

 肩に、大きな重りがズッシと乗るよにガックリした。

 影で言われている事は、知っていた。美桜にも注意されたし、実際に耳にした事もある。

 だけど、気にしないようにしていた。病気を治すのに、他人の戯言なんて気にしてられないと…… 

「省吾は、優しいものね……」
「えっ!?」
「自分も弱いくせに、あなたは、いつも他人の事ばかり……」
「……」

 苦しかった……
 救えない命……
 悲しむ遺族……

 深く青く押し寄せる波は、容赦なく省吾のをのみ込み深く暗い底へ、沈んでいく。

 あがけば、あがく程、苦しく、省吾は息をするのを止めた。

「きっと、苦しんでいる……そう思ったら……ねっ!」
「だけど……」
「時間がない事、知ってるわ……」
「……」
「だからよ……! 決めてたの、命をかけるってね……」

 何て、清々しく潔い顔をしているんだろう。この人の『想い』って、子供の為に全てをささぐ、母のよう。

「ところで……」
「何?」
「美桜の事、どう思ってるの?」
「いや……幼なじみ……」
「特に、1番年下で、たった1人の女の子の美桜には、優しかったものね……」
「あれわっ!!??」
「今も、気になるんでしょ? ちゃんと伝えなさい! あの子、待ってるから……」
「えぇ……!?」
「だめよ……私みたいに、したら!」

 桜の『想い』は、子供の幸せを願う母親の『想い』。

 実の親から受ける事が、なかった『想い』

 きっと、それ以上の『想い』をもらった……

 僕は、返す事ができない……
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