52 / 65
第10章 重なる二人と加速する忘却
8 桜の入院と消えていく蒼空
しおりを挟む夜には、解熱剤で、省吾の熱もすっかり下がった。季節の変わり目。身体が追いつかなかった。
コンコン……
「省吾どう……?」
「蒼空兄ちゃん……大丈夫……」
美桜の持ってきた小さな花が、桜が貸してくれた花瓶のなかで、花を咲かせている。
「これ食べて、薬を飲んで寝ないとね!」
「うん」
春子が作ってくれたお粥と、涼子処方した、薬をお盆にのせて持っていった。
*
コンコン……
「桜さん……」
「ちょっと、いいですか……」
「なあに?」
ドア越しに返事が、返ってくる。
「いつ入院するんですか?」
「来週には、入院するよ……」
「そっ、そうですか……」
ガチャ
ドアを開け桜が、顔を出す。
「入って……」
「いや……でも……」
「美桜が、起きてしまうわ! 入って!」
「……はい」
桜は、ニコッと微笑み蒼空は、部屋に入る。
「そこに座って!」
ベッドに座った桜は、蒼空に、椅子を指差す。
「あのぅ……」
「うん」
蒼空は、省吾の額に手をあてた時に、流れ込んできた省吾の記憶と自分の記憶が混じり合う事と、人が持つ色が見える能力を持つ共通点がある事……
それは『自分が、省吾でないか』と……
「そう……」
「こんな話……驚かないんですか? 」
「もちろん、驚いたわ……」
桜は、ニコリと微笑むだけで、反論はしない。
「そうですか……」
「似てるのよ! あなた達2人!」
桜は、省吾が成長した姿が、蒼空だと言っても、納得してしまうと、それぐらい似すぎてると、桜が笑う。
「おかしくないですか??」
「何が?」
「だって、同じ時代に、存在するんですよ! 映画やドラマじゃないんだし……!?」
「落ち着いて……あなたが、言ったのよ!」
「あっ……すみません……」
興奮して話す蒼空を、なだめる桜。
子供扱いされたようで、少し、イラついた。
「ねぇ、私から青い色が、見えるっていったわよね?」
「はい……深い青色が……!?」
「今は、どうかしら?」
蒼空を見つめる桜を、じっと見る(あっ、色が変わっていく……!!??)。
桜を覆うシーツのような青色に、緑色や黄色が混じりあい始める。
「どうして……!?」
「色が、変わった?」
「……はい」
「私の感情をあなたが、変えたの……」
蒼空が話した記憶の中に、高校の卒業式の時に、桜と写真を撮っている事を話した。
「うれしい……」
「えっ!?」
「だって治療すれば、生きれるってことでしょ?」
確かに話したけど、まともに信じてくれるのか……
「そうですけど……いやっ、大丈夫ですよ!」
「うん!」
桜は、翌週に入院した。
*
桜が、入院してから、5日が経つ。
明後日には、手術を受ける予定だと、桜から電話が、あった。
「碧くん皆を起こしてきて!」
「はい」
今まで、『蒼空』と、下の名前で呼んでいた春子が、『碧』と、名字で呼ぶようになった。
春子だけじゃなく、施設長の涼子までが、名字で呼ぶ。
子供達も『蒼空兄ちゃん』と、呼んでくれるけど、以前のような、親しみさはない。
省吾と美桜は変わらないけど、いづれは、忘れるだろう。
「省吾!」
「何?」
「今も、お母さんがくれた本を大事にしてる?」
「うん……持ってるけど……何で?」
「僕も、同じ本を持ってるんだよ」
「へぇ、そうなの!?」
「うん……僕も、お母さんに貰ったんだよ!」
「ふぅん」
本棚に並ぶ、医学用語で書かれた、堅苦しいタイトルの本の中に、薄汚れた白い背表紙の本。
外国人作家が、書いた本。
主人公の少年が、世界を冒険する物語。誰もが1度は、目にした事が、ある有名な本。
蒼空は、自分の存在が消えていくと感じている。
忘れた、記憶は完全に戻ったわけではないけど、ハッキリとわかることは、自分は『碧 蒼空』ではなく。
25年後の『藍場 省吾』だと言う事(僕はこの時代の人間ではない……)。
いつか、存在すべき時代に、戻る。
皆が、蒼空を忘れるとは、その兆しなんだ……
消える前に、桜さんに会いたい……
*
「ねぇ……涼子先生……お見舞いに行こうよ……」
「そうね……皆も、行くとなるとね……」
「施設長、いいんじゃないですか?」
子供達は、桜に会いたくて仕方ない。
「アウウウ」
「あらぁ……美桜も会いたいの?」
美桜は、首を縦に大きく何度も振る。
「春子さんに聞いてからだよね……」
桜の唯一の肉親である春子は、1日置きに、浩三と洗濯物を取りに、桜のもとを訪ねている。
「涼子先生、春子おばちゃんに聞いてよ」
「そうだね、聞いてみるか……!」
そんな、やり取りを見て、蒼空は懐かしく思う(そう言えば皆で駄々をこねたっけ……)。
*
「ふぅ……明日は雨かな?」
蒼空は眠れず、外に出て星を隠すグレーの雲が、覆う空を眺める。
どうして、ここへ着たのか思い出せない。
科学が、日々、進歩する世の中、非現実的な体験に、意味があるのか?
本当の自分は、今はどんな状態なのか、心配してくれてる人はいるのか?
数ヶ月前に目覚めた時は、新鮮な気持ちでいっぱいだったはずだった。
今は、1人取り残されたような、気分。
『藍場 省吾』で、あるならば 34歳の『藍場 省吾』。
何かが起こって、こうなった?
目の前をふわふわと落ちる白い羽。
羽を掴もうと、何度も、手のひらをひろげ 、掴もうとするけど、蒼空の手から逃げてしまうような感覚。
もし、元に戻ったら、ここでの体験は、断片的な思い出となってしまうのだろうか?
桜へ抱く思いも忘れてしまうのだろうか?
せめて、最後に桜に会いたい、気持ちがつのるだけ……
降りだした雨と蒼空の涙が、混じり合う。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる