虹のした君と手をつないで

megi

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第10章 重なる二人と加速する忘却

8 桜の入院と消えていく蒼空

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 夜には、解熱剤で、省吾の熱もすっかり下がった。季節の変わり目。身体が追いつかなかった。

 コンコン…… 

「省吾どう……?」
「蒼空兄ちゃん……大丈夫……」

 美桜の持ってきた小さな花が、桜が貸してくれた花瓶のなかで、花を咲かせている。

「これ食べて、薬を飲んで寝ないとね!」
「うん」

 春子が作ってくれたお粥と、涼子処方した、薬をお盆にのせて持っていった。

 *

 コンコン……

「桜さん……」
「ちょっと、いいですか……」
「なあに?」

 ドア越しに返事が、返ってくる。

「いつ入院するんですか?」
「来週には、入院するよ……」
「そっ、そうですか……」

 ガチャ

 ドアを開け桜が、顔を出す。

「入って……」
「いや……でも……」
「美桜が、起きてしまうわ! 入って!」
「……はい」

 桜は、ニコッと微笑み蒼空は、部屋に入る。

「そこに座って!」

 ベッドに座った桜は、蒼空に、椅子を指差す。

「あのぅ……」
「うん」

 蒼空は、省吾の額に手をあてた時に、流れ込んできた省吾の記憶と自分の記憶が混じり合う事と、人が持つ色が見える能力を持つ共通点がある事……

 それは『自分が、省吾でないか』と……

「そう……」
「こんな話……驚かないんですか? 」
「もちろん、驚いたわ……」

 桜は、ニコリと微笑むだけで、反論はしない。

「そうですか……」
「似てるのよ! あなた達2人!」

 桜は、省吾が成長した姿が、蒼空だと言っても、納得してしまうと、それぐらい似すぎてると、桜が笑う。

「おかしくないですか??」
「何が?」
「だって、同じ時代に、存在するんですよ! 映画やドラマじゃないんだし……!?」
「落ち着いて……あなたが、言ったのよ!」
「あっ……すみません……」

 興奮して話す蒼空を、なだめる桜。

 子供扱いされたようで、少し、イラついた。

「ねぇ、私から青い色が、見えるっていったわよね?」
「はい……深い青色が……!?」
「今は、どうかしら?」

 蒼空を見つめる桜を、じっと見る(あっ、色が変わっていく……!!??)。

 桜を覆うシーツのような青色に、緑色や黄色が混じりあい始める。

「どうして……!?」
「色が、変わった?」
「……はい」
「私の感情をあなたが、変えたの……」

 蒼空が話した記憶の中に、高校の卒業式の時に、桜と写真を撮っている事を話した。

「うれしい……」
「えっ!?」
「だって治療すれば、生きれるってことでしょ?」

 確かに話したけど、まともに信じてくれるのか……

「そうですけど……いやっ、大丈夫ですよ!」
「うん!」

 桜は、翌週に入院した。

 *

 桜が、入院してから、5日が経つ。

 明後日には、手術を受ける予定だと、桜から電話が、あった。

「碧くん皆を起こしてきて!」
「はい」

 今まで、『蒼空』と、下の名前で呼んでいた春子が、『碧』と、名字で呼ぶようになった。

 春子だけじゃなく、施設長の涼子までが、名字で呼ぶ。

 子供達も『蒼空兄ちゃん』と、呼んでくれるけど、以前のような、親しみさはない。

 省吾と美桜は変わらないけど、いづれは、忘れるだろう。

「省吾!」
「何?」
「今も、お母さんがくれた本を大事にしてる?」
「うん……持ってるけど……何で?」
「僕も、同じ本を持ってるんだよ」
「へぇ、そうなの!?」
「うん……僕も、お母さんに貰ったんだよ!」
「ふぅん」

 本棚に並ぶ、医学用語で書かれた、堅苦しいタイトルの本の中に、薄汚れた白い背表紙の本。

 外国人作家が、書いた本。

 主人公の少年が、世界を冒険する物語。誰もが1度は、目にした事が、ある有名な本。

 蒼空は、自分の存在が消えていくと感じている。

 忘れた、記憶は完全に戻ったわけではないけど、ハッキリとわかることは、自分は『碧 蒼空』ではなく。

 25年後の『藍場 省吾』だと言う事(僕はこの時代の人間ではない……)。

 いつか、存在すべき時代に、戻る。

 皆が、蒼空を忘れるとは、その兆しなんだ……

 消える前に、桜さんに会いたい…… 

 *

「ねぇ……涼子先生……お見舞いに行こうよ……」
「そうね……皆も、行くとなるとね……」
「施設長、いいんじゃないですか?」

 子供達は、桜に会いたくて仕方ない。

「アウウウ」
「あらぁ……美桜も会いたいの?」

 美桜は、首を縦に大きく何度も振る。

「春子さんに聞いてからだよね……」

 桜の唯一の肉親である春子は、1日置きに、浩三と洗濯物を取りに、桜のもとを訪ねている。

「涼子先生、春子おばちゃんに聞いてよ」
「そうだね、聞いてみるか……!」

 そんな、やり取りを見て、蒼空は懐かしく思う(そう言えば皆で駄々をこねたっけ……)。

 *

「ふぅ……明日は雨かな?」

 蒼空は眠れず、外に出て星を隠すグレーの雲が、覆う空を眺める。

 どうして、ここへ着たのか思い出せない。

 科学が、日々、進歩する世の中、非現実的な体験に、意味があるのか?

 本当の自分は、今はどんな状態なのか、心配してくれてる人はいるのか?

 数ヶ月前に目覚めた時は、新鮮な気持ちでいっぱいだったはずだった。

 今は、1人取り残されたような、気分。

『藍場 省吾』で、あるならば 34歳の『藍場 省吾』。

 何かが起こって、こうなった?

 目の前をふわふわと落ちる白い羽。

 羽を掴もうと、何度も、手のひらをひろげ 、掴もうとするけど、蒼空の手から逃げてしまうような感覚。

 もし、元に戻ったら、ここでの体験は、断片的な思い出となってしまうのだろうか?

 桜へ抱く思いも忘れてしまうのだろうか?

 せめて、最後に桜に会いたい、気持ちがつのるだけ……

 降りだした雨と蒼空の涙が、混じり合う。
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