虹のした君と手をつないで

megi

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第10章 重なる二人と加速する忘却

6 逆行

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「おっ、おはようございます」
「おはよう」

 食堂に行くと桜が春子と朝食の準備をしている。

「……」
「おはようございます春子さん」
「えっと……?」
「ちょっと、おばさん!?」
「あぁ……おはよう……ございます!?」

 蒼空を見る春子の動きが、止まる(春子さんも、忘れ始めたのか……)。

「蒼空です! よろしくお願いします」
「あぁ……よろしくね」

 今からも、こんな事が続くのだろう。
 蒼空が記憶を思い出す度に、皆から『碧 蒼空』が、消えていく。

 考えられないけど、これが現実。

 桜さんに励まされた……

 忘れられたら、初めからやり直すしかないんだ。そう思うしかなかった。

 だけど、桜さんには忘れて欲しくない……

 *

「僕も手伝いますね!」
「あっ、ここは、いいから子供達を起こしてきて」

 コンコン……

「おはよう!」

 蒼空は、子供達の部屋のドアをノックしながら、声をかけていく。

「はぁい」

 眠そうな声で、返事する子供達。

 少し、ホッとする(いつもの声だ)。
 紫苑と青の部屋をノックした時だった。

「おはよう紫苑 、青!」
「おはよう」
「お兄ちゃん誰?」

 紫苑は、いつも通り挨拶をしてくれた。

 だけど、青は蒼空を見上げて、頭を傾げる。

「青!? 蒼空兄ちゃんだよ!」
「知らなぁい」
「……初めまして、『碧 蒼空』と言います……よろしくね」
「うん」
「おいっ、青!!??」

 蒼空の横を駆け抜けて、食堂に行く青と追いかける紫苑。

 他の子の部屋をノックする。いつもと、変わらない挨拶が、返ってくる(青だけか……)。

 コンコン…… 

「省吾! おはよう! 省吾!」

 返事が、返ってこない。

「開けるよ……省吾……どうした……?」
「ゴホッ、ゴホッ、頭が……痛い」

 布団の中で、丸まって、咳をする省吾。

 リンゴのような赤い顔。多分、熱がある。

「大丈夫か?」
「蒼空……兄ちゃん……」

 蒼空は、省吾の額に右手をあて、左手を自分の額にあてる。

「やっぱり……熱がある……」

 季節の変わり目。風邪をひいたんだろう。

「今、体温計を……あっ……」

 額にあてた掌から、何か、膨大な情報が、蒼空の中に流れこんでくる。

 *

「藍場先生!おはようございます」
「おはようございます」

 緑色のスクラブ姿に白のパンツ姿の女性。黒色の上下スクラブ姿の蒼空(?)が、パソコンを開いていて画面を凝視している(これは、僕だ……)。

 看護師は『藍場』と呼んでいるそれが、本当の名前……?)。

「次の人を呼んでください」
「はい」

 蒼空(?)は、顔を看護師に向ける事はなく。

 画面のカルテに目を向ける蒼空(?)の素っ気ない表示に、怪訝そうな顔をして、診察室の扉を開ける。

 70代位の女性と話しをしている。会話の内容から、これから治療方針を話している。

 淡々とした表情を変えない自分(あんな冷たい顔……)。

 *

 場面が変わる。

 白く大きな建物、窓が沢山ある建物を見上げるスーツ姿の蒼空(?)。

「いよいよかぁ……」
「頑張ってね!」
「あぁ……」

 髪を後ろで束ねた女性。白いワンピース。

 首から下げた桜を模したペンダント(桜さん……!? 違う!)。

 桜より少し背の低い女性。ドングリのようなクリクリとした瞳。ニカッと笑い蒼空(?)の背中をポンと叩く。

 *

 時間が、ドンドン逆行する。

 大学の教室で、勉強にはげむ蒼空。
 同級生の誘いを断って、警備員のアルバイトをしている。

 学生服を着た蒼空(?)が、学生服を着た女性と、紺色のワンピースを着た桜(?)と、並んでカメラに向かって直立不動でポーズを取る。

 中学生……
 小学生……

 時間は、ドンドン逆行していく。

 蒼空は、自分の姿が、次第に省吾と重なる事に、驚く。

 薄れいく意識の中、数人の警官に抱き抱えられる。気がつくと病院のベッド。

 広い会議室に、薄汚れたリュックを膝にのせて、たった1人で窓を見つめる。

 ガチャ……

 ドアが開くと、眼鏡をかけた真面目そうな女性。

 黒い車の後ろに乗ると、街を抜けて山間に向けて車は走る。

 やがて見えてきた茶色の三角屋根。車からおりると、玄関の上にある丸い時計。

 誰かが、見ている。

 そんな気がした……

 建物に入ると、おさげ髪の女の子が、春子さんの後ろからじっと見ている。

 ジュースを出されたけど、連れてこられた場所が、理解できず緊張した。

 その日の夕食。

 自分と、同じ位の子供達との食事にホッとした。

 他の子供達となかなか馴染めなくて、部屋のすみで、大事にしている本を読む。

 ここの人達は優しくて、自分が自分で入れそうな気がした。

 大人の女性で名前は、桜さん。

 綺麗で強くて優しくて、桜さんを見ていると、ホッとした。

 いつまでも、ここに、いたいと思った。

 *

「蒼空……」
「うぅん……」
「蒼空!?」
「僕……どうしたんですか……?」
「なかなか戻ってこないから……」

 蒼空は、省吾の横で気を失って倒れていた。

「あっ、省吾が、大丈夫よ……」

 ちょうど、小児科医でもある施設長の涼子が、出勤していた。

「あなたぁ……新人?」
「涼子!!?? 蒼空だよ!!??」
「初めまして……」
「挨拶は、いいから、この子を医務室に運んで!!」
「はい」

 蒼空は、省吾を抱き抱えると、医務室に連れていく。

 後ろから、桜が涼子に『蒼空だよ!』と、必死に訴えているけど、涼子は『知らない』の一点張りだ。

 医務室のベッドに、省吾を寝かせる。

「蒼空……兄ちゃん……ありがとう」

 そのまま、省吾は、寝てしまった。

「皆、どうしたの!!??」
「桜……さん」
「蒼空の事を忘れる何て!!??」

 狼狽える桜に蒼空は、首を横に振る。

「しょうがないんです」
「何が、しょうがないの!!?? 蒼空!!??」

 蒼空は、外へでると、空は、まだ薄暗くオレンジと青が重なり合う空。

 蒼空は施設を出た……
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