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第10章 重なる二人と加速する忘却
3 デート
しおりを挟む「蒼空、おはよう」
「おはようございます」
いつもと変わらない桜に、いつもと変わらない蒼空。
今は、それがいいと思った……
桜は、11月になったら『中里レディースクリック』に、入院して治療をする予定。
どこか、皆もいつもと変わらない日常をおくる事を心がけているようだけど、それが桜には、窮屈さを感じさせているようで桜も、いつも以上に明るく振る舞っているように見える。
「桜さん、ちょっと出かけてきます」
「大木先生の所? 車出そうか?」
結局、運動会の日に、1日、一緒に応援したけど、蒼空の事を思い出す事は、なかった。
「大丈夫ですよ」
「そう……気をつけてね」
蒼空は、町まで歩いてみたかった。
診療所まで自分が、どうやって来たのか、気になった。
「桜さんが、頑張ってるんだから……」
このまま、『碧蒼空』のままでは、自分に、降りかかる困難に立ち向かう桜を抱きしめる事は……できない
「このまま、自分の気持ち伝えられない」
本当の自分に戻る必要があった。
気がついたら、小学校へ来ていた。
運動場で、体育の授業中の省吾を見つけた。ドッチボールをしている。
「僕も球技は苦手だったなぁ……」
ボールをよけられず、すぐにコートから出る省吾を見て苦笑する。
「あんた、何をしてるの?」
「あっ、駐在さん、こんにちわ!」
「どこの人かね?」
「あのぅ……僕の事、憶えてないですか?」
「いやぁ……初めて会うねぇ……」
駐在は、蒼空の事を憶えていなかった。
「あぁ……楽しそうに授業してたもんで……」
「名前は?」
「碧蒼空です……西野児童養護施設の!」
「あぁ、新人さんか!」
「あっ……はい」
蒼空は、面倒な事になりそうだったから、『新人』と言う事にしといた。
蒼空は、かかわりが浅い人ほど、自分の事を忘れている事に気づいた。
いつか、施設の人達や子供達、桜さんも自分の事を忘れてしまうのだろうか?
そんな、不安な気持ちになる。
「ただいまぁ……」
「おかえり蒼空」
(よかった……)
「桜さん……デートしよう」
「急に、どうしたの?」
「ダメですか?」
「う……ん……わかった!」
「じゃあ、今度の日曜に!」
「わかったわ……」
桜には、忘れてほしくなかった……
少しでも憶えていて欲しかった……
*
「行きましょうか」
「うん」
蒼空と桜は、子供達が起きてくる前に、出かけることにした。
子供達に、何て言っていいかわからないし、きっと、美桜が着いていくと、駄々をこねるから。
「どこに行く?」
「そうですねぇ……海とかどうですか?」
「海?」
「はい! いつも山の中だし……」
「ハハハ、言えてる」
桜のシルバーの軽自動車の助手席に乗ると、桜が車を走らせる。
「あのぉ、何かすいません」
「えっ?」
「普通、男が運転しますよね!?」
「今さらぁ……」
いつもの坂道を下り、街を抜ける。
車の窓から見える景色は、やっぱり古くさくて、変わりばえしないけど、たわいもない会話と桜の笑い声が心地よい。
「初めて、会った時の事を憶えてますか?」
「憶えてるわよ……変質者かと思ったもん」
「あれって、本気だったんですか?」
「だって、美桜を見る目が普通じゃなかったもの……」
「えぇ……」
何故か、美桜を初めて見た時に誰かの声がした。
今思えば、声は桜のものではなかった。
耳を優しく撫でるような優しい声。
蒼空には、聞き覚えがあった。いつも隣で、微笑んでいた。
街を抜け、国道を南下していくと海が見えてきた。
「すっ、すごいですね」
「蒼空、海を見た事くらいあるでしょ!?」
「えぇ、ありますけど……こんなに、綺麗だとは……」
晴れた青い空と青い海が、遥か先で1つになる。キラキラと輝く海面に、心奪われる。
「桜さん海は……?」
「久しぶりね……」
(西野先生とか……)
西野と桜の思い出に、不用意に触れた事に焦ってしまう。
「蒼空も知ってるんでしょ?」
「えぇっと……はい……」
「もう、気にしてないから……」
「何か、すみません……」
運転をしながら、目を細めて微笑む桜に、謝ってしまう。
「ここ……好きなんだよね!」
40分位だろうか、国道沿いにある展望台に車を止める。
何の変哲もない展望台に桜と並んで海を眺める。
「山の匂いも好きだけど、海の匂いもすきよ!」
「そうですねぇ……」
「蒼空は、何か思いでは?」
蒼空は、子供の頃に、母親と海を見た事を思い出していた。
「貧乏だったけど……うれしかったなぁ……」
「フフフ……」
「なっ、何ですか?」
「思い出したのね?」
「……断片的ですけど……」
「……そう」
「でも!! 子供の頃の記憶ですよ!!」
「わかった!!」
こんな話しをするはずじゃなかった。
「桜さんは?」
「う……ん……ないなぁ……」
「えっ!?」
「海は好きよ……でも、思い出はないわよ」
「だって、別れたあいつと、来た海よぉ……」
「えぇ!!??」
何故、ここに連れてこられたか、理由がわからない。
「そう言えば、気づいてる?」
「何をですか?」
「美桜と省吾!!」
桜の話だと、美桜は省吾の事を好きみたい。
「6歳の女の子がぁ!!??」
「そうよ!」
恋をするのに、年齢は関係ないと桜は、力説する。
「でも……」
「愛とか恋とか、関係ないの!! 大事なのは、人を好きでいることよ!」
「はい……」
「蒼空は?」
「それは、憶えてないです」
「そうなんだ」
海から吹く風が、桜の髪を優しく撫でる。
(僕は、あなたの事が……)
蒼空の小指が、桜の親指へそっと触れる。
「あぁ……お腹すいた!」
蒼空は手の平の中に小指を隠す。
それは桜も同じだった。
『それ以上は、いわないで……!』
そう言っているようだった……
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