虹のした君と手をつないで

megi

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第10章 重なる二人と加速する忘却

2 桜の嘘

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「ただいまぁ……」

 省吾と施設に戻り、食堂に行くとテーブルについた皆が、ニコリと微笑む。

「なっ、何ですか……?」
「あなた達、似てるわねぇ……ねぇ、桜!?」
「本当ね! 親子にも見えるし……」
「省吾が、蒼空くらいの歳になると、こんなふうに、なるのかねぇ……?」
「いやだ、おばさん! 省吾がかわいそう!」

 前なら『そんな事ないですよ』と、笑い飛ばせたのに、今日は、引っかかる。

「残り物で悪いんだけど……」
「いいよ、春子おばちゃんの、ご飯おいしいから」
「うれしいこと、言ってくれるねぇ!!」

 蒼空は、桜の顔を見れない。

 見てしまうと、桜を青いシーツを纏っているように、見えそうで怖い。

「なぁに蒼空……そんな、泣きそうな顔をして……?」
「だって……」

 蒼空は、グッと唇を噛み締める。

「桜姉ちゃん! 今度はいつ帰ってくるの?」
「いつかなぁ……」
「早く、帰ってきてよ!!」
「うん!!」

 桜と子供達がの会話に、箸が止まった。

「桜さん、子供達に話したんですか?」
「そうよ!」
「入院するって、言ったんですか??」
「そうよ!!」

 桜は、あっけらかんとした顔でそう言った。

「アウウウウウ!」
「うん! 美桜! ねえちゃん頑張るからね!!」
「ウウウウウウ!」

 美桜は、ガッツポーズをして 、首から下げたメダルを得意げに見せる。

「ごちそうさま……」

 蒼空は箸を置いて立ち上がる。

「もう食べないの?」
「はい……疲れたんで部屋で休んでます……」

 *

 蒼空は、窓辺に座ると夜空をじっと眺める。

 子供達が、桜を励ます姿が、こっけいすぎて、少しイラつく。

「子供達には、わからないよ……」

 コンコン……

「はい」
「蒼空……いいかなぁ……?」
「どうぞ」

 ドアが開くと桜が、缶ビールを2本持って立っていた。

「おじゃましまぁす」
「こっ、ここへどうぞ」

 桜は、イスに座ると缶ビールを開ける。時間差で炭酸が抜ける音に、桜が吹き出す。

「どっ、どうしたんですか?」
「フフフ……子供みたいね……」
「だっ、誰がですか?」
「あなたよ!」

 ふて腐れた顔をする蒼空を桜は、子供だと言う。

「皆さん、知ってたんですよね?」
「うん」
「何故、僕には……?」
「言ったじゃん!」
「いつですか??」
「さっき……」
「それって……」

 蒼空は、こんな大事な事なのに、茶化された事に、声を上げそうになる。

「どんな顔で、言えばいいの?」
「えっ、桜さん……?」
「怖いよ……」
「……」
「皆に、何て言えばよかった!!??」
「いや……」

 涙声で話す桜に、蒼空は何も言えない。

 あんなに、あっけらかんと話したのは、怖さを隠す為に見せた、桜の精一杯の強がり。

「怖いんですか……?」
「うん……今治療すれば、大丈夫だって……」
「そうですか……だったら……」
「でも、子供はもう産めない……」

 桜は、涙で言葉に詰まる。男の自分には、わからん苦悩。

 蒼空は、桜抱きしめるのが精一杯だった。

「桜さん……」
「……」
「今度の休み……でっ、デートしましょう」
「プッ、ハハハ……」
「えっ!!??」
「嘘よ!!」
「嘘……!?」
「そう!!」
「でも、がっ、癌なんですよね?」
「軽いわ! ちょっと組織をとるだけよ!」

 笑いながら、蒼空を突き放す。

「……」
「蒼空が、すねてたから……驚かしたのよ!」
「……」
「もう寝るわ! 走って疲れちゃった!」
「……はい」
「おやすみ」
「おやすみ……なさい……」

 桜は、軽くウインクするとドアを閉めた。
 蒼空は、強がる桜の姿が、意地らしく、愛しく思えた。

 でも、悲しく思えた……

 ドアを閉める時、深い青色のシーツを肩から纏った、桜の背中。

 桜の強がりは、蒼空だけについた、桜の最大の嘘。
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