虹のした君と手をつないで

megi

文字の大きさ
上 下
45 / 65
第10章 重なる二人と加速する忘却

1 桜の思い

しおりを挟む

 運動会が、無事に終わった。

 蒼空達大人は、子供達よりも先に帰宅した。

「あぁ、疲れたけど楽しかったね」
「本当ねぇ……」
「これで、私も安心して入院できるわ……」
「えっ、桜さんどういう事ですか?」

 桜の思いがけない言葉に、蒼空は驚いた。

「健診でね……癌かもしれないって……」

 蒼空は言葉を失った。

「どうして……」
「『どうして黙ってたのか……』かしら?」
「施設長……!?まさか、皆さん知ってたんですか?」
「蒼空……ごめん……」

 愕然とした、記憶喪失の自分……

 それでも、皆の事を家族のように思ってすごしてきた。

 それなのに…… 

「僕だけ、知らないなんて……」
「蒼空……」

 自分は確かに、『碧蒼空』であって、『碧蒼空』では、ない。

 桜の声は聞こえているけど、それは誰に向けての声?

 気がついたら、診療所の前に、たたずんでいた。

「蒼空……」
「施設長……」
「桜は、あなたには、言えなかったの……」
「何故ですか?」

 涼子は、雨降る6月に桜が訪ねて来た時の事を話してくれた。

 それは、西野との別れを決めた日の事。

『どうしようもなく頼りない同僚が、できた。記憶がなくて子供のようで、自分の事を何も憶えてないけど、私や子供達の事を気にしてくれる人……』

「だったら……」
「あなたは、記憶を取り戻したら、ここにいれるのかしら?」
「それは……」
「桜は、あなたの妨げには、なりたくないのよ」
「でも記憶は戻ってないですよ!」
「そうかしら?」

 桜も涼子も、蒼空が記憶を少しずつ取り戻しているのではないか? そう、思っている。

「桜がね……あなたも医療従事者じゃないかって……」
「どうして?」
「健診の時、見抜いたんでしょ?」
「あれは、偶然で……」
「いいえ! 経験がないとわからない事よ!」
「……でも……」
「少し考えてみて……」
 (何を考えるんだ……!?)

 涼子は、蒼空の肩をポンポンと叩いて、施設に、戻った。

 ここから、全てが始まった。倒れていた蒼空を見つけたのは、美桜。

 点滴室で、桜と初めて会った日。僕は『碧 蒼空』になった。

 子供の心に寄り添う、桜に心ひかれた。

 このまま、記憶が戻らなければ、ずっとここに残ると決めてたのに……

 蒼空は、自分の気持ちがわからない。

 他人の色は見えるのに、自分の色は見えない。

 そんな自分が、もどかしい……

「ただいまぁ」
「おっ、おかえり……」

 子供達が、帰って来た。

 皆、満足そうな顔をして、笑顔を見せる。

「お疲れさんだったね!」
「うん! 蒼空兄ちゃん応援ありがとう!」
「さぁ、皆が待ってるよ」
「はぁい」

 蒼空は、子供達の頭を1人1人撫でながら声をかける。

「蒼空兄ちゃんは、入らないの?」
「省吾……」

 夢の中で見た景色は、多分……省吾の視線。

 省吾の体験した事が、自分と重なる。

「そうだね、戻ろうか……」
「行こうよ! 皆が待ってるよ!」

 蒼空も子供の頃、学校で嫌な事があって、どうしようもなく落ちこんだ時、思い出していたのは、『皆の笑顔』。

『皆が、待ってる』と自分に言い聞かせながら、急いで帰ってた事を思い出す。

 そうだよ! 皆が……桜さんが待ってる……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...