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第10章 重なる二人と加速する忘却
1 桜の思い
しおりを挟む運動会が、無事に終わった。
蒼空達大人は、子供達よりも先に帰宅した。
「あぁ、疲れたけど楽しかったね」
「本当ねぇ……」
「これで、私も安心して入院できるわ……」
「えっ、桜さんどういう事ですか?」
桜の思いがけない言葉に、蒼空は驚いた。
「健診でね……癌かもしれないって……」
蒼空は言葉を失った。
「どうして……」
「『どうして黙ってたのか……』かしら?」
「施設長……!?まさか、皆さん知ってたんですか?」
「蒼空……ごめん……」
愕然とした、記憶喪失の自分……
それでも、皆の事を家族のように思ってすごしてきた。
それなのに……
「僕だけ、知らないなんて……」
「蒼空……」
自分は確かに、『碧蒼空』であって、『碧蒼空』では、ない。
桜の声は聞こえているけど、それは誰に向けての声?
気がついたら、診療所の前に、たたずんでいた。
「蒼空……」
「施設長……」
「桜は、あなたには、言えなかったの……」
「何故ですか?」
涼子は、雨降る6月に桜が訪ねて来た時の事を話してくれた。
それは、西野との別れを決めた日の事。
『どうしようもなく頼りない同僚が、できた。記憶がなくて子供のようで、自分の事を何も憶えてないけど、私や子供達の事を気にしてくれる人……』
「だったら……」
「あなたは、記憶を取り戻したら、ここにいれるのかしら?」
「それは……」
「桜は、あなたの妨げには、なりたくないのよ」
「でも記憶は戻ってないですよ!」
「そうかしら?」
桜も涼子も、蒼空が記憶を少しずつ取り戻しているのではないか? そう、思っている。
「桜がね……あなたも医療従事者じゃないかって……」
「どうして?」
「健診の時、見抜いたんでしょ?」
「あれは、偶然で……」
「いいえ! 経験がないとわからない事よ!」
「……でも……」
「少し考えてみて……」
(何を考えるんだ……!?)
涼子は、蒼空の肩をポンポンと叩いて、施設に、戻った。
ここから、全てが始まった。倒れていた蒼空を見つけたのは、美桜。
点滴室で、桜と初めて会った日。僕は『碧 蒼空』になった。
子供の心に寄り添う、桜に心ひかれた。
このまま、記憶が戻らなければ、ずっとここに残ると決めてたのに……
蒼空は、自分の気持ちがわからない。
他人の色は見えるのに、自分の色は見えない。
そんな自分が、もどかしい……
「ただいまぁ」
「おっ、おかえり……」
子供達が、帰って来た。
皆、満足そうな顔をして、笑顔を見せる。
「お疲れさんだったね!」
「うん! 蒼空兄ちゃん応援ありがとう!」
「さぁ、皆が待ってるよ」
「はぁい」
蒼空は、子供達の頭を1人1人撫でながら声をかける。
「蒼空兄ちゃんは、入らないの?」
「省吾……」
夢の中で見た景色は、多分……省吾の視線。
省吾の体験した事が、自分と重なる。
「そうだね、戻ろうか……」
「行こうよ! 皆が待ってるよ!」
蒼空も子供の頃、学校で嫌な事があって、どうしようもなく落ちこんだ時、思い出していたのは、『皆の笑顔』。
『皆が、待ってる』と自分に言い聞かせながら、急いで帰ってた事を思い出す。
そうだよ! 皆が……桜さんが待ってる……
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