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第9章 変わりゆく世界
9 運動会が始まった
しおりを挟む桜の車に、レジャーシートと弁当を積み込む。
空が、何処までも青くて深い。
「私は、蒼空と先に行くからね!」
「気をつけてね!」
「待ってるから……」
皆は、後から来る。入場行進から見たいから、すぐに後を追って来るだろう。
何度も見る桜の横顔。端整な顔立ちで、唇の左下に小さなホクロ(綺麗だ)。
初めて、助手席で横顔を見たときも見とれた。
一瞬でも、歪んで見えた世界。変わらない桜の姿に安心する。
小学校に着くと、浩三が1番前に、陣取っていた。
「おじさんさすがだねぇ」
「あたりまえだろ! 桜の時から、いつも前しか取らないよ!」
桜は、そう言いながら校舎の陰にレジャーシートを広げはじめる。
「ここは?」
「ここは、皆で弁当を食べる場所よ」
「えっ、何故です? あんなに見渡せる場所を浩三さんが押さえたのに……?」
それには、理由がある。確かに子供達の姿を見るには、浩三の押さえた場所が、最適。
だけど、食事するとなると今日みたいな天気がいい日には、砂埃が舞う。
「なるほどねぇ……」
「蒼空は、憶えてないの?」
「いえ……」
「そう……」
楽しいイベントさえも、母親も、桜のようにしてくれたのだろうか?
思い出せない事を淋しく思う。
「桜、待たせたねぇ」
「ここなら、影があるし、広いからいいでしょ!」
「いや……お招きありがとう」
「大木先生!」
「おやっ、君は?」
「先生この前は、突然すみませんでした」
大木は、蒼空が訪ねて来た事を憶えていたが、態度はよそよそしく、そっけない。
「おはよう」
「おはようございます」
他の職員もやって来た。
「今日は、西野児童養護施設は空だね」
「いらっしゃい!」
西野も呼ばれた。
桜、自ら電話をした。
*
『入場!』
蒼空も参加した、保護者手作りのゲートから掛け声を合図に、子供達が、入場してくる。
観覧する皆から、自然と拍手がわき上がる。
1年生から順番に、入場してくる。
「ほら健二だよ」
「青が、緊張してる」
「健二! 青!」
1年生の2人の姿が、見えると、桜が大きな声をかける。
真っ直ぐ前を見て、桜の声が聞こえてるのか、わからない。
背の小さい、2年生の洋介は、腕えお大きく振り、3年生の太一と省吾が、入場してきて、最後に4年生の紫苑が、入場して来る。
たった数ヶ月。生活をともにしてきた子供達の静観な姿。
「よかったねぇ、桜……」
「……」
桜と春子の目に涙が滲む。
『小学生のお兄ちゃん、お姉ちゃんに続いて、保育園のお友達の入場です!』
「可愛いぃ……」
その場の誰もが、歓声を上げる。
小さな町の保育園だから園児も少ない。アニメの主題歌に、小さな身体でリズムを取りながら可愛らしい手を大きく振り、脚をピンと伸ばして、入場して来る。
「ねぇ、美桜は?」
「いない……ですね……」
皆で美桜の姿を探すけど姿が、見えない。
「涼子ちゃん、見てきた方がいいんじゃない?」
「そうね」
「施設長……大丈夫……みたいですよ……」
会場が、大きな笑い声に包まれる。
保育士の田崎に、抱き抱えられた美桜が入場して来る(あぁ、疲れたんだ)。
「はっ、恥ずかしい……」
「ハハハ……」
「美桜らしい」
「田崎さん、かわいそう……」
先に入場した、省吾達も美桜から視線をそらしている。
まぁ、何はともあれ虹の子達が入場した。
*
「頑張れぇ!!」
「もう……負けるな!!」
子供達が、競技をする度に、大きな歓声を上げる桜と涼子。
この2人が 1番興奮している。周りが引くほど、2人とも声が大きくて、今にも、運動場に乱入しそうな勢い。
蒼空は、他人のふりをする(恥ずかい!!)
「ねぇ、蒼空。あなたも、応援しなさい!」
「はい、してますよ……」
「声が 、小さいのよ!」
「ほらっ!」
「がっ、がんばれぇ……」
「小さい!!」
「皆、頑張れ!!!」
「そうそう」
本当、この人達は、子供達の為なら、いつも全力なんだから……
『園児よるかけっこです。応援よろしくお願いいたします!』
『よぉい』
パン! 乾いたピストルの音。
皆、ビックリして泣き出してしまう。
ただ1人、美桜だけは、走りだしトップでテープを切る。
「きゃぁ、美桜!!」
「かっこいい!!」
美桜が、声援に答えるようにニカッと笑い大きく手をふる。
*
午前のプログラムが、無事に終了して、昼食の時間。
どの家族も、弁当を囲んで 、和気あいあいとしている。
蒼空達も、子供達の頑張りに称賛する。
午前の主役は、紙でできた、先生お手製の金メダルを首から下げる、美桜だ。
「桜さん……美桜が得意げだね……」
「そうね……」
春子が作った、大好きな唐揚げを頬張り
時折 、得意げに金メダルを皆に、見せている。
「どうした省吾?」
「……ううん」
おにぎりを食べながら、周りの家族をチラッと見て、顔をふせる。
「うらやましい……かい?」
「少しね……」
省吾が思っている事が、何となく想像できた。
施設の皆で食べる弁当は、美味しい。皆の笑顔が、嬉しい。
だけど、本当の家族ではない事には、間違いではなくて、やはり、少しだけ寂しい。
「昼からリレーだろ?」
「うん」
「桜さん、張り切ってるよ」
「うん」
省吾がうなずいて、微笑み返す。
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