虹のした君と手をつないで

megi

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第6章 夏の始まり

3 省吾

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 楽しかったはずの昼食の時間が、省吾の叫び声と共に終わりを迎える。
 重い空気と張り詰める緊張は、皆の表情を曇らせる。

 蒼空の頭痛は、少し残るが落ち着いた。美桜の力と言うか存在は、蒼空にとって不思議な存在だと感じる。

 記憶を失い倒れていた蒼空を、見つけたのも美桜で、今度も美桜の笑顔に救われた。

 蒼空は、省吾の様子が気になり診療所へと向かう。

「桜さん……省吾は大丈夫ですか?」
「今、落ち着いたわ」
「よかった……」
「蒼空、君も大丈夫かい?」
「ありがとうございます。先生……省吾は一体、どうしたんですか?」
「僕は、フラッシュバックによるものだと、思ってるよ……」
 診察室で、西野と桜が省吾について、話しをしている。
「あの、省吾は……?」
「点滴室で寝てるよ」

 点滴室には、ベッドが2つあり、蒼空が過ごした部屋。

 蒼空は、引き戸をそっと開けると、省吾は、蒼空が寝ていたベッドに寝ている。落ち着いて眠る省吾を見ると、ホッとする。

 診察室に戻ると、西野は、省吾の経緯について話し始める。

 藍場省吾、9歳は、母と2人暮らしだった。省吾の母親は、男性に関して自由奔放な所があり、省吾の父親も不明であった。

 それでも、省吾に対する愛情はあり、省吾を女手一つで育てていた。

 そんな関係性が、崩れたのは省吾が、9歳の誕生日を迎える数ヶ月前のこと、相変わらず、男性関係に自由な母親が付き合っていた男が、2人の住むアパートに転がり込む。

 男は、定職につかずギャンブル三昧。子供嫌いだった男は、気にくわないことがあると、省吾に厳しく、暴力を振るった。

 省吾と母親は、、男の機嫌を損ねないように、男の顔色を覗う日々。

 初めは、省吾をかばっていた母も次第に、省吾に厳しく当たり散らすようになり、部屋箒で省吾を叩いていた。

 そんなある日、省吾を残し、母親は男とアパートを出て行った。隣人からの通報で発見されたときは、憔悴しきっていたと言う。

「おそらく、棒でスイカを叩く所を見ていて、潜在的に残る記憶が蘇ったのかもな……」
「そんな……」
「蒼空……可哀想だけど、珍しくないことなのよ……」

 桜と西野の顔が、歪む。

「省吾は、街の病院で体調を取り戻した後に、僕に紹介されたんだよ……」
「ここの子は、皆そうなのよ……家族に置き去りにされ、1人になり、ここに連れて来られたの」
「僕は反対したんだけど……父は、病院の名前を世間に売り込む為、ここを設立したんだろう……だけど、ここは、あの子達には大切な場所なんだよ……」

 蒼空は、ここの子供達に事情がある事は、春子に聞いてわかっていた。

 それでも、省吾の悶え苦しむ姿を見た時……

 話しを聞いた時その壮絶さに……言葉を失った(じゃ……僕が見た映像は、僕の過去……?)。

「な……治るんですか?」
「わからないよ……僕は外科医だしねぇ……専門のカウセンリングが必要だね……」
「そうねぇ……PTSDを発症するかもしれないしね」
「PTSD?」

 PTSDとは、心的外傷ストレスの事。

 トラウマになるような体験を下した後に発症する精神的病の事で、感情が不安定になり取り乱す、常に緊張したり、些細なことに驚く、警戒心が強くなる、急に涙が出るなどの症状がある。
 常に過敏な状態でいると言う。また、フラッシュバックや、悪夢を繰り返し見ることも症状の一つである。

 小児に多い症状として、関心が持てなくなったり、ボーッとしたり、夜に1人で寝ろのを怖がったり、退行症状、引きこもりがあると、西野が話す。

「そんなぁ……省吾もそうなるんですか」
「それが、現実なのよ……皆、笑ってるけど不安な事には、変わりはないの……信じていた人に、裏切られたり、1人になる事を恐れているの……」
「桜……」

 桜は、そう話すと俯く、まるで自分もその1人だと言ってるようだ。

「とにかく今日の所は、このまま様子を見て、明日、本院に連れて行くよ」
「えっ、ここでは、診られないんですか?」
「蒼空も知ってるだろう! ここは、入院施設もないしね……症状が出たら対応できないよ」
「にっ、西野先生と桜さんがいるじゃないですか?」
「……僕は外科医だし根本的な治療はできないよ……それに……」
「それに、何ですか?」
「今日が、最後だって言うんでしょ!」
「うん、明日から本院の勤務なんだ……変わりは、岩谷先生だよ」
「……そうだと、思ったわ」

 突然の、西野の告白に、蒼空は愕然とするが、桜は、それをわかっていたのか、冷静せである。
 いやっ、冷静に装ってるのだろう。僅かに震える桜の声、蒼空にもわかる。

「じゃ……桜、明日連れてきてくれるかな?」
「はっ……」
「ぼっ、僕は、行きたくありません……」

 「はい」桜が返事をしようとしたその時、省吾は遮るように声を上げる。

「省吾、起きてたの?」
「僕は、ここに居たいです」
「でも、省吾! 治療をしないと、大変よ!」
「桜姉ちゃん……僕……ここの人が、好きです……お願いします!」
「嬉しいけど……でも……」
「ぼっ、僕からもお願いします!」
「ちょっ、ちょっと蒼空っ」

 蒼空は、省吾の真っ直ぐな眼を初めて見たような気がした、それは、省吾が心から願っている事だと感じた。

 だから、頭を下げた。そうしなければいけないと思った。

「う……ん。わかったよ!」
「えっ、先生! また、そんな簡単に決めて、省吾の将来が……」
「桜……子供の将来は、彼達が決めるよ……僕ら、大人は、それを手助けする、それだけだよ……」
「でも、あの爺さんじゃ診れないでしょ!」
「桜は、相変わらず厳しいなぁ……」
「岩谷先生には、診療所を任せて、施設には、新しく施設長を迎えるようにしてあるから……」
「……施設長?」

 西野は自分が、身を引いたあとの事を考えていた。それは、桜と子供達の為を考えての事だと、蒼空は思った。

「蒼空っ、君の事も頼んであるから……子供達の事、頼むよ」
「はい」
「さぁ……春子さん達にも話さなきゃ……」
「ちょっと、先生っ! 先生!!」

 診察室から、西野は出て行く。その後を、慌ただしく桜が追っていく。
 もう、この光景が、見られなくなるのかと思うと、蒼空は寂しくなる。

「蒼空兄ちゃん」
「何だ? どこか、痛むのか?」
「あっ、ありがとう……」
「ハハハ……僕は何もしてないよ」

 省吾は、首を振り「ありがとう」と繰り返す。これでよかったのだと、蒼空は思う。

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