虹のした君と手をつないで

megi

文字の大きさ
上 下
19 / 65
第6章 夏の始まり

2 流しそうめんとスイカ割り

しおりを挟む
 
 どの蝉が鳴き始めたのだろうか、互いの存在を確かめるように、短い一生を、共に終える相手を求めるように、その数は、増えていく。

「今日も天気がいいから、よく乾くかもなぁ」

 そんな独り言を言いながら、診療所と施設の間にある中庭で、たくさんの白いタオルを広げ、干していく。

 ふと、診療所の方を見ると、窓の向こうの診察室に、西野と桜の姿、何度も見た光景なのに、2人の間の距離が遠い。

 蒼空は、タオルを干し終えると、診療所の掃除に行く。

「桜、髪の毛切ったんだね……」
「はい」
「僕へ対する、あてつけかい?」
「……暑いからですよ」
「それに、その話し方……」
「医師へ敬語を使うのは、当たり前の事ですよ……今まで私が、横暴だったんです」
「……僕たち、終わってただろう……それに、君から別れを切り出したじゃないか!」
「好きでしたけど、私は、あなたに相応しくはないから……」
「病気の事かい……」
「あなたは、いずれは病院を継ぐ身でしょ……」
「結婚は、親父が決めた事だから……」
「院長の所為にするんですか? 決めたのは、あなたのはずよ……」

 誰もいない診察室。2人が言い争う声は、診療所の待合室まで聞こえる。
 意図せず知ってしまった、2人の恋の終わりの理由(そう言う事か……)。

 桜自ら、2人の仲に終止符を打った事に、蒼空は、驚かなかった。人に優しい桜だから、その決断を選んだ事に、納得してしまう。

「おはよう、先生いるかい?」
「おはようございます、田島さん」

 2人の声が途絶えると、桜が、診察室から飛び出てくる。

「田島のじいちゃん! 元気してた? どうしたの?」
「足が痛くてね……」
「先生、話しは終わりよ! 田島のじいちゃんが、足が痛いって!」
「うん……通して」

 大げさに、声をあげる桜の声は、全てを振り切るように、強くて悲しい……

 *

「ただいま」
「ただいまぁ……あぁ……重たい」

 午前中の診察が終わる頃、子供達が、学校から帰宅してくる。手に、道具箱を抱え重たそうだが、明日から夏休み、大粒の汗が、流れる顔に、笑顔が溢れる。

「おっ、皆、お帰り。少し早いけどお昼にしようか!」
「あっ、流しそうめんだぁ……」

 中庭に、日よけのシートを張り、その下に、青竹を半分に割った即席の流しそうめん。

 春子と保育士の田島が、ざるに、山盛りのそうめんを抱えてくる。

「蒼空兄ちゃんと浩三おじちゃんが、作ったんだよ」
「へぇ……すごいじゃない」
「じゃ……流すよぉ……」
「早くぅ!」

 蒼空と春子の夫である浩三が、子供達の為に作った夏の涼。午前の診療を終えた桜と西野も、その出来栄えに驚いている。

 子供達は、眼をキラキラと輝かせ、お椀を抱え、箸をカチカチと鳴らし、待ち構える。蒼空が、傾斜の上からホースの水を流し、児童指導員の由美ちゃんと福満さんが、そうめんを流していく。

 青竹の上を、水流に乗って流れていく、白いそうめんを、子供達がすくい取る。背の小さい美桜と青は、下流で、数本流れてくるそうめんを、必死に、すくい取り、口へと運ぶが、不満そう。

「ここに、おいでっ!」

 省吾と紫苑が、どこからか木箱を持ってくると、最上流へと2人を立たせる。大人達は、2人の気遣いに、笑顔が溢れる。

 紫苑は、2人兄弟の長男。子供達の中で1番の年上で、普段から面倒見が良く、子供達のリーダー的存在でもある。それに、省吾も感化されたのか、最近は、自分から年下の子供達への面倒を見るようになった(相変わらず何を考えているかは、わからないけど……)。

 省吾は美桜の事は、特に、気にかけているようで、言葉を発しない美桜に、よく話しかけている。2人の間には、言葉はいらない。蒼空は、そんな気がする。

「さぁ……スイカ割りでもしようか!」
「わぁ……」
 そうめんを食べ終わると、次のイベントが、待っている。

 浩三は農業を営む傍ら施設の設備を管理している。浩三が育てたスイカはボーリングの玉より一廻り大きく、濃い緑に黒の縦縞が鮮やかで美しい。

 ブールーシートの上にスイカを置き、子供達は目隠しをする。5回周り、スイカを目指して歩いて行く。

「右! 右! あぁ……行き過ぎた」
「そこだよっ!」
「アァ……惜しいっ!」

 子供達の奮闘むなしく、なかなか割れないスイカと空振りする度に、空を切る音とシートを叩く音に、皆の笑い声。誰もが、1度は目にする夏の風景。

 スイカ割りを楽しむ子供達を大人達は、手を叩きながら見守っていた。

 太一の順番が、回ってきた。大きく振りかぶりスイカへ棒をたたき込む。
 何度も、何度も振り下ろす。
「痛っ!」暫くすると、頭を貫く鋭い痛みを感じる。
 頭痛は、太一が、棒を振り下ろす度に、頭を抱え込むほどに強くなる。

「アァァァァ……」
「省吾! どうしたの? 省吾!」
「ごめんなさい……ごめんなさい」

 夏の空に響く雷声のような省吾の声。蒼空は、声の方に視線を向ける。ぼやけた視界の先に、絶叫と共に、両手で頭を抱え、うずくまる省吾の姿。

 子供達の手は止まり、西野と桜が省吾の背中をさする。

「ごめんなさい……おがぁさ……ん、ごめんなさい」
「省吾! ねぇ……省吾! 西野先生! 大木先生! 省吾はどうしたの!?」
「フラッシュバック……とりあえず、診療所へ連れて行こう」

 省吾は、意識を失いその場に倒れてしまう。西野は、省吾を抱え桜と診療所へと向かう。
 大木も診療所へと向かう。

「省吾は、どうしたんだ!?」蒼空の頭痛が、だんだん酷くなる、何度も、何度も、金槌で殴られているような痛み。

 同時に、30代位の女性が、棒を振りかざす姿。パチパチとカメラのフラッシュのように、脳裏に浮かぶ映像。

「兄ちゃん! 蒼空兄ちゃん!」
「蒼空、どうした? 蒼空!」

 子供達と春子の声が、段々と遠くなっていく。蒼空は、座り込んでしまう。

「蒼空!」
「蒼空君! おいっ、どうした」
(ダメだ……もう……ダメだ……)

「大丈夫だよ……」
(えっ?)

 蒼空の視界が、次第に晴れていく。遠くから聞こえてくる声。 

 柔らかく優しい風のような声……

 片目を開けると、美桜が、蒼空の頭を撫でながら、ニコリと微笑む。

 言葉を発する事のできない、美桜。小さな口を開けて「だ・い・じ・ょ・う・だ・よ」と、何度もつぶやく。声にならない、美桜の声に、助けられる(あの時も、美桜だったのかい……?)

「大丈夫か?」
「はっ、はい……何とか……」
「もう、兄ちゃんビックリしたよ!」

 突然の、状況に大人達は、慌てふためき、子供達の顔が、涙で濡れている。ただ、美桜だけは、蒼空に優しく微笑む。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...