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第6章 夏の始まり
2 流しそうめんとスイカ割り
しおりを挟むどの蝉が鳴き始めたのだろうか、互いの存在を確かめるように、短い一生を、共に終える相手を求めるように、その数は、増えていく。
「今日も天気がいいから、よく乾くかもなぁ」
そんな独り言を言いながら、診療所と施設の間にある中庭で、たくさんの白いタオルを広げ、干していく。
ふと、診療所の方を見ると、窓の向こうの診察室に、西野と桜の姿、何度も見た光景なのに、2人の間の距離が遠い。
蒼空は、タオルを干し終えると、診療所の掃除に行く。
「桜、髪の毛切ったんだね……」
「はい」
「僕へ対する、あてつけかい?」
「……暑いからですよ」
「それに、その話し方……」
「医師へ敬語を使うのは、当たり前の事ですよ……今まで私が、横暴だったんです」
「……僕たち、終わってただろう……それに、君から別れを切り出したじゃないか!」
「好きでしたけど、私は、あなたに相応しくはないから……」
「病気の事かい……」
「あなたは、いずれは病院を継ぐ身でしょ……」
「結婚は、親父が決めた事だから……」
「院長の所為にするんですか? 決めたのは、あなたのはずよ……」
誰もいない診察室。2人が言い争う声は、診療所の待合室まで聞こえる。
意図せず知ってしまった、2人の恋の終わりの理由(そう言う事か……)。
桜自ら、2人の仲に終止符を打った事に、蒼空は、驚かなかった。人に優しい桜だから、その決断を選んだ事に、納得してしまう。
「おはよう、先生いるかい?」
「おはようございます、田島さん」
2人の声が途絶えると、桜が、診察室から飛び出てくる。
「田島のじいちゃん! 元気してた? どうしたの?」
「足が痛くてね……」
「先生、話しは終わりよ! 田島のじいちゃんが、足が痛いって!」
「うん……通して」
大げさに、声をあげる桜の声は、全てを振り切るように、強くて悲しい……
*
「ただいま」
「ただいまぁ……あぁ……重たい」
午前中の診察が終わる頃、子供達が、学校から帰宅してくる。手に、道具箱を抱え重たそうだが、明日から夏休み、大粒の汗が、流れる顔に、笑顔が溢れる。
「おっ、皆、お帰り。少し早いけどお昼にしようか!」
「あっ、流しそうめんだぁ……」
中庭に、日よけのシートを張り、その下に、青竹を半分に割った即席の流しそうめん。
春子と保育士の田島が、ざるに、山盛りのそうめんを抱えてくる。
「蒼空兄ちゃんと浩三おじちゃんが、作ったんだよ」
「へぇ……すごいじゃない」
「じゃ……流すよぉ……」
「早くぅ!」
蒼空と春子の夫である浩三が、子供達の為に作った夏の涼。午前の診療を終えた桜と西野も、その出来栄えに驚いている。
子供達は、眼をキラキラと輝かせ、お椀を抱え、箸をカチカチと鳴らし、待ち構える。蒼空が、傾斜の上からホースの水を流し、児童指導員の由美ちゃんと福満さんが、そうめんを流していく。
青竹の上を、水流に乗って流れていく、白いそうめんを、子供達がすくい取る。背の小さい美桜と青は、下流で、数本流れてくるそうめんを、必死に、すくい取り、口へと運ぶが、不満そう。
「ここに、おいでっ!」
省吾と紫苑が、どこからか木箱を持ってくると、最上流へと2人を立たせる。大人達は、2人の気遣いに、笑顔が溢れる。
紫苑は、2人兄弟の長男。子供達の中で1番の年上で、普段から面倒見が良く、子供達のリーダー的存在でもある。それに、省吾も感化されたのか、最近は、自分から年下の子供達への面倒を見るようになった(相変わらず何を考えているかは、わからないけど……)。
省吾は美桜の事は、特に、気にかけているようで、言葉を発しない美桜に、よく話しかけている。2人の間には、言葉はいらない。蒼空は、そんな気がする。
「さぁ……スイカ割りでもしようか!」
「わぁ……」
そうめんを食べ終わると、次のイベントが、待っている。
浩三は農業を営む傍ら施設の設備を管理している。浩三が育てたスイカはボーリングの玉より一廻り大きく、濃い緑に黒の縦縞が鮮やかで美しい。
ブールーシートの上にスイカを置き、子供達は目隠しをする。5回周り、スイカを目指して歩いて行く。
「右! 右! あぁ……行き過ぎた」
「そこだよっ!」
「アァ……惜しいっ!」
子供達の奮闘むなしく、なかなか割れないスイカと空振りする度に、空を切る音とシートを叩く音に、皆の笑い声。誰もが、1度は目にする夏の風景。
スイカ割りを楽しむ子供達を大人達は、手を叩きながら見守っていた。
太一の順番が、回ってきた。大きく振りかぶりスイカへ棒をたたき込む。
何度も、何度も振り下ろす。
「痛っ!」暫くすると、頭を貫く鋭い痛みを感じる。
頭痛は、太一が、棒を振り下ろす度に、頭を抱え込むほどに強くなる。
「アァァァァ……」
「省吾! どうしたの? 省吾!」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
夏の空に響く雷声のような省吾の声。蒼空は、声の方に視線を向ける。ぼやけた視界の先に、絶叫と共に、両手で頭を抱え、うずくまる省吾の姿。
子供達の手は止まり、西野と桜が省吾の背中をさする。
「ごめんなさい……おがぁさ……ん、ごめんなさい」
「省吾! ねぇ……省吾! 西野先生! 大木先生! 省吾はどうしたの!?」
「フラッシュバック……とりあえず、診療所へ連れて行こう」
省吾は、意識を失いその場に倒れてしまう。西野は、省吾を抱え桜と診療所へと向かう。
大木も診療所へと向かう。
「省吾は、どうしたんだ!?」蒼空の頭痛が、だんだん酷くなる、何度も、何度も、金槌で殴られているような痛み。
同時に、30代位の女性が、棒を振りかざす姿。パチパチとカメラのフラッシュのように、脳裏に浮かぶ映像。
「兄ちゃん! 蒼空兄ちゃん!」
「蒼空、どうした? 蒼空!」
子供達と春子の声が、段々と遠くなっていく。蒼空は、座り込んでしまう。
「蒼空!」
「蒼空君! おいっ、どうした」
(ダメだ……もう……ダメだ……)
「大丈夫だよ……」
(えっ?)
蒼空の視界が、次第に晴れていく。遠くから聞こえてくる声。
柔らかく優しい風のような声……
片目を開けると、美桜が、蒼空の頭を撫でながら、ニコリと微笑む。
言葉を発する事のできない、美桜。小さな口を開けて「だ・い・じ・ょ・う・だ・よ」と、何度もつぶやく。声にならない、美桜の声に、助けられる(あの時も、美桜だったのかい……?)
「大丈夫か?」
「はっ、はい……何とか……」
「もう、兄ちゃんビックリしたよ!」
突然の、状況に大人達は、慌てふためき、子供達の顔が、涙で濡れている。ただ、美桜だけは、蒼空に優しく微笑む。
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