虹のした君と手をつないで

megi

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第3章

不思議な少年 1 青いリュックを背負った少年

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 蒼空が、施設に来て1週間が経とうとしている。
 毎日が、忙しく慌ただしく過ぎる。
 1週間も経てば、わかった事もある。

 施設の間取りは、1階に、食堂にコミュニケーションルーム、施設長室、心理カウセンリング室、事務所があり、子供達が生活する部屋は、1階と2階合わせて12部屋ある。

 後、桜の部屋と蒼空の部屋。

 施設を開設して、2ヶ月たらずだから、不便な事も多いけど、1つ1つ解決していくしかない。

「あっ、そう……児童指導員の資格あるの?」
「はい」
「明日からでも、お願いできますか?」

 一緒に働く仲間も増えた。迫田さん、28歳の女性。学生時代に柔道をしていたそうで、体格のいい女性。

 蒼空は、最近、洗濯機も、1台増えて2台になった事が、うれしい(洗濯、助かるぅ……)。

「皆、ちょっといいかなぁ」
「はい」
「明日から、1人増えるから」
「そうなんですね、男の子? 女の子?」
「9歳の男の子だよ」

 どうやら、入所する子供が1人増える事になる。大木の元に、児童相談所から連絡があった。

「どんな子なの?」
「育児放棄された子らしいね……」
「多いねぇ……」

 話しを聞いていた春子が、そう呟くと、渋い顔をして首を横に振る。

「まぁ、明日はよろしくお願いしますよ」
「……はい」
 *
「先生……腰が痛くてね……湿布くださいよ」
「田尻さん無理をしたらダメだよ」
「先生……私が、働かんと、誰が働くのかね……」

 田尻の婆ちゃんは、近くで、農家を営んでいる。施設に、野菜を持って来てくれる。

「でも、ばあちゃん、先生の言うとおりだよ。動けなくなるよ」
「はいはい、ところであの兄ちゃんは、いつから、ここで働いてるの?」
「先週からだよ」
「へえぇ。桜ちゃんよかったねぇ」
「何がよ!」
「だって、先生は、いい人がいるだろう……」
「もう、婆ちゃんったら!」

 話しを盗み聞きするつもりはなかったけど、待合室で雑巾がけをする蒼空の耳に入る(へぇ、西野先生は、恋人がいるのか……てっきり、桜さんと付き合ってるのかと思ってた)。

「お大事にね」
「兄ちゃん、ありがとうね」

 腰を押さえながら診療所を出て行く田尻の婆ちゃんを、玄関前で、見送っていると目の前を、黒いセダンが通り過ぎていく(昨日話してた……)。

 施設の前に車が止まると、グレーのパンツスーツに身を包んだ女性が、降りてくると、後部座席のドアを開ける。

 白いシャツに黒の半ズボン姿の少年。背負った青色のリュックが、目立つ。女性は、少年の背中に、軽く手のひらを添える。

 俯きながら女性と並んで、トボトボと歩いて行く少年の姿を見ていると、知らない所で、子供が、苦しんでいるのかと思うと、キュッと胸が、締め付けられる(また、わけありの子供が増えるのか……)。

「それでは、よろしくお願いします」
「はい、気をつけて」

 蒼空が、診療所の仕事を終えて施設に戻ると、少年を連れてきた女性とすれ違う。

 感傷的な表情を見せない20代位の女性。どれだけの子供を、施設に送り出したのかと思うと、まだ若い彼女の事が、少し気の毒になる。

 食堂に行くと、オレンジジュースが、入ったコップを両手で、持って美味しそうに飲む、お下げ髪の少女と、オレンジジュースの入ったコップを前に、俯いて座る少年。はす向かいに座る2人の姿を、そっと、見守る春子の柔らかな表情が印象的だ。

「春子さん……」
「うん……」

 少年は、顔を上げると、目が隠れるほど伸びた前髪の隙間から、蒼空をジッと見つめる。
 蒼空は、なんだか、見透かされているようで、冷たい風が、背中を駆け抜ける。

「こちら、今日から一緒に暮らす、藍場 省吾君」
「……よろしくお願い……します」
「こちらは、春子さんと碧君だよ」
「……よろしくお願いします」
「よろしくね!」
「よろしく!」
「じゃぁ、どうしようか……? 碧君、藍場君を部屋に案内してね」
「いいですよ、じゃ、行こうか」
「はい」

 省吾は、椅子から立ち上がる。所々、縫い目が綻んだ、薄汚れた青いリュックを背負うと、蒼空の後をついて行く。

「ここが、テレビを見たり、皆で遊ぶところ! ここが、お風呂だろ!」
「……」
「ここが……まっ、いいか……」

 蒼空が、何を言っても省吾は無反応で、蒼空の足下を見ながらついてくる。
(初めて、この施設に来る子供の反応は、こんなものなのかな?)

 後ろをついてくる。小さくか弱い存在。孤独を味わうには早すぎる年齢。

「藍場君」
「はい」
「僕も、ここに来たばかりなんだ……」
「……」
「ここの人達は、優しい人達ばかりだよ!」
「……」
「また、あとでね!」

 蒼空は、部屋の前でしゃがむと、省吾に語りかける。

 省吾は、蒼空から顔をそらすが、小さく頷いたように見えた。

「あのぅ……さっきのおばさん……頭が痛いみたい……」
「えっ? 春子さんの事?」
「……はい」
「あっ、ありがとう……食事の時に、声かけるから」
「ありがとうございます」

 蒼空が、ドアを閉めようとした時、省吾が振り返り、か細い声で話した。

 朝から春子を見ている蒼空にとって、省吾の突然の発言は以外だった(そんな事は、一言もいってなかったけどな……)。

 何故、省吾はあんな事を言ったのか? 不思議な事を言う子だなと思いながら、食堂に戻る。

「春子さん、頭が痛いの?」
「あらっ、よくわかったねぇ……今朝から頭が痛くてね、痛み止めを飲んだとこだよ」
「そう、そうですか……」

 食堂に戻ると春子が、広げた手のひらの錠剤を口に運ぶところだった。
(あれっ、あの子の言う通りだったな……)

 *

 14時30分が過ぎると。学校が、終わるといつもの様に子供達が、帰ってくる。

 心なしか、子供達が落ち着かないのは、まだ、会っていない省吾の存在の所為。

 16時00分になると、小さい子から入浴する。お下げ髪の少女が先に入り、17時30分からは紫苑達、小学生が入る。

 18時30分夕食の時間になると子供達が食堂に集まってくる。今日は、特別な日。
 新しく入所する子供が増える。

 テーブルの上に、子供達が、大好きなトンカツが並ぶ。

 こんな時って、子供達の気持ちはどうなんだろう……?

 同じ境遇の『仲間』が増えると、喜ぶのか……?

 それとも、世の中の冷たさを、改めて感じるのか……?

 テーブルにつく子供達。不思議な事に、互いに、顔を合わせないように座る。

 大木と蒼空、お下げ髪の少女は春子と桜に挟まれて別のテーブルにつく。

「みんないいかな?」
「今日から、一緒に暮らすことになった、藍場省吾くんだ! 挨拶して!」
「よろしく……お願いします」
「……よろしくおねがいします」

 省吾が挨拶をすると、箸を一旦、止めて顔を見るけど、すぐに、食事の続きをする(あれっ反応が、いまいちだなぁ)。

「省吾君は、どこに座るかい?」
「……」
「今日は、僕たちと食べるか……」

 大木は省吾を桜の横に座らせる。

「大木先生、気になってたんですけど……何で、子供達は、向かい合わせで座らないんですか?」
「碧君、大人でも、相席で、知らない人と向かい合わせで食べるって、難しいだろ……」
「はい」
「あの子達も、他人と顔を合わせて食べるって、苦手なんだよ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだよ!」

 蒼空は、ここにきて1週間。子供達と食事を共にしてきたが、始めから不思議でしょうがなかった。誰1人顔を見合わせる事なく取り憑かれたように食事を摂る。

 お下げ髪の少女や、省吾も例外ではなかった。

 家族の団らんを求めるよりも、今は、生きる為の食事。

 それだけ、子供達の心の傷は、深い。

「いつか、笑い声が、聞こえるようになるよ!」
「はい……」

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