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第2章 碧 蒼空
4 懐かしい街並み
しおりを挟む子供達を送り出すと、施設の中が、静まり返る。にぎやかな朝食ではなかったが、子供達の存在は大きい。
流しの中で、カチャカチャと茶碗同士が触れる音と、蛇口から流れ出る水音が、寂しく響く。
「桜、今日は休診だろ?」
「うん、先生……学会だからね!」
「もう少ししたら、田崎さんが来るから、買い出しに行っておくれよ!」
「いいよ、おばさん!」
「あのぉ、田崎さん……?」
「保育士さんだよ、その子の担当」
「へえ……」
お下げ髪の少女が、蒼空達を見て、二カッと笑う(何だ、自分の事だって、わかるんだ……)。
「ほらっ、後で紹介するから、蒼空君も、行といで!」
「おばさん、いやだよぉ、姪っ子が襲われてもいいのぉ……?」
「何、言ってるの! 35歳にもなって、男いないんだから、襲ってもらいなよぉ」
「ちょっと、おばさん!」
「ハハハ、何、赤くなってるの?」
「ほらっ! 行くよ!」
「……はい」
春子に茶化された桜の顔が、赤くなる。
蒼空は、桜の運転するシルバーの軽バンで、街まで買い出しに行く。
踏み込むアクセル。小石を飛ばすほどの急発進。
まるで「話しかけるな!」桜の、そんな感情を表しているようで、蒼空は、手すりをグッと掴み、身体を固くする。
助手席から、見える景色。いくつかの小さな町を抜けて市街地へ続く田舎道。
名前は知らないけど、陽の光に照らされ薄い緑と濃い緑のコントラストが、美しい。もうすぐ、春が終わって梅雨が近づいている事を知る。
代わり映えしない、田舎の道。蒼空は、桜の端整な横顔に目を奪われる。
白くきめ細やか肌に鼻筋がスッと通り、シャープな顎のラインと唇の左下に小さなホクロ。(よく見ると綺麗な人だなぁ……)。
「ちょっと何、見てるのよ!」
「いやっ、何も……」
只、容姿とギャップのある、この言葉使いに圧倒される。
施設から40分位走っただろうか、長い下り坂。
最後のカーブを抜けると、眼下に広がる街並み。この風景を、誰かと見ていたような気がする。
2人を乗せた軽バンは、街へと入っていく。
蒼空は、窓の外に、広がる街並みに、行き交う車と人々を、ボンヤリと眺める。
ふと、不思議な感覚になる。細い眉毛と軽めのヘアースタイルの女性、丸っこい車にサラリーマン風の男性が持つリモコン風の携帯電話。古臭くもあり、懐かしく感じてしまう。
2人は、街の大通りに面した、タイヘイヨウスーパーの駐車場に入っていく(まだ、このスーパー営業してるんだ……!?)
自動ドアを抜けると、店内に流れる『団子の兄弟の歌』に、化粧品のポスターの女性。
流行の物が、懐かしく感じてしまう。
蒼空と桜はカートを押しながら、買い物をする。次々、カートに投げ込まれる食材で、すぐにカートが一杯になる。
育ち盛りの子供6人が、食べるわけだから、その量は半端でない。会計を済ませると、軽バンの荷台へと積み込む。
「よしっ、これで、全部積み込みましたよ」
「う……ん」
「なっ……何ですか?」
「あなた……目つき悪いよね……」
「そっ、そうですか?」
「それじゃぁ。子供は寄りつかないわ!」
「そんなもんですか……」
桜は、腕組みをして、蒼空の頭から爪先まで、舐めるように何度も見る。
ボサボサ髪の蒼空。身長が高く、モデルの様な体型、切れ長の眼に整った顔。
着ている服は、発見された時のままで、白のヨレヨレシャツに、ジーパンと白いスニーカー。
「もったいないわね……」
「えっ、買いすぎたんですか?」
「モテそうな顔してるのにねぇ……よしっ、あなたの服買おう!」
「えっ、服ですか? お金ないですよ」
「知ってるわよ! 買ってあげるって、言ってるの!」
「悪いですよぉ」
「悪い? 私が、困るのよ! 汚い服着て! 目つきが悪いとなると、私まで、変な人に見られるじゃない」
「はぁ……」
2人は、2階にある服売り場へと階段を上がる。スーパーの2階だから、オシャレな服はないが、それなりの洋服は揃う。
セールのワゴンから、数枚のシャツと数本のズボンを手に取ると、黄色のカゴへと次々と投げ込んでいく(僕の好みは関係ないんだ……)。
「あっ! これいいかも!」
桜は、レジ横のメガネスタンドから、安物の丸い伊達眼鏡をとると、蒼空に渡す。
「ほらっ、掛けてみて」
「……」
蒼空の顔を見て、桜は、得意げな顔をして、何度も頷く。確かに、鏡に映る蒼空の顔が、どこか穏やかに見える(確かに悪くは……ないかな)。
「ありがとうございます」
「いいわよ」
そっぽを向いて答える桜に、さりげない優しさを感じる。2人は車に乗り込むと、施設へと続く道を戻る。
「あれっ」
「どうしたの?」
「西野総合病院……」
建物屋上に立つ『西野総合病院』の看板。来るときは、気付かなかった。
西野の父親は院長である。常に地域に密接した医療を志す。
「西野先生は、何故、診療所に?」
「院長先生の考えらしいの、勉強の為だとか……」
「勉強ですかぁ……」
「そうよ! いずれは、この地域に、救命センターを立ち上げたいらしいわ」
「よくわからないけど、すごいことですね!」
「でも、あの人に、院長ほどの器量が、あるかしら……」
「西野先生ですかぁ? ところで、小川さんも、西野病院の看護師なの?」
「私も、ここに、在籍してたのよ」
「へぇ……どうして、診療所へ?」
「あの人、頼りないし……院長の頼みでもあったしね……」
西野は、街にある自宅から毎日、診療所へ通っている。
蒼空と桜が、施設に戻ると、食堂で60代位の白髪の男性が保育士の田崎と話しをしている。
「君が、今日から働く碧君? 僕は施設長の大木と言います」
「碧蒼空です。よろしくお願いします」
白髪に眼鏡をかけた、物腰の柔らかそうで、蒼空はひとまず安心する。
「碧君は、記憶喪失だって?」
「……はい」
「僕は、精神科医だから助けになるかも……」
「はぁ……」
「私は、保育士の田崎です。これから、頑張りましょうね!」
「はい、お願いします」
蒼空と桜は遅めの昼食を摂ると、桜と隣の診療所の掃除をする。
診察室に蒼空のいた点滴室。窓を開けると、緩やかな風が流れ込む。サイドテーブル上のマグカップの中で、少女がくれた白い花が、揺れる。
「小川さん、あの子は何歳なの?」
「あの子? あの女の子?」
「うん」
「確か、6歳のはずよ」
「はずって……?」
「あの子、おばさんにしか懐かないのよね……声を出さないし、何を聞いても、笑うだけ」
「そうなんですか……名前は?」
蒼空は、まだ少女の名前を聞いてなかった。お下げ髪の少女の事が、気になる。少女の笑い顔に懐かしさを感じる。
「誰か、いるかね?」
「はぁ……い」
「あっ」
(また、聞きそびれた。何故かな? あの子の事を知ろうとすると、邪魔がはいる。)
病室から顔を覗かせると、駐在が来ていた。本署に届けを出した事と、蒼空の特徴に合う捜索願が、出されていない事、施設に滞在する事に了承を得た事を桜に告げる。
「そう……わかったわ」
「それじゃ……くれぐれも、気をつけてなぁ」
「うん、ありがとう」
記憶のない蒼空は、この場所に居られる事に、ホットする。少女が持ってきた白い花が、マグカップの中で、クルリクルリと回る。
まるで、少女が「よかったね」と、蒼空に微笑んでいるようだった(よかったよ! ありがとう……)。
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