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第二章
揺れる心とハニーミルク
しおりを挟む自分の気持ちを自覚してからというもの、ルヴァンに対する態度は“やや”ぎこちない。
なぜ“やや”なとかと聞かれれば、一緒に住んでいて、ましてや同僚なのだ。いい大人がそんなにあからさまな態度を取るのもおかしい話である。
と言っても、不意打ちで至近距離で目が合えば戸惑うし、今まで普通にしていたことでも多少構える。
なので“やや”である。
ルヴァンは私の行動を変だと何か感づいてはいないだろうか?
そっと視線を向けるも、こちらの視線に気づいた彼はいつも通りの笑顔で、何かに感づいた様子はない。
もう、ここまでくると恋愛対象になる事は叶わない気がする。
まぁ、好きだと気づいたところで、この関係をどうこうしたいという気持ちはないのだからこれで良いのかもしれない。
小さく息を吐けば、少しだけ冷静になれた気がする。
「ねぇサラ、今日は総菜も終わりそうだし、これで店じまいでいいんだよね?」
「そうだね。明後日にはお祭りも控えてるし、ゆっくりしようか。」
わかった。と返事をした後、すぐさまテキパキと店仕舞いをするルヴァンの手際のよさを眺めながら、一人では一期一会は回せなかっただろうと感謝する。
そして、やっぱりこの気持ちを伝えてどうこうする事は限りなくゼロだと思う。
ルヴァンは代理ではあるが使者である。
生活のサポートをかってくれている上に、気持ちを押し付けることで、彼の気苦労を増やしたくない。
地球で言うところの、セクハラになりかねない。
そんな自分の気持ちは、すぐさま蓋をすることに決めた。
かと言って一度湧き上がった感情が
はい、そうですか。好きなのやめまーす。
と直ぐに鎮火してくれるわけもなく、事あるごとに過剰な反応をしてしまう。
今までだってあった当たり前のことなのに。
夕食もお風呂も済んで、後は寝るだけだと言うのに、落ち着くことができず、何かを飲んで落ち着こうとキッチンに向かうとルヴァンがいて少し動揺してしまう。
「あー、ルヴァンも寝れないの?私は何か飲もうと思って降りてきたの。」
アハハと悟られないように普通に、そういつも通りに振る舞うもどうにも不自然になってしまう。
うまくできた自信もない。
そんな自分にがっかりしながら小さく項垂れる。
「…サラ、もしかして何か無理してる?なんだかいつもと違う…。」
「え?!いや、そんな事はない…よ?」
探るような視線を向けられ、語尾が何だかんだ少し小さくなった。
「そう。」
全く納得していないと伝わる声と表情がこちらに向けられる。
そして
「ちょっと待ってて。」
とルヴァンが片手鍋を片手にコンロの前に進んだ。
「え!!ちょっと、ルヴァン!火はダメだよ!!」
片手鍋が黒焦げになってしまう。
慌てて後を追うも手で制される。
「これだけは絶対大丈夫だから。待ってて。」
待ってて、と言われても不安しかないのだが、真剣な様子で鍋を見つめるルヴァンに何も言えなくなる。
様子を見守っていれば、ふわりとミルクとほんのりとハチミツの香りが漂ってくる。
ハニーミルク?
丁寧な手つきで鍋の中をかき混ぜる彼に、自分自身の悩みも溶かされてしまうような、不思議な感覚に陥る。
気持ちを無くそうとしなくせるわけがないんだ。
それも含めて私なんだから。
だったらこの気持ちを受け入れていけば…
そこまで考えたところで、目の前に少し大きめのマグカップが差し出される。
湯気が揺らぎながら消えていく。
「ありがとう。」
両手でカップを握り口に運べば、熱すぎずちょうどいい温かさのハニーミルクが口いっぱいに広がる。
「美味しい…。」
甘過ぎなく、それでいてちょうどいい温度のソレにホッと息を吐く。
「サラ、全てを話して欲しいっていうのは無理だってわかってる。だけど、全てを飲み込むのは無理だと思うんだ。だからサラの気持ちが少しでも軽くなるように、出来ることがあるなら手伝うから…うまく言えないけど、何があってもオレがサラの味方だっていうこと忘れないで?」
あぁ、そうか。
気持ちを無くすなんて初めから無理な話だったんだ。
今もこんなに胸が疼くのに。
それなら、ハニーミルクのようにこの甘い気持ちを受け止めて、少しずつ私の中に浸透させていけばいいんだ。
そう思えたことで気持ちが軽くなる。
ルヴァンにとっては何の気なしにとった行動でも、私の中の重くなった枷のような者はかなり小さくなった。
「ありがとう。頼りにしてるね。」
心からの気持ちを彼に伝えれば、真っ赤な顔をしてこちらを見つめるルヴァンと目があった。
「ルヴァン、もしかして熱が…」
「ちがっ…大丈夫。火を使って暑くなっただけ!お休み!」
階段を登って部屋に向かう彼の、彼らしからぬ慌てた様子を少し心配に思いながらも、暖かくなった気持ちに安心して深い眠りについた。
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