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第一章
一期一会オープンです!
しおりを挟むそして迎えた開店の日。
外はカラッとした空気で明け方なのに少し暖かい。
予定よりも早く目が覚めてしまい、念入りに調理器具や材料を確認してしまう。
開店は少し遅めの12時から。
ルヴァンと二人で営業するの準備時間も含めて少し遅めである。
一応キッチンで一度に作れる量も限られてるのだから、早めに準備にかかる予定ではあったが、いくらなんでも早く起きすぎた感がぬぐえない。
それでもはやる気持ちは止められず、一階に降りて、味がしみたほうが美味しい物から下処理を始める。
じゃがいもを蒸して、卵は茹でる。
みじん切りした玉ねぎに、千切りにした牛蒡と人参。
いつもと同じように作っているのに、手が思うように動かずに時間がかかるのは緊張しているから、それとも人が来てくれるか不安だから?
「早く起きちゃったと思ったけど、結果としてはよかったかも。」
誰もいない空間で思わず声が出てしまったが、シュッシュ、コポコポ、と言う音の中に溶けていった。
その後も黙々と下処理を進めていると、ルヴァンが降りてきて、
「サラ、もう準備してたの?」
と驚いていた。
「早く目が覚めちゃって。」
「それならいいけど、ちゃんと寝ないとダメだからね。」
「はーい。」
やっぱりルヴァンは心配性だ。
だけどそれも少し嬉しい。
なんでだろう?
ちらっと横目で彼の様子を窺うと真剣な表情で私の用意していた炒めた玉ねぎと挽肉、調味料などを氷水で冷やした手で一生懸命捏ねていた。
形成するときにはクッキングスケールの上に乗せて一つ一つの重さを真剣な様子で眺めている。
ふわっふわの前髪をピンで留めているからか、真剣な眼差しと眉間によった皺がよく見えて、だんだん感覚が掴めてきたのか大きさが安定すると表情が明るくなってくるのもよく分かる。
「ふふ…」
思わず笑ってしまうと、それに気づいたルヴァンが意味がわからないといった様子でこちらを見ている。
「ルヴァンが百面相してるから。」
と言えば
「そんな事…あるかも。」
と思い当たる節があったようだ。
………
……
…
コロッケパン用以外のコロッケと手羽の唐揚げ、イワシの唐揚げと言った揚げ物以外は開店後に揚げ始めるとして、全ての料理が仕上がり、粗熱を取ってガラスケースに移す。
まだシャッターを揚げていないので外からは見えないけど、内側から見ただけで嬉しくなる。
あとは、とルヴァンを見れば別に取り分けた総菜に目を奪われていた。
朝食は下準備の合間に軽く食べたけど、これだけの料理作ってたらお腹空くよね。
元々、大食感なのだから尚更。
「今日は別のメニュー作れなかったから、お店のメニューと一緒だけど、お昼にしようか。」
と言えば、それはいい返事と笑顔が返ってくる。
いつもと同じ光景になんだか心が温かくなった。
食事をしながら、作った料理が多くの人に食べられる想像をする。
どんな反応をしてくれるかな?
今のところ出会った人たちには受け入れてもらえたけど他の人にも受け入れてもらえるかな?
少し心配になってしまう。
朝にもおんなじ事で心配してたのに、また同じようなこと考えてる。
ここまできて怖気ついてもどうしようもないのに。
顔には出していなかったつもりなのに、箸が止まっていたからか
「サラ、緊張してる?」
と聞かれてしまった。
「少しね。」
と努めて明るく言ったのに、本当の気持ちが伝わってしまったようで大きな漆黒の瞳が“本当に”と語りかけるように覗き込んでくる。
「~~~っん、降参。」
言葉通りに”参りました“と言わんばかりに両手を上にあげれば、お見通しと言わんばかりに
「大丈夫だよ。」
と言われた。
「困ったな、ルヴァンに言われると大丈夫な気がしちゃうじゃん。」
自然と笑えてきてしまう。
「ふふ、そしたら気持ちで負けないようにいっぱい食べて、お店を開けなきゃね。」
「そうだね。」
ルヴァンに張り合うように口一杯にご飯をかきこむ。
「おん、むぐむぐ…美味しい。」
皆んなに受け入れられなくても、美味しいと言ってくれる人がいる。
それでいいじゃないか。
万人ウケするものなんてない事は分かっているはずなのに。
もしダメなら受け入れてもらえるものを作れるまで何度だってチャレンジすれば良いだけなんだから。
だから一歩ずつ、一歩ずつしっかり噛み締めながら進んでいこう。
時計の針はもう間も無く12時を指す。
「ルヴァン準備はいい?」
「もちろん。」
シャッターを開ければ、店内に光が差込み、ショウケースの料理が輝いているように見える。
息を吸って
「一期一会、本日オープンです!!」
と声をかければ、表通りを通っていた人達がこちらに振り返る。
さあ、今日から異世界で総菜屋始めます。
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