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第一章
鰯の唐揚げと一人の食卓
しおりを挟む「うーーーーーん」
レシピノートと睨めっこをして、開店の日のメニューを決めていれば、気付いてしまった。
メニューが偏りすぎていることに…
否、気づいては居たが後回しにしていたと言うのが正しいかもしれない。
野菜はある。
主食もある。
勿論お肉もある。
ただ極端に、魚が少ないのだ。というかシャケマヨのお握りしか無いのだ。
それもこれもここハウフロートでは一般に魚料理を食べる事が無いということが原因だ。
生は勿論煮物も揚げ物も食べない。
唯一の調理は焼くのみとの事だが、魚が食べられない一番の理由は骨を取り除く作業と臭いが苦手、と言うのが大きな原因のように思える。
また漁の方法が問題である。文字通り棒に針をつけた糸を垂らしただけ、という何とも工夫を凝らした様子すら伺えない代物で魚を釣るので、中々取れずかなり希少なものとされ肉の倍は値が張るので、一般市民に普及していないと言うのも大き理由だと思える。
針に餌をつけるという発想はないらしい。
街で見かけるのも鯵や鰯といった比較的に小さな魚のみである。鮪なんかがあの釣竿で釣れたらそれはそれで驚きではあるが…
ただ私が此方で初めて食べた露天にある烏賊なんかは、発光と言うギフト持ちが夜の海でその力を使うことで簡単に取れる事から、他より値が安いと言うのだから可笑しな話である。
意味深ではあるが地球の食材を使っても良いと言われているので、それを使うのは簡単だけど、今のままで根付くとは到底思えない。勿論料金設定も大きな悩みである。
役場に行った翌日改めて細部まで書類を読んでいったところ、いくつか気になる点が見つかった。その1つが、販売するものの金額設定は国が決めると明記されていたことだ。私と相談の上とは記されていたが、最終決定権は国にあるとの事。
意を唱えるべく歴史を感じる役場に足を運び山羊頭、改、人間の女性職員コメリーさんに料金は自身で決めたい、と告げると、刻人の感覚で料金を決められるとハウフロートのバランスが崩れる、と言われてしまい引き下がるしかなかった。
安い金額で売ってしまえばマーケットに大きな影響を与える事も確かで、その事を考慮しながら料金を決めようとしていると伝えても、なら、国で決めても問題ないと言われてしまい強く出ることができなかったのだ。
「はぁ…」
最近ため息が増えた気がする。
それもこれも数日後に控えた料金設定の為に、国の重鎮と面会する事が決まってしまったからだ。
そして今、ルヴァンが居ない中どこまで自分で対応出来るか自信が無くなってしまった。
「早く帰ってこないかな…」
昨日の事を思い出しながら例の扉を見つめる。
私がコメリーさんに言い負かされた直後、ルヴァンは迅速に対応すべくアン様に報告に向かうことになった。
「サラ、一度アンジェリカ様に報告に戻るから何があるか分からないし出来れば僕が戻るまでは家の中で過ごしてね」
と言ったルヴァンは、人間の姿になった時のように呪文を唱え、もふもふフワフワの羊の姿になり例の扉の前で心配そうに此方を見る。
「なるべく早く帰るようにするけど、どうなるかわからないから注意してね、それから戸締りもしっかりするんだよ」
とまるで心配性な母親の様な注意をする、その度に振り返り、中々前に進もうとしない。
「それから火の元と、えーと…」
「…大丈夫、分かってるから気を付けて行って来てね」
と見送れば、それでもまだ言い足りないと言った様子の彼も、静々と扉の向こうに吸い込まれて行った。
勿論ルヴァンの消えた扉の向こうは既に壁になっている。
この扉を通るには精霊体、ルヴァンで言う羊の姿になる事が条件らしい。
机に突っ伏して扉を眺めるも、時間は進まない。
マーケットに市場調査に行きたくてもルヴァンの言いつけもあり、あまり家から出たいとも思わない。
知った気になってはいるが、まだまだ知らないことも多いのだ。ルヴァンのように頼れる人が近くにいない状態で、あれこれ出来るほど図太い神経を持った覚えはない。
ただ、そうなると出来ることがないのだ。
もうっ!
こんな時は料理するしかない!
髪をまとめて腕を捲り、エプロンを着けレシピを考える。
魚料理が食べたい。
カルシウムもしっかり取りたいよね。
そしたら骨までしっかり食べれる物がいいかな?
そしたら鰯の唐揚げにしよう。
いくつかの食品をお取り寄せしたら後は調理するだけだ。
取り寄せた小さめの鰯の頭を手で取り、ヒレを取り包丁で腹部に切れ目を入れて、指で内臓を取り出し流水でよく洗った後に酒を少し入れた氷水に漬ける。
たったコレだけで生臭さが大分軽減される。
魚料理はそれなりに手間をかければ、しっかり食べやすくなるけど多分のこ世界の人達はやって無いんだろう。
それは肉料理にも言えた。
こちらで食べた肉料理だと串焼きが記憶に新しい。
当たり前のように味付けは塩オンリーの串焼きなのだが、肉の繊維は硬く噛みきる事が困難で、それだけでなくかなり獣臭かった。
きっと血抜きもしっかりしてないに違いない。
ただ、そこは素人なのではっきりとした手順はわからない。
トラ模様の尻尾を左右に揺らした獣人が、美味しそうに食べていたので此方ではあれでもいいのかもしれないけど…
と思いつつ手元に目を落とす。
やっぱり私には合わないよね…と黙々と作業を進める。
そして全ての鰯の下処理が終わったところで油を熱しておく。そしたら専用の唐揚げ粉に通すだけである。
ボウルの中で混ぜられる小麦粉、片栗粉、すりおろした生姜とニンニク、林檎、それから酒、醤油に少し水を足してトロッとさせたそれは"あくまで"私好みではあるが鰯に合うと思い作った特製唐揚げ粉である。
因みにこれにマヨネーズやたまごと言った材料を混ぜても美味しいが、取り敢えず定番にしてみた。
私の考えや味覚を押し付けるつもりはないが、総菜屋のメニューが美味しいと認められるならば、此方の世界の料理が革命を迎えるだろうし、認められないのならば私は個人で楽しみ、他に仕事を探すしかない。
特製唐揚げ粉に水気を取った鰯を潜らせて、温かくなった油の中に入れていけばジュジュ、パチパチと音を立てながら鰯に着いた唐揚げ粉が徐々に色づいていく。
少ない油の中で移動を続ける鰯を途中でひっくり返し、両目とも色が付いてきたところでバットに取り出し、油を切りながらしっかりと熱を通す。
油が切れたのを確認して菜箸で口に運べば、ふんわりとした身と唐揚げ粉にの味で"ほふほふっ"と熱を出しながらもペロリと一本食べきってしまった。
骨も柔らかいし、コレなら気にせずに丸っと食べれるだろう。
いつもの癖で作りすぎた二人分の鰯の唐揚げと、簡単なサラダを持ってテーブルに向かえばちょっとだけ寂しくなったのは秘密である。
長いこと一人暮らしをしていたのに不思議だな、なんて思いつつ、まだ温かい唐揚げに手を伸ばすとその温かさに少しだけ寂しさが紛れた気がした。
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