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第19話 証拠隠滅
しおりを挟むワナワナと男が震える。
額に青筋を立ててこちらをギロリと睨んできた。
「てめえ……なにしやがった? あ゛ぁ!?」
とても怒ってらっしゃる。
地球でこんな風に絡まれたら僕は抵抗できなかっただろう。
でも異世界での経験がある僕には子供のオークの可愛らしい威嚇行動程度にしか思えない。
剣呑な空気に周囲の空気が張り詰める。
「証拠もないのに人を疑うのは悪いことなんじゃないんですか?」
「るっせえ! お前が何かしたんだろうが! ぶち殺すぞ!!」
「証拠は?」
「おい、殺されたくなかったら認めろや、何した?」
「だから証拠がないじゃないですか」
一応言っておくけど確かにこの男の言ってる通りで間違いない。
やったことは単純で風魔法で男の体を少し浮かした。
それだけである。
意外と人の体って地面が不安定になると一気にバランス崩れるんだよね。
ローラースケーターに乗った時みたいな感じって言えば分かるかな。
「あのガキ完全にビビってるな」
「相手はCランク冒険者らしいぜ?」
「うわぁ……そりゃ勝てねーわ」
好き勝手言ってるなあ……
地球ならまだしも、この世界は体格で強さは決まらない。
それを分かっていない人たちの好き勝手な言葉だ。
というかCってニーナさんより低いじゃないか。彼女が抵抗しないからだろうけどこういう手合いは放置するとつけあがる。
「で、どうするんですか?」
だけど証拠とやらがないので僕が認めない限り男は手を出せない。
向こうが悪者になっちゃうからね。
それが分かってるからこそ僕を脅して言わせようとしているんだろう。
今後何かしらのちょっかいは受けるだろうけどその都度対応するとしよう。
前の世界でもこういうやりとりは何度かあったし。
「ま、待ってください! 私――」
「黙ってろ化け物女ぁ!!」
半ギレの男は仲裁に入ろうとしたニーナさんへと拳を入れようとする。
ごつごつとした腕がニーナさんの顔へと――
ぱしっ!
僕はそれを受け止めた。
乾いた音と一緒に僕は男の拳を捕まえた。
「な――ッ!」
男が目を見開く。
これ折ってもいいのだろうか?
前の世界はそれなりに荒っぽいところがあったからこういうのも認められていた。
正当防衛も成り立つだろうし。
多少の脅しをしないとこの場は収まらないと思う。
何よりニーナさんに手まで出されたのは非常に不愉快だった。
ミシリ……
「……ッ!?」
僕の圧を感じ取ったのか男は顔を青ざめさせた。
必死に腕を捩るけど僕の力には到底及ばない。
「ふ、ふざけんな! なんだこの力……ッ!」
別に強化使ってるわけでもないんだけどね。
元々のステータス差がありすぎるんだろう。
男はがっちり掴まれた拳を震えさせる。
それでも強気な態度を崩さない。
「へっ、やれるもんならやってみろ! いいのか? 街中でこんなことしたらどうなるか分かってんだろ?」
煽るように言ってくる。
男にはどこか精神的な余裕があった。
高を括ったような態度を見て僕は呆れる。
――できないとでも思っているのだろうか?
もう片方の手を添えて力を込める。
男の目を見るけど、どこまでも油断している。
呆れた。
危機感がまるでない。
「へっ、できもしねーくせにそん「ぼぎぃッ!」―――は? ぎっ、ぎゃああぁぁ゛あああ゛ああああああ!!!?」
のたうつ男の体。
圧し折られた腕を抑えて叫び声をあげた。
「お、おいおい! あのガキやりやがった!」
「誰か! 衛兵呼んで来い!」
……さすがにやりすぎたようだ。
このままだと僕が悪者になっちゃうところだけど……まあ、なんとかなるだろう。
「おい! 何の騒ぎだ!」
そこへ来たのは……たぶん衛兵。
それらしい軽鎧姿の人たちが3人やってきた。
街の誰かが呼んだのだろうか。
それとも巡回中にたまたま?
なんにせよグッドタイミングである。
「こ、こいつが! 俺ッ、俺の腕を!」
「お、落ち着け、何があった?」
大の男が涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら迫ってくる様に衛兵さんも少し引いているようだった。
「見てわかんねえのか! 俺の腕をこいつがッ」
「腕? 腕がどうした?」
「だ、だから腕を折ったんだよこいつがよおお!!」
「……酒でも呑んでいるのか?」
衛兵の人の目は冷たい。
男は自分と衛兵の人の温度差に困惑していた。
「は、はあ!? なんで俺なんだよ! わりいのは……え?」
それもそうだろう。
だって彼の腕は折れていないから。
「あ? は? な、なんで?」
男は腕を回したり、捻ったりしている。
しかし、腕の動作に問題はなかった。
それはそうだろう。
僕が治したのだから。
「薬でもやってるのか……? すまないが詰所まで来てもらおう。そこで調べる」
ギャーギャーと喚く男を両脇から挟むように抑えて衛兵さんたちは連れていった。
一件落着かな。
あ、種明かしをしておこう。
僕は回復魔法も使えるんだ。
一人旅だったからね。
覚えないとちょっとした怪我で動けなくなって死ぬ可能性があった。
だから彼の腕を折った瞬間に回復させた。
骨折、それも綺麗に折られた骨くらいなら簡単にくっつく。
基本的に器用貧乏な僕だけど回復魔法だけなら前の世界では誰にも負けない自信がある。
これを覚えるときは地球での知識とか体の構造への理解が役立ったのだけど……まあ、それは置いておこう。
ようするに衛兵の人たちから見たらあの男は折れてもない腕を見せてこの男に折られた! と叫んでいたことになる。
結果あの男の言葉は妄言となったわけだ。
もうほとんど見えなくなっているゴーリアとかいう男の人に僕は言う。
もう聞こえないだろうけど。
意趣返しとばかりに――
「証拠もないのに人を犯人扱いしたら駄目だよね」
どうやら僕もニーナさんを馬鹿にされたのと、初めてのデートを邪魔されたことで少しばかり不機嫌だったようだ。
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