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勇者召喚
第18話 姫木刀香
しおりを挟む気付けば自分の部屋の前まで来ていた。
扉に手をかけようとして……止める。
「何をしてるんでしょうね……私は」
扉にもたれかかる。
自然と今までのことが脳裏に浮かんだ。
男が嫌いだった。
父親が母に乱暴を働き傷付く母を見ていられなかった。
離婚をしたのは必然的な流れだったのだろう。
だが、それでもあの時の父の獣のような目が忘れられなかった。
思えば自分の男嫌いはそれがきっかけだったのだと思う。
男よりも強くありたいと願った。
母が傷付いたのは私が父より……男よりも弱かったから。
剣道を始めたのはその影響だった。
安直で馬鹿みたいな考えだったけど、子供の私はそれが強さだと信じていた。
高校では生徒会長も務めて……自分で言うのもなんだが文武両道で通っていたと思う。
剣道に打ち込めるのは楽しかった。
強くなっている実感が沸くと生きている気がしたから。
ある日、母が首を吊っていた。
理由は今でも分からない。
ただ遺書には一言『ごめんなさい』とだけ書かれていた。
母の苦しみに私は気付かなかった。
私は母を守ることが出来なかったのだ。
なら……それならば私が強くなりたいと願ったのは無意味だったのだろうか?
分からなくなってしまった。
自分の生きている意味も、強くなる意味も。
この世に自分が存在することの意義が。
だからこの世界にやってきたときは歓喜に震えた。
無駄じゃなかった。
私は、まだ誰かを守ることができる、と。
剣姫スキルを選んだのはやはり今までやってきた剣道の影響が大きかったのだろう。
だけど―――結局私がやってきたのは楽しいスポーツだったのだろう。
嫌いだったはずの少年が教えてくれた。
なら、やはり私は……
「私は、間違っていたのでしょうか……」
「なにが?」
「誰かを守りたいと、強くありたいと願っていました……男よりも。ですが、それは……」
そこで思わず隣を見た。
あまりにも自然に返事をされたため一瞬の間本気で気付かなかったのだ。
どうやら自分は相当参っているらしい。
「佐山悠斗……あなた、何をしに?」
「やー、なんか思い詰めてたからさ、誰かに相談に乗ってもらいたいんじゃないかなって」
「何を馬鹿な……」
そもそも誰のせいだと……だけど、少年の言葉も正しかったと思った。
さっきのことも、それに……認めたくないが、確かに今は誰かに話を聞いてほしかった。
「私は間違っていたのでしょうか?」
だからだろう。
男にこんな弱音を吐いてしまったのは一生の不覚だ。
だけど不思議と言葉はすらすらと出てきた。
感情がごちゃ混ぜになって目頭が熱くなる……だけど、グッと堪えた。
「間違ってないと思うよ?」
「え?」
思わず隣を見る。
いつもは飄々としているはずの少年の姿を。
「姫木さんの今までしてきた努力は凄いと思うよ、実際姫木さん強いしね。それに無理ならこれから慣れていけばいいよ。どうしても無理なら無理でやらなければいい。いざというときは秋山さんも栗田さんもリリアもいるし」
優しい言葉だと思った。
私を気遣ってくれているのだと。
「……ですが、私には殺す覚悟がありませんでした……殺される覚悟も、あなたの言う通りだったんです。私のしていることは、所詮ままごとのようなものだった……私は」
「誰かを殺せるのってそんなに凄いことなのかな?」
私は言葉が出なかった。
いつもはふざけているような少年だったけど、こんな顔もできるのかと妙なところで感心した。
そんな顔もできるんじゃないですか……と、心の中でぼやいた。
「殺せるのは確かにこの世界で生きるのには必要なことだと思う。だけど凄いとは思わない。何て言い繕っても殺しは殺しだしね。いざとなったらみんなが守ってくれるから大丈夫だよ」
「それでは皆に迷惑をかけてしまいます……」
「かければいいよ。さっきは偉そうなこと言ったけど姫木さんがやりたいようにやればいいと思う。ピンチになったら僕も守ってあげるからさ」
ズキンっ、と胸が痛んだ。
今まであんな態度を取ってきたのに……なんでそんなに優しくできるのだろうか。
少なくとも父親と同じような人間だとは思えなかった。
誰かを守りたいという気持ちばかりが先行して初対面なのに酷い態度を取ってしまったのに。
「私より弱いくせに……」
この優しい少年は不器用ながらも守ってくれたのかもしれない。
いつか致命的なことにならないように。
私が、いつか本当に誰かを守れるように。
「悪知恵が働くから互角だね」
「何が互角なんですか……」
またいつもの少年に戻る。
あのふざけたような緩い顔。
だけど不思議と心は軽くなっていた。
「……ありがとうございます」
「え、なんて?」
「今聞こえてたでしょう?」
「いや、なんか未確認生物レベルで珍しい言葉が聞こえてきた気がしたから」
相変わらず失礼な男ですね……
私だってお礼くらい言えますよ。
でも―――
「佐山悠斗……いや、佐山さん、今まですみませんでした」
私は少年に頭を下げた。
そうしないといけない気がしたから。
男というだけで盲目的に嫌っていた私よりも、目の前の男の子の方がずっと大人だった。
何の覚悟もなかった私を、危なっかしい私を……彼は気遣ってくれたのかもしれない。
だから勝負を受けてくれた……というのは考えすぎだろうか?
この人は、きっと私が思っているほど……私が嫌っている男性ほど悪い人じゃないのかもしれない。
「姫木さん、そこまでされると怖いんだけど、僕明日死ぬのかな?」
「謝罪くらい素直に受け取ってください……その、ほんとに悪かったと思っているので……」
少年は「そっか」と、照れ臭そうにそっぽを向いた。
「心配をかけてしまいましたね、戻りましょうか」
私はそのまま佐山さんの隣に並んだ。
並んで歩くと佐山さんの方が背が高い。
そのことを少し頼もしく感じた。
「佐山さん」
「ん?」
まだ時間はかかるかもしれません。
私には殺す覚悟も殺される覚悟もなかった。
でも、守る覚悟はあります。
それだけは本当です。
みんなは私が守ります……あなたのことも……だから、佐山さん。
『ピンチになったら僕も守ってあげるからさ』
先ほどの佐山さんの言葉を思い出す。
心が温かくなる感覚。
それを思い出しながら私は佐山さんに笑いかけた。
あなたも……もし私が困ってしまった時は、守ってくださいね―――
「どうかした?」
「なんでもありませんよ」
佐山さんが首を傾げている姿を横目に見ながら、私はみんなのいる場所へと戻った。
不思議と足取りは軽かった。
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