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第40話 醜い龍の追憶1
しおりを挟む半年くらい前のことだった。
あの言葉は今でも鮮明に思い出せる。
「あなたは黒髪の男性と将来を共にします」
ボクは母の言葉を素直に信じることができなかった。
「……嘘はいいよ」
きっと、気遣ってくれたんだろうと思った。
母は優しい人だから。
自分のことが申し訳なくなるくらい良い人だから。
「嘘じゃないわ。さっき視えたの」
「まさか……”龍眼”を使ったの?」
龍眼、それは未来を予見する力。
龍神様の力の一部とも言われているそれは、持ち主がこの先視る光景の一部をその瞳に映す。
極々稀に生まれる特異体質。母はただ力が強いだけのボクよりもずっと凄い人だった。
「龍神様の力だよね。気持ちは嬉しいけど……嘘は駄目だよ。里長達に怒られちゃうよ」
母はその力でこれまでに災害や魔物による被害の予見をして里のために尽くしてきた。
遠い未来ほど外れやすく近い未来でも外れる可能性のあるという酷く曖昧なものだけど、それでもその的中率は決して無視できるものではなかった。
だからこそ母はこの里では巫女という重役についている。
使い過ぎると母の負担が大きいため、負担を軽くするための大掛かりな儀式を行い、不吉を予見する。
しかし、それには様々な制限がつけられていた。
その一つの明確な決まりの中で個人的なことにその力を使ってはいけないというものがあった。
龍神様を自欲に利用することは許されないことだ。
その力で人を騙すことも、この里では禁とされている。
「……本当なの。本当に黒髪の人とあなたは出会うの」
母はそれでも食い下がってきた。
一瞬本気で苛立ったけど、これだけ心配してくれてるのはボクのことを想ってくれているからだろうと、気持ちを落ち着けた。
悪いのは全部ボクなんだ。
「ごめんね。最近色々あったから疲れてたんだ。さっきのは気にしないでほしいな」
「リズ、信じて。あなたはこれから出会う日が来るの」
「じゃあ、どこで出会うの? その人はなんでこんなボクを受け入れてくれたの? 一瞬だけの光景でなんでそこまで分かったの?」
「…………」
「どんなことを視てきたの?」
答えない母に焦れて、声色が不機嫌なものに変わっていくのを感じた。
「未来が変わるから……言えない?」
「ええ……その通りよ」
母に何か言うけど、口調が荒くなってしまう。
自分にとってあまり触れられたくないところだったから。
弱音を口にしたのだって子供の頃以来だった。
未来を告げる母を信じることができずに、ボクは怒鳴って家を飛び出してしまう。
何をしているんだろうか。謝らないといけない。
里の外で独り歩いた。
感情が乱れるとボクに怯えて知覚が鋭い生き物は逃げていく。
鳥が危険を知らせる鳴き声を発している。そうして周囲は風が吹く音しか聞こえなくなった。
魔物ですら近付いてこない。
「お母さんは……嘘つきだ」
よりもによって神聖な色とされている黒髪の人だなんて、いるわけがない。
黒髪なんて物語の中でしか出てこないような色だ。
あるいは創作物の中のような王子様が迎えに来てくれるとでも言いたかったのだろうか。
そんなボクに都合の良い夢を見せるから辛くなる。
希望が大きければ大きいほど、それを裏切られた時の絶望は大きい。
「いるわけがない。ボクは、化け物なんだから」
ボクは母のことが大好きだった。
自惚れじゃないなら母もボクを愛してくれているんだろう。
こんなボクにも愛情を注いで育ててくれたから、そんな在り方に憧れていた。
好きな人と家庭を築くのが夢だった。
その人と出会って愛し合い、落ち着けるところで一緒に家を建てて、その人との子供に囲まれて……
ボクも残したかった。命と命の繋がりを、自分が生きた痕跡を、愛した人との証を。
でも……駄目なんだ。
ボクにその夢は難しすぎたんだ。
「ごめんなさい……」
誰に言うでもなく謝った。
それは母にだったのか、仲間達にだったのか、今まで迷惑をかけてきた人に対してだったのか。
気づけば涙が頬を伝っていた。
拭っても拭っても溢れ出てくる。
それが情けなくて、惨めで……いっそ消えてしまえたらと何度も思った。
その時は、仲間達は心配してくれるだろうか。
母は悲しんでくれるだろうか。
もしそうなら……それも悪くないのかもしれないな。
本気でそう思った。
だけど、その時のボクはまだ知らなかったんだ。
この先、本当に黒髪の男の人と出会うなんて――
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