美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸

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第36話 誤解

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 グリルの街に帰って来た数日後の昼頃。
 リズさんの実家である龍族の里への準備を進めつつも、僕は穏やかな日常を謳歌していた。
 里にいるリズさんのお母さんの容態は心配だけど、準備不足で行くわけにもいかないからね。
 何があっても対処できるように薬や、その他の道具や消毒液を用意した。
 慌てず準備を進めるとしよう。皆も落ち着きたいだろうし、僕も道具の整備が必要だった。
 六脚馬に関しては馬を引く生き物としては人気があるから借りられるのは更に数日後ってことになるそうだ。
 時期的な理由もあって、ギール村の魔素溜まりの件で色んな町の足役の人たちが駆けずり回っているというのもあった。
 僕も待ってる間にも龍族について調べたりとできることはあるから、この時間も無駄にはならない。
 旅慣れてない僕としては疲れもあったから丁度良かったかも。
 そして、治療院の運営は以前よりは順調だった。
 どうやら口コミでギール村のことが伝わったらしい。
 ネットもない世界だから人伝の情報というのは馬鹿にできない。
 今月の食費分くらいは確保できたかな。この調子で今後の運営も上手くいけばいいんだけど。
 そして、この日はミーナからのお誘いで銀翼の皆の拠点にお邪魔させてもらっていた。
 僕が昨日「ミーナの料理を楽しみにしてる」と言ったことを彼女は気にしてくれていたらしく、今日はその約束をとのことらしい。

「ど、どう? トーワ」

 ミーナが緊張した様子で感想を求めてきた。
 これらの料理はほとんどミーナが作ってくれたものらしい。
 テイルボアと呼ばれる魔物の尻尾の部分のお肉を使った料理だそうだ。
 シンプルにスパイスを使って焼いた調理法。
 切り分け方が大雑把に見えたり、焦げてる部位があったりと拙い部分はあるものの、味に関して気になることはなく美味しかった。
「美味しいよ」と伝えると嬉しそうに顔を綻ばせ今度は肉を山のようによそってくれた。
 ……食べきれるかな。
 シルヴィさん、アイリさん、リズさんからも好評だった。

「最初はあんなに失敗してたのにな、昨日も一晩中悩んでたんだぜ?」

「ア、アイリ。余計なこと言わないで」

 ミーナの慌てた様子にアイリさんが「悪い悪い」と謝っていた。
 賑やかで平和な食卓だった。けど最近食べさせてもらってばかりだな。
 今日は貢がれないなと思ってたけど、昼食がその代わりだったらしい。いや、頻繁に貢がれても困るんだけどさ。
 食器も片付け終え、談笑をしていると、ミーナが期待を込めた目で僕を見てきた。
 穴が開きそうなほど凄い見つめてきている。

「……どうしたの?」

 あまりに見つめてくるから思わず聞いてしまうと、ミーナはもじもじと口を開いた。

「トーワ、その、よかったらご褒美がほしい」

「ご褒美?」

「うん……また、してほしい」

 一瞬何のことか分からなかったけど、ミーナの耳がぴくりと動いたのを見て、すぐに耳かきの事だと思い至る。
 そういえば帰りに約束してたっけ。「帰りの約束のこと?」と尋ねるとミーナはこくんと頷いた。
 アイリさんとシルヴィさんが固まる。
 ミーナだけじゃなくて二人にも約束してたな。
 その場にいなかったリズさんは何のことなのか分かってなさそうだったけど。

「やり過ぎるとよくないよ?」

 耳の中は普段刺激に晒されることがないから擦り過ぎるとすぐに痛めてしまうと聞いたことがある。
 約束した手前強くは言えないけど、頻繁にやるのもどうかと思ったので一応言っておいた。

「ああ、トーワの言うとおりだな。そ、それにそういうのは順番ってもんがあるだろ?」

「ですね。その通りですよ」

 同調するアイリさん。それに続いて、うんうん、と頷くシルヴィさん。
 二人から援護が来ると、その勢いに押されてミーナが不満そうではあったものの納得していた。
 シルヴィさんとアイリさんは、なら次を決めるということでジャンケンを始めた。

「やったー! や、やりました! 勝ちました!」

「くっ……」

 勝負に勝ったシルヴィさんが喜んで、アイリさんががっくりと項垂れている。
 獣人族の耳ほどではないけど、エルフ族の人の長耳も特殊な形状をしているからちょっと緊張。
 というかお付き合いさせてもらっている女性の耳を掃除をするという状況が僕にはいまだに照れ臭い。

「? 何の勝負?」

 シルヴィさん達の様子を不思議そうに見ていたリズさんは問いながらグラスを傾ける。

「えへへ、じ、実はですね……」

 と、シルヴィさんが僕のほうを見て顔を赤くして、リズさんに耳打ちをした。
 こっそり言うことでもないんじゃ……?

「え……」

 リズさんの手の中にあったグラスが弾けた。
 砕け散ったガラス片。リズさんの口にしていた水がテーブルの上に広がっていく。
 シルヴィさんが「だ、大丈夫ですか?」と、慌てて心配していた。
 え、耳掃除ってそんなに驚かれるものなの?

「ご、ごめん。でもそういうのはその……なんと言えばいいのか……」

 ごにょごにょと口籠りながらナフキンでテーブルを拭き始めるリズさん。
 シルヴィさんがごほんと咳払いをした。

「なんにせよ私の番ですね……その、トーワさん。や、優しくお願いします……」

「勿論です。痛かったら言ってもらえたら」

「あ、でもその、少しくらい乱暴でも……」

「いやいや、優しくやりますよ」

 シルヴィさんは僕の言葉に何かを想像したのか耳まで赤くしている。
 ミーナは面白くなさそうだった。

「ミーナは今度ね」

 仕方ないなーと、頭を撫でてあげると、ピーンと猫耳が起立した。
 そんな話をしているとリズさんが傍らでぶつぶつと何かを言っている。
 彼女も顔が赤い。
 テーブルの片づけを終えたリズさんが顔を赤くしながら聞いてくる。

「いいのかな……そ、そういうのは、ムード、とか。大事なんじゃないかな」

「ムード?」

 耳掃除のムードというのは分からないけど、何か作法みたいなのがあったり?
 いやでも、ミーナは普通にやっただけだし。

「……トーワ、アタシの時はちゃんと準備するからな……!」

「あ、はい……」

 アイリさんが、鬼気迫る様子で言ってきたので思わず同意してしまう。
 僕のやり方ってそんなに不満なんだろうか……

「ムードって、例えばどういう?」

「そりゃ……やっぱ二人きりの時とかに、ほら、分かるだろ?」

「え?」

 本当に分からない。この世界特有のものがあるのかな。

「すみません、こういうのに詳しくないというか……」

「……そうなのか?」

「ですね。なので多少のことは大目に見てほしいです」

「それはそれで嬉しいけどよ……ってことはよ……あれだ、トーワはこういうの、他のやつとしたことないのか……?」

 母さんにされることはあっても、人にしたことはないな。
 思えばミーナが初めてだったわけだ。それを伝えるとアイリさんは「ふーん」と、素っ気ないながらも口元に堪えきれない笑みを浮かべていた。
 いつもの癖で照れ臭そうに頭の後ろを掻いている。

「あ、アタシの時は、手とか繋いでてほしいんだけど……」

「手?」

 片手でやってくれってこと? できればもう片方は頭に添えておきたいんだけど、危ないし。
 でもしばらく考えたけどどういう体勢? 膝枕と手を繋ぐのってそこそこ面倒な気がするんだけど。

「アイリ、危ないと思う」

「あ、危ない? え、危険性ってあるのか?」

 そこらへんはミーナが説明してくれるかもしれない。

「あ、そうだ。これ持ってきたんですよ」

 そういえばと忘れていたことを思い出した。
 折角持ってきたので早いうちに渡さないといけない。
 いつもご馳走になってばかりも悪いかなと思ってデザートに果物を。
 布袋に入ったレンジの実だ。
 ちょっと固いみかんみたいな果物なんだけど。
 シルヴィさんが分かり易く狼狽えた。

「ふ、袋……っ!? なぜ袋を!?」

「袋……? 中身はレンジの実ですけど」

 袋の紐を解いて、中身を取り出すと柑橘系の爽やかな匂いが広がった。

「あ、あぁ……ですか……美味しいですよね。レンジの実」

 ふぅー、と胸に手を当て物凄く安心した様子を見せるシルヴィさん。
 なんで袋にそんなに反応したのかは謎だった。

「それじゃあ部屋に行きましょうか」

 見たところ横になれるところがなかった。
 となるとシルヴィさんの私室になるだろうか。彼女の部屋には入ったことがないのでちょっと緊張するな。

「は、はいっ」

 後ろから何かか細い声が聞こえた気がした。







「終わりましたよ」

「っ! え、もう終わったのか?」

 耳掃除を終えた僕達は再び皆の待つリビングへと戻った。
 ミーナは椅子に座って行儀よくしている。

「あれ、リズさんは?」

「疲れているみたいで、部屋に戻ると言っていた」

 なるほど、と頷く。アイリさんはそわそわとこちらを気にしているようだ。
 落ち着きなく足を揺すっている。
 だけど、アイリさんに「もう」と言われたけど、30分くらい経ってるからそれなりに長かった気はするけど。
 エルフ族の耳は特徴的な形なので慣れるまで怖かったけど、ある程度進んだらコツが掴めたように思う。

「なんか早いな、一晩は出てこないと思ってた……って、シルヴィ? どうした?」

「何か始めてから、やたらと静かだったんですよね」

 始まってからは口数も減って、途中からはずっと無言だったし。
 するとアイリさんは「あっ」と小さく声を出す。
 シルヴィさんの肩をぽんぽんと叩いた。

「……初めてだと上手くいかないこともあるんじゃねーか?」

 何故か慰めるアイリさん。
 俯いていた顔を見せるとシルヴィさんはぽつりぽつりと口を開いた。

「いえ……えーと、なんと言っていいのか……」

 浮かない表情のシルヴィさんを見ていると、何か失敗してしまったのかと不安になってきた。
 自分では結構上手くできたと思っていたけど、彼女的には期待外れだったということなんだろうか。

「下手でしたかね?」

「いえ、上手でしたよ……気持ちよかったです」

 ただ……とシルヴィさんは続ける。

「そうですね……色々引っ掻かれましたね。浅い所とか、たまに深い所に届いたり」

「? そうですね」

「私の耳には入りきらない長さでしたね」

「ですね……? 全部入ったら危ないですよ?」

「…………理解しました」

 すると、シルヴィさんはアイリさんへと視線を向けた。
 いってらっしゃいと手を振る。今度はアイリさんか。
 僕と同じ形の耳だから分かり易いな。今度は失敗もないだろうと僕は意気込んだ。

「いきましょうか」

「お、おう……その、部屋の灯りはどうする?」

「灯り? 明るい方がいいですかね、見えなくなっちゃうんで」

「け、けどよ……ちょっと恥ずかしいっていうか」

「あー、気持ちは分かる気がします」

 そして、耳掃除が始まる。
 アイリさんは最初はぎこちなかったけど、途中で「ん?」と頭を捻っていた。
 終わる頃には無言だった。
 不手際はなかったと思うけど、僕って実は耳掃除が下手だったのかな。
 なんて反省する傍らでミーナが頭をぐりぐりされていた。

「お前、マジでふざけんなよ……」

「ミーナさんの今日の夕食は一品抜きですからね」

「い、痛い……何故? 不当な暴力はよくない」

 この後、僕の誤解が解けるのにしばらくかかった。




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