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第16話 家主
しおりを挟む「いやー……」
笑うしかない。
日に日にミーナからの贈り物が増えてる気がするんだけど気のせいだろうか。
彼女が僕にアプルの実をプレゼントしてくれてからというもの。
アプルの実、血抜きのされたイノシシ型の魔物、鳥やら豚やら兎みたいな動物の干し肉、高そうなキラキラとした鉱石、各種治療に使われる素材、ミーナの御手製という不格好なドライフルーツ、この地域では珍しい貴重な調味料、あと何だかよく分からない黒っぽい瓶詰めされた……え、ごめん、なにこれ?
いや、駄目でしょこれ。僕もう完全にヒモじゃん。食材系はどれも美味しく頂いちゃったけど……
ここ最近ミーナに貰った食べ物だけで食糧事情賄えてるよ。
特にイノシシみたいのは大きすぎてちょっと困った。ミーナが「分かった」って言って持って帰ったけど、自分で食べたのかな?
しかし、ミーナ本人がいくら満足していたのだとしても限度がある。というより僕もここまでよく何も言わなかったな、って感じなんだけどね。
いや、正確には一度言ったことがある。こういうのはよくない……って。
そしたら、唖然として、目に涙溜めた顔で声震わせて……
『ご、ごめんなさい』
期待を裏切ってしまったみたいな自罰的な顔をして……今思い出しても胸が締め付けられる。
罪悪感凄かったもんね。
その日、ミーナの手には少し前までにはなかった怪我とかがあって、不格好に切り分けられたドライフルーツが……
さすがに察するよ? ミーナが頑張ってくれたんだろうって。
なんかもう10割くらい僕が悪いんじゃないかって気がしてきてさ。
気付けばさっきのは冗談で照れ隠しだった。みたいなことになってしまっていた。
その時のミーナの花が咲いたような満面の笑顔と言ったら……
少しでも返そうと僕にできる恩返し……例えばご飯御馳走したり、怪我を治してあげたりとかしてるけど、ミーナがくれる物量にまったく追いついていないというのが現状だった。
……彼女が怪我をした時の治療費を僕にできる範囲で融通するということで許してもらおう。怪我なんてしないのが一番ではあるけど。
それに僕に色々くれてから少し話すとすぐに恥ずかしそうにどっか行っちゃうんだよね。
しゃっくりし出すんだけど何かの病気なんだろうか。ヒールしようとしてもしゃっくりが始まるとすぐ逃げられちゃうし。
ミーナに聞いたところ何故か詳しくは教えてくれなかったけど常にというわけじゃないらしい。
本で調べてもしゃっくりが出やすくなるなんて病状出てこないんだよね。
……うーん、心配だ。体質的なものなんだろうか?
ちなみにこの世界。病気や治療に関する医学の知識が僕のいた地球とはまるで違う。
魔法というものがあるせいでよく分からない方向に発展してるんだよね。
外傷はほとんど魔法任せだし、病気に関しては間違ってはいないものの微妙に誤った知識が浸透してたりとか。
病は悪霊が運んでくる。人に呪われることもある。みたいな眉唾なものが多い。
だというのにそれが”間違いだとも言い切れない”。
僕の常識ではあり得なくても、この世界では実際に起こりえる現象だというのだから本当にややこしい。
シルヴィさんの迷宮の状態異常も僕のいた地球にはなかったわけだからね。
あれこれミーナのことを考えていると不意に思い出す。
「……ん? あー、そうだ」
忘れるところだった。家賃払わなきゃ。
せっかく貸してくれてるわけだし家賃は払わないといけない。僕の収入が将来を心配するレベルで低いことはさておき。
何日も遅れたら催促が来るだろうけど、わざわざ手間をかけさせるわけにもいかない。
僕から会いに行こう。
「だけど、久々だな……元気にしてるかな」
この世界に来て一番最初に出会った人。
何も知らない僕にこの世界のことを色々教えてくれて……
僕がこの世界の住人ではないことを知っている唯一の人物だ。
◇
「おお、トーワ! しばらくぶりだな! どうした?」
街の居住区。そこでは洗濯物を干している一人の男性がいた。
浅黒い肌。明るい髪色を揺らして僕を歓迎してくれたのはドワーフと人族のハーフ。A級冒険者のアランさんだ。
身長は僕と同じくらいなんだけど、体格が良くて体には鎧みたいな筋肉がついている。
というかどうしたって……もしかして家賃の事忘れられてる?
「お久しぶりです、アランさん。家賃のお支払いに来ました」
「あー」
そんなものもあったな。みたいな反応だった。アランさんらしいといえばらしいけど。
「んなもん後でいいだろ! 入れ入れ! 今日は飲むぞぉー!」
いや、僕家賃払いに来たんだけど。
アランさんは豪快に笑うと僕を案内してくれた。
洗濯物途中だったけどよかったのかな?
アランさんは大きな酒樽を持ってきた。二人じゃ飲み切れない量に思えるけど、この人の事だから今日で空にするつもりなんだろうなぁ……
というかまた忘れられてるみたいだ。
「僕未成年なんですってば」
アランさんが、んあ? と動きを止める。
「ああ、そうか……”お前の世界”だとそうなんだったか」
「ですね。なのでアルコール以外があれば助かります」
「がはは! まだまだお子ちゃまってわけだ! しょーがねーなぁ! 待ってろ!」
機嫌良さそうに高笑い。
ドワーフ自体お酒を好む種族だが、輪にかけて酒好きなアランさんは何かとつけて酒盛りをしようとする。
飲み過ぎると奥さんたちに怒られるから、普段は自制していると聞いてるけどいいんだろうか?
そういえばアランさんは一人なのかな。
家の中には彼以外誰もいないみたいだった。
「今日はソフィアさんもマギリエッタさんもいないんですか?」
ソフィアさんとマギリエッタさんというのは目の前でぐびぐびとお酒を飲むアランさんの奥さんだ。
一夫多妻が常識とはいえ3人ともとても仲が良い。
アランさんは二人には頭が上がらないらしいけど……でも、そういう関係を羨ましく思う。夫婦で仲がいいって素敵だよね。
ソフィアさんとマギリエッタさんはアランさんから見て美人らしい。僕にはよく分からない感覚ではあるけど二人とも優しいし魅力的な女性だと思う。
知り合ったばかりの僕のこともよく気にかけてくれている。
「ソフィとマギは二人仲良く買い物だ」
アランさんが僕の前にジュースを置いてくれた。
大きなジョッキに並々と注がれたジュースに口を付けた。
それよりも、とアランさんがお酒臭い息を吐いた。
「どうなんだ? 治療院ってやつは」
「あー……」
今のところ来てくれたのってシルヴィさんとアイリさんとミーナの3人だけなんだよね。
シルヴィさんとは普通に近況報告をして、朝早くやってくるミーナは何故か延々と僕に貢いでくれている。
そしてアイリさんとは本の貸し借りをしている。いつでもいいとは言ってくれてるけど、貸してくれる本の数が膨大過ぎて最近は少しばかり忙しい。アイリさんと感想を言い合ったり考察するのは楽しいからいいけどね。
そういえば昨日もアイリさんが本を貸しに来てくれたんだよね。
連日貸してくれて僕も嬉しいんだけど、そうすぐには読み切れない量だった。
まだ読み終えてないことを伝えるとアイリさん今気づいたというように恥ずかしがってた。
『わ、悪い。こういうの初めてでさ……楽しかったから……』
そんなこと言ってもらえると僕としても嬉しい。僕も嫌ってわけじゃないんだよね。アイリさんの貸してくれる本はどれも本当に面白いし。
どうやらアイリさんは初めて出来た僕という男友達に距離感がよく分かっていないみたいだった。
そう考えるとミーナもそうなんじゃないだろうか。どこかしらで距離感を間違えてるから貢ぎ物がどうとか言ってるんじゃ……どっちも推測の域は出ないけど当たってる気がする。
って、話が逸れた。
治療院の方はあんまり運営が順調とは言い難いかも。
やはり立地が悪いんだろうか……とは、まさか家主さんの前では言えるわけもない。
「すまねーな。もうちょっといいところ貸してやれればよかったんだが。俺の方から腕の良い治療師がいるって宣伝してもいいぜ?」
「そんな……何の後ろ盾もない僕を助けてくれたのはアランさんじゃないですか。そこまでお世話になるわけにはいきません。あんなに安く住むところまで貸して頂けただけでも十分なのに」
「命の恩人が何言ってんだよ。お前がいなけりゃ今頃俺は酒も飲めずに創造神様の元に召されてたぜ?」
死ぬ時は美味い酒を飲みながらだと言うアランさん。そんな彼との出会いは東の森だった。
転移したばかりの僕が森を彷徨っていると体中から血を流して満身創痍のアランさんが倒れていたというわけだ。
初めはあまりの出血量に死んでるかとさえ思った。
幸い僕の回復魔法で事なきを得たけど、それ以来アランさんは僕に色々気を遣ってくれている兄貴分のような存在だ。
その際に僕がこの世界の人間じゃないことを話した。
僕は主人公が無双する展開に憧れて冒険者を目指したものの挫折。その後、僕が持つヒールの特異性に気付いて治療院を開いたらどうかと勧めてくれたのがアランさんだった。
「何よりお前がいなけりゃ俺の愛する家族は未亡人だ。あいつらも感謝してたぞ?」
それは僕も嬉しいですけどね。
アランさんが続ける。
だからよ、と。
「何かあったら何でも言ってくれよな」
「……ありがとうございます」
本当に、心強いな。
僕がこの世界でここまで生きてこれたのはこの人のお陰って言ってもいいくらいなのに。
「しっかし、家族残して死にかけるなんざ俺もまだまだだよな。A級が聞いて呆れるぜ」
「いやいや、まだまだなんて思う人いないと思いますよ? 冒険者でA級って言ったら英雄みたいなものですよね? 前ギルドに行ったときに凄い羨ましいって言われましたよ」
アランさんって冒険者の人たちから慕われてるんだよね。話しやすいし相談事にも真摯に乗ってくれる。
僕もこの世界に来てから何度助けられたことだろう。
それにA級って言ったら冒険譚が出るような凄い人ばかりだし。僕がそんな人とこんな風に話せてること自体が恵まれているように思える。
「そうでもないぞ。器用貧乏だしな」
そういうものなのか。僕から見たら雲の上の存在なんだけど。
数えるほどしか存在しないS級という等級が上にはあるとはいえ、A級は才能のある人間が到達できる限界と言われている。
この街にも何人かいるらしい。そういえばアイリさんとシルヴィさんはA級冒険者だったか。改めて僕って凄い人たちと友達なんだな。聞いたことはないけどミーナもランク高いらしいし。
「A級って言ってもピンからキリまでだ。世の中には『龍王』みたいな化け物までいるんだからな」
あ、『龍王』さんは知ってる。と言っても出会ったことはないけど、この前買った本の主人公だっけ。
僕やっぱり好きだなあの話。まだ2冊目の冒頭しか読めてないけど。
「アランさんは龍王さんと知り合いなんですか?」
「ん? いや、知り合いじゃないが、一度見たことがあるな」
「どんな人でした?」
ファンとしては気になる。アランさんが見たことあるならこの街に滞在してたことがあるんだろうか?
というよりこうして好きな物語の登場人物が実在するってロマンがある話だよね。
僕の世界ではそういうのって大体過去の偉人の逸話だったりしたから。
「俺が見たのは半分くらい龍化したところだった。手足の鱗が黒かったんだが、なんでか翼だけが違う色だったな」
龍化……龍になれたりするってことか。確かに本の中では翼を広げて空を飛ぶ描写もあった。
ファンタジー世界ではお約束だけど、実際にドラゴンがいるとなるとワクワクする。地球では架空の生き物だったからね。
いつかサインとか貰えないかな。
「なんか凄そうですね……見たのって戦ってるところだったんですか?」
「ああ……」
アランさんが言い淀む。
何かに怯えるみたいに口を噤んでしまった。
不味いことでも聞いてしまったんだろうか。
「……あれは人じゃないって思ったよ」
「まあ龍の血引いてるらしいですからね」
そういうことじゃねーよ。とアランさんが笑った。
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