美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸

文字の大きさ
上 下
16 / 45

第16話 家主

しおりを挟む






「いやー……」

 笑うしかない。
 日に日にミーナからの贈り物が増えてる気がするんだけど気のせいだろうか。
 彼女が僕にアプルの実をプレゼントしてくれてからというもの。

 アプルの実、血抜きのされたイノシシ型の魔物、鳥やら豚やら兎みたいな動物の干し肉、高そうなキラキラとした鉱石、各種治療に使われる素材、ミーナの御手製という不格好なドライフルーツ、この地域では珍しい貴重な調味料、あと何だかよく分からない黒っぽい瓶詰めされた……え、ごめん、なにこれ?

 いや、駄目でしょこれ。僕もう完全にヒモじゃん。食材系はどれも美味しく頂いちゃったけど……
 ここ最近ミーナに貰った食べ物だけで食糧事情賄えてるよ。
 特にイノシシみたいのは大きすぎてちょっと困った。ミーナが「分かった」って言って持って帰ったけど、自分で食べたのかな?

 しかし、ミーナ本人がいくら満足していたのだとしても限度がある。というより僕もここまでよく何も言わなかったな、って感じなんだけどね。
 いや、正確には一度言ったことがある。こういうのはよくない……って。
 そしたら、唖然として、目に涙溜めた顔で声震わせて……

『ご、ごめんなさい』

 期待を裏切ってしまったみたいな自罰的な顔をして……今思い出しても胸が締め付けられる。
 罪悪感凄かったもんね。
 その日、ミーナの手には少し前までにはなかった怪我とかがあって、不格好に切り分けられたドライフルーツが……
 さすがに察するよ? ミーナが頑張ってくれたんだろうって。
 なんかもう10割くらい僕が悪いんじゃないかって気がしてきてさ。
 気付けばさっきのは冗談で照れ隠しだった。みたいなことになってしまっていた。
 その時のミーナの花が咲いたような満面の笑顔と言ったら……
 少しでも返そうと僕にできる恩返し……例えばご飯御馳走したり、怪我を治してあげたりとかしてるけど、ミーナがくれる物量にまったく追いついていないというのが現状だった。
 ……彼女が怪我をした時の治療費を僕にできる範囲で融通するということで許してもらおう。怪我なんてしないのが一番ではあるけど。
 それに僕に色々くれてから少し話すとすぐに恥ずかしそうにどっか行っちゃうんだよね。
 しゃっくりし出すんだけど何かの病気なんだろうか。ヒールしようとしてもしゃっくりが始まるとすぐ逃げられちゃうし。
 ミーナに聞いたところ何故か詳しくは教えてくれなかったけど常にというわけじゃないらしい。
 本で調べてもしゃっくりが出やすくなるなんて病状出てこないんだよね。
 ……うーん、心配だ。体質的なものなんだろうか?

 ちなみにこの世界。病気や治療に関する医学の知識が僕のいた地球とはまるで違う。
 魔法というものがあるせいでよく分からない方向に発展してるんだよね。
 外傷はほとんど魔法任せだし、病気に関しては間違ってはいないものの微妙に誤った知識が浸透してたりとか。
 病は悪霊が運んでくる。人に呪われることもある。みたいな眉唾なものが多い。

 だというのにそれが”間違いだとも言い切れない”。
 
 僕の常識ではあり得なくても、この世界では実際に起こりえる現象だというのだから本当にややこしい。
 シルヴィさんの迷宮の状態異常も僕のいた地球にはなかったわけだからね。
 あれこれミーナのことを考えていると不意に思い出す。

「……ん? あー、そうだ」

 忘れるところだった。家賃払わなきゃ。
 せっかく貸してくれてるわけだし家賃は払わないといけない。僕の収入が将来を心配するレベルで低いことはさておき。
 何日も遅れたら催促が来るだろうけど、わざわざ手間をかけさせるわけにもいかない。
 僕から会いに行こう。

「だけど、久々だな……元気にしてるかな」

 この世界に来て一番最初に出会った人。
 何も知らない僕にこの世界のことを色々教えてくれて……
 僕がこの世界の住人ではないことを知っている唯一の人物だ。







「おお、トーワ! しばらくぶりだな! どうした?」

 街の居住区。そこでは洗濯物を干している一人の男性がいた。
 浅黒い肌。明るい髪色を揺らして僕を歓迎してくれたのはドワーフと人族のハーフ。A級冒険者のアランさんだ。
 身長は僕と同じくらいなんだけど、体格が良くて体には鎧みたいな筋肉がついている。
 というかどうしたって……もしかして家賃の事忘れられてる?

「お久しぶりです、アランさん。家賃のお支払いに来ました」

「あー」

 そんなものもあったな。みたいな反応だった。アランさんらしいといえばらしいけど。

「んなもん後でいいだろ! 入れ入れ! 今日は飲むぞぉー!」

 いや、僕家賃払いに来たんだけど。
 アランさんは豪快に笑うと僕を案内してくれた。
 洗濯物途中だったけどよかったのかな?
 アランさんは大きな酒樽を持ってきた。二人じゃ飲み切れない量に思えるけど、この人の事だから今日で空にするつもりなんだろうなぁ……
 というかまた忘れられてるみたいだ。

「僕未成年なんですってば」

 アランさんが、んあ? と動きを止める。

「ああ、そうか……”お前の世界”だとそうなんだったか」

「ですね。なのでアルコール以外があれば助かります」

「がはは! まだまだお子ちゃまってわけだ! しょーがねーなぁ! 待ってろ!」

 機嫌良さそうに高笑い。
 ドワーフ自体お酒を好む種族だが、輪にかけて酒好きなアランさんは何かとつけて酒盛りをしようとする。
 飲み過ぎると奥さんたちに怒られるから、普段は自制していると聞いてるけどいいんだろうか?
 そういえばアランさんは一人なのかな。
 家の中には彼以外誰もいないみたいだった。

「今日はソフィアさんもマギリエッタさんもいないんですか?」

 ソフィアさんとマギリエッタさんというのは目の前でぐびぐびとお酒を飲むアランさんの奥さんだ。
 一夫多妻が常識とはいえ3人ともとても仲が良い。
 アランさんは二人には頭が上がらないらしいけど……でも、そういう関係を羨ましく思う。夫婦で仲がいいって素敵だよね。
 ソフィアさんとマギリエッタさんはアランさんから見て美人らしい。僕にはよく分からない感覚ではあるけど二人とも優しいし魅力的な女性だと思う。
 知り合ったばかりの僕のこともよく気にかけてくれている。

「ソフィとマギは二人仲良く買い物だ」

 アランさんが僕の前にジュースを置いてくれた。
 大きなジョッキに並々と注がれたジュースに口を付けた。
 それよりも、とアランさんがお酒臭い息を吐いた。

「どうなんだ? 治療院ってやつは」

「あー……」

 今のところ来てくれたのってシルヴィさんとアイリさんとミーナの3人だけなんだよね。
 シルヴィさんとは普通に近況報告をして、朝早くやってくるミーナは何故か延々と僕に貢いでくれている。
 そしてアイリさんとは本の貸し借りをしている。いつでもいいとは言ってくれてるけど、貸してくれる本の数が膨大過ぎて最近は少しばかり忙しい。アイリさんと感想を言い合ったり考察するのは楽しいからいいけどね。
 そういえば昨日もアイリさんが本を貸しに来てくれたんだよね。
 連日貸してくれて僕も嬉しいんだけど、そうすぐには読み切れない量だった。
 まだ読み終えてないことを伝えるとアイリさん今気づいたというように恥ずかしがってた。

『わ、悪い。こういうの初めてでさ……楽しかったから……』

 そんなこと言ってもらえると僕としても嬉しい。僕も嫌ってわけじゃないんだよね。アイリさんの貸してくれる本はどれも本当に面白いし。
 どうやらアイリさんは初めて出来た僕という男友達に距離感がよく分かっていないみたいだった。
 そう考えるとミーナもそうなんじゃないだろうか。どこかしらで距離感を間違えてるから貢ぎ物がどうとか言ってるんじゃ……どっちも推測の域は出ないけど当たってる気がする。
 って、話が逸れた。
 治療院の方はあんまり運営が順調とは言い難いかも。
 やはり立地が悪いんだろうか……とは、まさか家主さんの前では言えるわけもない。

「すまねーな。もうちょっといいところ貸してやれればよかったんだが。俺の方から腕の良い治療師がいるって宣伝してもいいぜ?」

「そんな……何の後ろ盾もない僕を助けてくれたのはアランさんじゃないですか。そこまでお世話になるわけにはいきません。あんなに安く住むところまで貸して頂けただけでも十分なのに」

「命の恩人が何言ってんだよ。お前がいなけりゃ今頃俺は酒も飲めずに創造神様の元に召されてたぜ?」

 死ぬ時は美味い酒を飲みながらだと言うアランさん。そんな彼との出会いは東の森だった。
 転移したばかりの僕が森を彷徨っていると体中から血を流して満身創痍のアランさんが倒れていたというわけだ。
 初めはあまりの出血量に死んでるかとさえ思った。
 幸い僕の回復魔法で事なきを得たけど、それ以来アランさんは僕に色々気を遣ってくれている兄貴分のような存在だ。
 その際に僕がこの世界の人間じゃないことを話した。
 僕は主人公が無双する展開に憧れて冒険者を目指したものの挫折。その後、僕が持つヒールの特異性に気付いて治療院を開いたらどうかと勧めてくれたのがアランさんだった。

「何よりお前がいなけりゃ俺の愛する家族は未亡人だ。あいつらも感謝してたぞ?」

 それは僕も嬉しいですけどね。
 アランさんが続ける。
 だからよ、と。

「何かあったら何でも言ってくれよな」

「……ありがとうございます」

 本当に、心強いな。
 僕がこの世界でここまで生きてこれたのはこの人のお陰って言ってもいいくらいなのに。

「しっかし、家族残して死にかけるなんざ俺もまだまだだよな。A級が聞いて呆れるぜ」

「いやいや、まだまだなんて思う人いないと思いますよ? 冒険者でA級って言ったら英雄みたいなものですよね? 前ギルドに行ったときに凄い羨ましいって言われましたよ」

 アランさんって冒険者の人たちから慕われてるんだよね。話しやすいし相談事にも真摯に乗ってくれる。
 僕もこの世界に来てから何度助けられたことだろう。
 それにA級って言ったら冒険譚が出るような凄い人ばかりだし。僕がそんな人とこんな風に話せてること自体が恵まれているように思える。

「そうでもないぞ。器用貧乏だしな」

 そういうものなのか。僕から見たら雲の上の存在なんだけど。
 数えるほどしか存在しないS級という等級が上にはあるとはいえ、A級は才能のある人間が到達できる限界と言われている。
 この街にも何人かいるらしい。そういえばアイリさんとシルヴィさんはA級冒険者だったか。改めて僕って凄い人たちと友達なんだな。聞いたことはないけどミーナもランク高いらしいし。

「A級って言ってもピンからキリまでだ。世の中には『龍王』みたいな化け物までいるんだからな」

 あ、『龍王』さんは知ってる。と言っても出会ったことはないけど、この前買った本の主人公だっけ。
 僕やっぱり好きだなあの話。まだ2冊目の冒頭しか読めてないけど。

「アランさんは龍王さんと知り合いなんですか?」

「ん? いや、知り合いじゃないが、一度見たことがあるな」

「どんな人でした?」

 ファンとしては気になる。アランさんが見たことあるならこの街に滞在してたことがあるんだろうか?
 というよりこうして好きな物語の登場人物が実在するってロマンがある話だよね。
 僕の世界ではそういうのって大体過去の偉人の逸話だったりしたから。

「俺が見たのは半分くらい龍化したところだった。手足の鱗が黒かったんだが、なんでか翼だけが違う色だったな」

 龍化……龍になれたりするってことか。確かに本の中では翼を広げて空を飛ぶ描写もあった。
 ファンタジー世界ではお約束だけど、実際にドラゴンがいるとなるとワクワクする。地球では架空の生き物だったからね。
 いつかサインとか貰えないかな。

「なんか凄そうですね……見たのって戦ってるところだったんですか?」

「ああ……」

 アランさんが言い淀む。
 何かに怯えるみたいに口を噤んでしまった。
 不味いことでも聞いてしまったんだろうか。

「……あれは人じゃないって思ったよ」

「まあ龍の血引いてるらしいですからね」

 そういうことじゃねーよ。とアランさんが笑った。










しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...