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第7話 動揺する不細工美人さん達
しおりを挟む外で立ち話というのもあれだったので院内に二人を案内した。
椅子に座った二人にお茶を出す。
シルヴィさんは仲間の無礼を何度も謝っている。アイリさんに至っては先程の覇気が嘘のように縮こまっていた。
「重ね重ね本当に失礼しました!」
シルヴィさんがもう何度目になるかも分からないけど頭を下げた。
先ほどとは立場が入れ替わり、アイリさんのしたことに対してシルヴィさんは申し訳なく思っているらしい。
「ほら! アイリさんも謝ってください! 真偽の魔石まで使うなんて……」
「あ、ああ……ごめん」
先ほどとは違い素直に謝罪される。殊勝な態度に肩の力が抜けるのを感じた。
そこに最初の敵意や勢いはなくて、アイリさんはどこか虚ろにボーッとしていた。
探られたことに関してはもういいと思う。僕も合意の上だったから。それに何かあったってわけでもないし、アイリさんもこうして謝ってくれてたし。
そうこうしてる間にシルヴィさんの状態を見る。
状態異常は完治していた。一日空けて違和感もないみたいなので一安心だろう。
「あの……」
するとアイリさんがおずおずと手を挙げた。
「トーワ、さん?」
「トーワでいいですよ」
さっきまで呼び捨てだったのに急に敬称は落ち着かない。
きっと彼女も最初のが素だったと思うし。
「悪かった。言い訳にしかならねーが、騙そうとしてくるやつらは大勢いたんだ。今回もてっきり……」
気が立ってたということだろう。
でもそう何度も畏まることはないんじゃないかな。そりゃ思うところはあったけど、こうしてちゃんと頭を下げてくれたわけだし。
アイリさんは恐る恐る続けた。
「ほんとにアタシの顔が怖くないのか?」
「まあ……」
「マジでブス専なんだな?」
う、うーん。僕の価値観は普通だけど、この世界がおかしいんですよ。なんて言っても異常者に思われるだろうな。
異常者の中に一人だけ健常者がいるのなら、異常なのは健常者の方なのだから。
納得いかない感じはしたけど頷いておく。
するとキョトンとしたままシルヴィさんも横から話に加わった。
「あの、ブス専ってなんですか?」
「アタシ達みたいなブスにしか興奮しないド変態のことだ」
いやいや、言い方言い方。
シルヴィさんがガタッと、勢い良く立ち上がった。動揺しているらしく椅子が後ろへと倒れる。
「ぇ――えぇ!? そんな私たちに都合の良すぎる男性がいるんですか!? アイリさんの妄想じゃなくて!?」
「アタシにもまだ信じられねーが……」
二人の視線がこちらに向けられる。
仕方ないので説明した。異世界から来たことは端折るけど。
「あー……そうですね。僕はお二人のような容姿を好ましく思います」
「ッ!!!?」
「な――ッ!?」
二人は驚愕のあまり目をこれでもかと見開いた。かぁぁ、と真っ赤に顔を染めて瞳には涙が滲んでいる。
こっちも恥ずかしいけど。いくら信じてもらいたいからって何を言ってるんだろう僕は。
目の端の涙に気づくとアイリさんはごしごしと袖で目を擦った。
「そ、それはっ、アタシ達みたいな女をそういう対象として見れるってことでいいのか!?」
「まあ……見れますけど、初対めn」
「わ、悪い! ちょっと待っててくれ!」
話の途中だったけど、アイリさんはシルヴィさんの手を引いた出て行った。
お帰りとか? と思っていると声が聞こえてきた。どうやら部屋の外で内緒話らしい。声が大きいのと部屋の壁が薄いので丸聞こえだけど。
『お、おい! どうする!? どうすんだこれ!?』
『わ、分かりません! まさか、そんなっ、だ、男性の方からそんな好意的なこと言われたの初めてですし!?』
『そもそもブス専なんて本当にいるのか!?』
『知りませんよ!? アイリさんが言い出したことですし! 脳内設定じゃないんですか!? そ、それどこで知った情報なんですか!?』
『もしかして……だ、騙されてるとか?』
『振り出しに戻らないでください!』
揉めてるなぁ……
これは僕に気が向けられているということでいいんだろうか。
手元のお茶をグイッと一気に飲み干した。
◇
ずず……
淹れたお茶が冷めてきた。
淹れ直したほうがいいんだろうか。
相変わらず部屋の外では聞こえていないと思われている話し合いがガッツリと聞こえてきていた。
『こ、これはあれですかね! お友達になれたりするんですかね!? 恋愛対象としてあり得るみたいですし、あわよくばその先も……』
『おい、本音漏れてんぞムッツリエルフ……って待て待て。どこ行くんだよ!』
『と、止めないでください! アイリさんには分からないんですよ! エルフ族って顔に袋被って愛し合うんですよ!? それもこれも容姿が醜すぎるから! トーワさんなら……ットーワさんとなら本当に全てを曝け出し合ったセックスができるんです! 子供の頃からの夢だったんです! あの御方が私の王子様だったんです!』
『んなもんアタシだって憧れてるよ! ちょ、ホントに待てって! いきなりそんなこと言ってもドン引きされるだろうが!』
どうやら彼女たちにとって僕はそういう対象で、この価値観は随分好意的に受け取られているらしい。
嬉しいけど、声は少し抑えてほしいかな。女の子がセックスがどうとか言っちゃ駄目ですよ。
照れるのと、当事者として反応に困る。
『分かった。それならアタシに妙案がある』
『妙案……?』
それはそれとしてまだ終わらないのかな。
まだ続くようならお茶は淹れ直そうかな。
隣室にもう一度目を向けた。
『まずアタシにキスをしてもらうように頼んでみる』
『なっ!? なんですかそれ! アイリさんだけずるいん』
『まあ聞けよ。仮にこの凶器みたいな顔に本当にキスができるなら確証が得られるだろ?』
アイリさんがよく分からない理論を展開しているようだった。
仮に美人に見えてても、キスするかどうかはまた別なのでは……?
今更だけどこの世界って貞操観念も緩めだよね。
『それは私でもいいんじゃ……?』
『アタシは仲間が傷つくのはもう嫌なんだよ……もしまた拒絶されたらシルヴィは……』
『その口上って別に万能じゃないですからね?』
『なんだその言い方! アタシはお前を心配してんだぞ!』
『いつもならそうなんですけど、今回は違う意図が見え隠れしてるから駄目です! アイリさんの顔が物語ってます! 完全にやりたいって言ってます!』
しかし、長いな……まだ終わらないんだろうか。
手持ち無沙汰だったので、二人の話し合いが落ち着くまでの時間潰しにと本棚から一冊の冒険譚を取り出した。
『分かった。それならこうしよう。明日の夕食代はアタシの財布から出す。それにローブも新調したいって言ってただろ? アタシが』
『駄目です』
『最後まで言ってねーだろ!』
『なんとなく分かるので駄目です! 絶対譲りません!』
もはや内緒話のつもりなのかさえも疑わしい二人の言い合い。
ページを捲る。だというのに頭に入ってこなかった。
手元から視線を外して、もう一度顔を上げた。
『ジャンケンで決めよう。恨みっこなし! それでいいだろ?』
『し、仕方ないですね。分かりましたよ……でも負けても私は諦めませんから』
『なんでだよ!?』
いまだに数ページほどのところまでしか読めていなかったけど、僕はそろそろ終わるかな、なんて思い手を止めて本を戻した。
ついでにお茶も淹れ直す。
『今後は置いといて友達になりたいってことにするのはどうだ?』
『なるほど……いいかもしれませんね。いくら醜女好きでも急に迫られたら困惑するでしょうしね。でも本当にトーワさんはブス専なんですよね? また拒絶されたら私もう立ち直れませんけど……』
『……そうだな。その時はアタシが奢ってやるからあいつらも誘って飲みまくろうぜ』
『アイリさん……そうですね。楽しみにしてます。その時が来ないのがいいとは思いますけど……とにかくお任せしますね』
『ああ、下心は隠す。アタシが切り込むからフォロー頼むぞ?』
『わ、分かりました。その代わり私のこともお願いしますね?』
『任せろ』
どうやら話し合いはひと段落ついたらしい。
アイリさんとシルヴィさんが戻ってきた。
「待たせたな」
「……いえ」
元居た椅子に座り直してこちらを見据える。
少しだけ沈黙があった。彼女たちの感じている緊張感がこちらまで伝わってくるようだった。
アイリさんは淹れたてのお茶で喉を湿らせてから意を決したように口を開いた。
「なあトーワ。もしよかったら友達になってくれないか? アタシ達こんな見た目だからよ……男友達って憧れてたんだ」
いっそ清々しいほどの照れ笑いでアイリさんが言う。
僕はこれなんて答えたらいいんだろうか。
「だ……駄目か? 変な気はねーんだ。たまに飯でも食えたらって思ってる」
僕は何とも言えない気持ちだった。だって嘘じゃん。完全にその先狙ってるじゃないですか。
アイリさんの目が泳ぎ出す。不安から小さく汗をかいているようだった。
腰の布袋の口が凄い光ってた。真偽の魔石だろう。アイリさんの『下心無し』発言に反応したのだと思われる。触れていなくてもあの距離なら反応するらしい。
彼女たちがそれに気づいた様子はなかったけど、正面側からだとハッキリと理解できた。
なんて返そうか悩んでる僕に焦ったのかアイリさんが言葉を重ねる。
「ああ、もちろん変なことなんて考えてもねーぜ?」
ピカーってなってる。
教えてもいいのかな。
「アタシらからトーワには指一本触れるつもりはない。昨日みたいなことは絶対しない。そこは安心してくれ」
さらに発光が強くなる。そこは光らないでほしかった……嘘じゃん。
これ受け入れていいの? 近いうちに本当にレイプされるんじゃ……
17歳という思春期男子だけど、初めては愛のある行為がいい。逆レイプ未遂を受けて改めて思った。童貞で彼女なんていたことないこんな僕にも理想はあるんだから。
「ああ、うん……えーと」
自分の言葉の歯切れが悪くなる。
でも迷いはしたけど断れるような内容でもなかった。僕は「こちらこそ」と、手を差し出した。
「お……おう」
最初の圧力はどこへやら。彼女は酷くオドオドしながら僕の手を取ってくれた。
握った手をジッと見つめて顔を赤くするアイリさん。魅力的な女の人にしか見えないけど、この世界の人たちは本当に見る目がないんだな。
思惑はどうであれ仲良くなれたのは素直に嬉しく思うのだった。
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