6 / 45
第6話 醜女好き
しおりを挟む僕が身嗜みを整えて治療院を開いた早朝。
治療院を背にした僕の前では二人の女性が立っていた。
治療を受けに来てくれた様子でもなかったけど、隣にいるのは昨日のエルフさんだった。
「シルヴィさん、来てくれたんですね。そちらの方は?」
そこで目を向けたのは同じく目の覚めるような美女だった。
要件を尋ねると、彼女は名乗り頭を下げた。
「うちのリーダーが悪かった。アタシにも謝らせてほしい」
背が高くシルヴィさんよりも頭一つ分ほど上から視線が向けられる。
その隣では昨日のレイプ事件を起こしたエルフの麗人シルヴィさんが同じく頭を下げている。ピクピクと揺れるエルフ族特有の長い耳が目に入る。ちょっと触りたくなったけど我慢した。
「いえ、大丈夫ですよ。あの時のことは僕も仕方ないと思います」
「そうか……いや、それでもだ。本当に悪かった」
随分と律儀な人だ。
第一印象で気が強くて怖そうだと思ってしまったけど、所詮は第一印象だったようで、彼女を見ていると真面目な人なんだなと僕のアイリさんへの印象はガラリと変化していた。
まるで”睨みつけている”みたいに鋭い眼差し。
扉を開けた後なんかはガンを付けられているのだろうかと不安にもなったけど杞憂だった。
初対面で威嚇される心当りもないからね。
まるで”敵”を見ているかのようなアイリさん。そんな強そうな顔をしていても美人は変わらず美人だった。
「あ、すいません。ちょっとだけ失礼します」
背を向けると一瞬だけ悲しそうな顔をしたシルヴィさんが目に入った気がした。
一度戻って彼女が昨日置いていった代金を手に持って、急ぎ入り口へと向かった。
驚く彼女にそれを手渡した。
「?」
「ほら、帰り際に全部置いていったみたいで……治療費の分は引いてあるんで、御釣りはお返しします」
すると彼女は「あ……」と声を漏らす。
どうやら思い出してくれたようで、おずおずとこちらの差し出した皮と布の二重構造になった小さい袋を受け取ると中身を見る。
「あ、あの、これは少しでもお詫びをと思って」
「え、そうだったんですか?」
見た時びっくりしたけどこの大量のお金はそういうことだったのか。
昨日確認したら治療費を5倍にしてもまだ届かないほどの大金が入ってた。いくら謝罪とはいえこれは受け取れない。僕が少し驚いただけで実害はなかったわけだし。
「あ、でもですね! お金で全部解決しようとかは思ってなくて……その、私にできることなら本当に何でもするつもりでしたし、トーワさんがお望みながらそれこそなんだって」
「そんなに慌てなくても、僕は気にしてないので大丈夫ですよ」
だからそちらも気にしないでほしいと少しわざとらしく笑いかけた。少しでも安心してもらいたかったから。
シルヴィさんは僅かに目を見開くと嬉しそうに頬を染めた。照れ臭そうに緩む表情に和やかな空気が流れる。
でも、これは受け取らないと失礼に当たってしまうんだろうか? とはいえ彼女のことも考えると全部受け取るわけにも――
「なんのつもりだ?」
赤い眼光が僕を睨みつけていた。
あまりの迫力に気圧されて僕はたじろいだ。
シルヴィアさんも驚いているようで、咄嗟にアイリさんに目を向けていた。
「なんの……? えっと?」
「アタシ達みたいな人間にただ優しくしてくれる奴なんているはずねーだろ。確かに非があるのはこっちだ。けど、騙そうってんなら話が変わってくる。なんのつもりでそんな気味の悪い笑いしてるのかって聞いてんだよ」
唐突だった。
意味が分からず助けを求めるようにシルヴィさんを見た。
だけど彼女も困惑しているようで、強い戸惑いが見て取れた。
アイリさんの名前を呼んで止めようとしてくれている。
「……謝りに来てくれたんですよね?」
「そうだな」
「なんで僕怒られてるんですか?」
「お前がアタシ達を騙そうとしてるからだろ」
してないしてない。勢いよく首を振って否定する。
なんで糾弾されているのかが理解できない。今回の一件でどちらかと言えば僕って被害を受けた側だし。
無論僕自身に彼女たちを害そうなんて意思は微塵もなかった。
「あ、アイリさん!? 失礼ですよ!」
シルヴィさんが慌てて静止しようとしてくれているけど、それでも彼女はこちらを睨んだまま止まらなかった。
憤怒の感情をその顔に滲ませながら威圧してくる。強烈な敵意に息苦しささえ感じるほどだ。
するとアイリさんはシルヴィさんを無視して僕に向かって口を開く。
「正直アタシはお前が何か企んでるようにしか思えねーんだ」
「すいません。ちょっとついていけてないんですけど」
困ったようにシルヴィさんを見る。
シルヴィさんも困ったような顔でアイリさんを止める言葉をかけてくれている。
しかし、アイリさんは一歩前に出る。シルヴィさんは腕を引いて止めようとしてるけど無駄みたいだ。どうやら彼女は非力らしい。
あるいはアイリさんの力が強いのか……なんにせよ止めてもらえることは期待しないほうがいいのかもしれない。
「どうせ腹の底じゃアタシ達が怖いと思ってんだろ」
「そんな風に睨まれたら誰でも怖いと思いますけど……?」
そうじゃねーよ。とアイリさんが言う。
「顔だよ顔。こんなにツルツルの肌してんだぜ? 目なんてパッチリしてて、鼻だって高い」
急に自慢されたのかと思った。
ナルシスト疑惑が脳裏を過ぎるけど、そういえばこの世界の美醜が逆転してることを思い出す。
この世界での生活にも慣れてきたけど、ここで暮らした半年程度じゃ前世で十年以上もかけて培われた価値観は変わらない。
「あの……?」
グイッと接近される。気付けば息がかかるほどの距離に彼女の顔はあった。
見れば見るほど綺麗な瞳をしていた。
「おい、こっち見ろ。目を逸らすなよ? 正直に答えろ。お前はアタシたちを騙そうとしてるのか?」
激しく燃えるような深い紅色の目。恐ろしく整った顔の造形。
ここまでの美人だと、この世界ではさぞ生き辛かったことだろう。
(あー……もしかしてそういうこと?)
なんとなく、本当になんとなくだけど、彼女が何をそんなに”怖がっている”のかが理解できた気がした。
「騙そうとはしてません」
それと、と付け加える。
「顔も怖くないですよ」
「は?」
アイリさんの目がこれでもかと見開かれた。
「はん! 口では何とでも言えるだろーがな。これ使われたら困るんじゃねーのか?」
アイリさんは腰に下げた袋から小さな小石を取り出した。
「なんですそれ?」
「真偽の魔石だ。迷宮に潜ったときに偶々手に入ったんだ……役に立つとは思わなかったがな」
あー、なんだっけ。
記憶の奥隅にあった情報を思い返す。
真偽の魔石。
迷宮で手に入る鉱石だったかな。加工後の用途は確か嘘発見器だ。
とはいえ珍しい上に劣化が早くてすぐに効果も薄れていくという使い勝手の悪さもあり、普及はほとんどしていない。だったかな?
「分かるだろ? アタシ達に嘘なんて無駄なんだよ。分かったらもう――」
「いえ、使ってもらってもいいですけど」
「……偽物とでも思ってんのか? 本物だぞ?」
「でも害とかないですよね?」
「そりゃ……」
歯切れ悪くもごもごし始めた。もしかしてブラフだったのか。
あるいは探ることを悪いって思ってくれているんだろうか。
グイグイ来る人に見えて、変なところで律儀な人だった。
「それで疑いが晴れるなら構いませんよ」
「……分かった。精々後悔しろよ」
アイリさんから魔石を受け取り、軽く握った。
それを確認したアイリさんは僕を睨みつけ、質問を発した。
「お前はアタシ達を騙そうとしてるのか?」
「いいえ」
魔石は反応を返さない。
朝日に反射するだけで、その魔石自体が光を放つ気配はなかった。
「…………は?」
アイリさんが分かり易く動揺した。
魔石を僕に握らせてもう一度僕に問い掛けてくる。
「お、おい……もう一度聞くぞ。この顔が怖いか? 醜いと思わねーのか?」
嘘をつく理由はない。僕は正直に答えた。
魔石は無反応。深い緑色の色味は変わることはなかった。
「は――? え? ほ、ほんとなのか? 本当に……いや、あっ、アタシは騙されねぇ! もう一度! もう一度だ! アタシの顔を見てなんとも思わねーのか!?」
三度目の問いかけ。なんかさっきまでの印象と違って見えてきた。
顔を少し赤くして、先ほどまで真っ直ぐ見つめてきていた瞳は不安そうに揺れていた。
もしかしてこの人可愛い人なのか?
恐ろしいほどの強気美人さんだと思ってたけど……
アイリさんは怖かったのかもしれない。
誰よりも痛がりだったんだと思う。
仲間を傷つけられるのが、自分を傷つけられることが。
だから外敵を警戒した。思えば当たり前のことだった。
……僕は正直に答えた。
「綺麗だなって思います」
なんて口にした瞬間だった。
アイリさんからの圧が消える。そのまま彼女はふらっとよろけた。
今まで近づけていたことを恥ずかしがるように口元を隠した。顔は瞳と同じような赤い色へと変化していく。
「お、お前……もしかして」
アイリさんは先ほどまでとは違った、何かを期待するような表情で口を開いた。
怯えはあるけど、恐る恐る確認するような。
最初の印象とは違った気弱な女の子みたいなその姿が僕にはとても魅力的に映ったのだった。
「ブス専なのか?」
……言葉は選んでほしかった。
1
お気に入りに追加
851
あなたにおすすめの小説

貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート
猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。
彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。
地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。
そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。
そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。
他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

あおいとりん~男女貞操観念逆転世界~
ある
恋愛
男女の貞操観念などが逆転している世界の話。
高校生の『あおい』は友達の『りん』に片思いしているが、あおいにはある秘密があった……
基本男女による恋愛ですが、ガールズラブも含まれます。
女性向けラブコメだと思います。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

男女比1対99の世界で引き篭もります!
夢探しの旅人
恋愛
家族いない親戚いないというじゃあどうして俺がここに?となるがまぁいいかと思考放棄する主人公!
前世の夢だった引き篭もりが叶うことを知って大歓喜!!
偶に寂しさを和ますために配信をしたり深夜徘徊したり(変装)と主人公が楽しむ物語です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる