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第2話 治療院
しおりを挟む「今日も頑張るかなー」
人は来ないけど。と独り言を口にした。
外に設置した運営を知らせる立札を表向きに動かした。
この世界に僕、三柳冬和(みやなぎとうわ)がやってきて既に半年。
驚いたり、取り乱したり、落ち着いてから夢なんじゃ? て思って落ち込んだり。
当初は不安もあったし、混乱もしていた。
知らない場所で一からというのも怖かった。
とはいえ人は慣れる生き物だ。今では僕もこのグリルの街の住人の一人として過ごせている。
美醜の価値観に関してはまだ新鮮に驚かされることもあるけど。
美醜逆転世界、またはあべこべ世界と呼ばれる世界。
日本にいた頃には何度かネット小説で見ていたジャンルの一つだ。
何度か確認したけど、いまだに僕はこの世界の美醜の価値観には馴染めずにいた。
酒場に飲みに行ったことや、冒険者ギルドに依頼を出しに行ったこともあるけど、控えめに言って動物園だったからね。
空を見上げると二つの太陽があった。
この世界にも太陽があるかは分からないので具体的には違うかもしれない。
ここでは人々の営みを見守るあの二つの光を創造神と女神に例えている。
ざっくり説明すると神様は今も見守ってくれている。とか、なので神様達に恥じない生き方をしましょう。という感じだ。
まあ、僕はこの世界にやってくる直前に女神さまに会っているので違うと分かる。
でもこの国の人たちは信心深い人が多いので大っぴらに言うと邪教徒扱いされるんだよね。
「しかし収入がほしい……この人気の無さなんとかしないとなぁ」
まさかここまで人が来ないとは予想外だった。お金を稼ぐということを甘く見過ぎていた。
雑草が疎らに散っている薄暗い一角。グリルの街の隅にぽつんとあるのが僕の治療院だ。
この世界に来て半年ほどの僕がなぜ診療所(この世界では治療院と呼ばれるのが一般的)を開くことを決めたのか。
それは僕に治療師としての才能があったからだ。
所謂転生特典。
女神様に怪我が怖いので回復魔法みたいなのは貰えませんか? って言ったら気前よくくれたんだよね。もっと色々もらっておけばよかっただろうか……
これを才能って言っていいのかは少しばかり疑問だけど。
ちなみにここの家賃は格安だった。それがこんな辺鄙なところを選んだ理由の一つだ。
なんと月に銀貨5枚。日本円換算で大体5000円くらいだろうか?
街の端っこで尚且つオンボロとくれば安くなるのは予想してたけど、ここまで安くていいんだろうか? 幽霊とか出ないよね? なんて不安を抱きつつも特に問題は起きていない。
あ、それと僕の顔面偏差値は普通だった。
どっちの世界でも印象の薄い男の子っていう扱いだったよ。
3人くらいに聞いた辺りで心が折れたけど、黒髪だけは褒められた。なんでもこの世界で黒は神聖な色とされているらしい。
なぜ、神聖とされているか?
黒色は夜。つまり二つのありがたい太陽を休ませる暗幕だ。
そのため黒い色の人間は神の使徒とされている。それに加えて太陽を休ませる所から治癒師にとって縁起がいいともされているからだ。
以前に黒髪の貴族様を目にする機会があったけど僕ほど純粋な黒色ではなかった。
金髪と混じった色というか、染色に失敗したみたいな不良っぽい色というか。
というわけで僕の顔は普通だけど、黒髪という+αの要素も加味できるため、逆転世界ではちょっとしたイケメンとして見られている。黒髪に産んでくれた両親に感謝である。
「暇だなぁ」
ひとり呟く。街の外れと言ってもいい場所だ。
ほとんど人は通らないし、いくら腕がよくてもこんなボロい治療院なんて利用者は少ないだろう。
「一応宣伝はしたんだけどな」
今更ながら家賃が安いからとここを選んだのは早まった気がしてきた。
僕が治療師になったのは、当てがあったからだ。
自分で言うのもなんだけど、僕の治療師としての腕は確かなものだった。女神様公認のチートだから当たり前と言えば当たり前だけど。
なのでその内人は来るだろうと思っていた。自分を必要としてくれる人はいるはずだ。
その人をきっかけに広まっていってくれたらなと考えている。
もし余裕ができたらもっと人通りの多い場所に住居を借りたりとか。あくまで余裕ができればだけど。
決して大きくない治療院の中を掃除していると、鈴を鳴らしたような可愛らしい声が聞こえた気がした。
お? と思いもう一度入り口の扉に向けて耳を澄ませる。
「ど、どなたか……いらっしゃいませんか……っ」
お客さん!?
治療院ということもあり、怪我人がいることを喜ぶのは不謹慎かもしれないけど、誰も来なかったら僕が干上がってしまう。
ちょっとくらい喜んでもバチは当たらないはず。
「はーい」と、元気よく声を出して石造りの建物に設置された扉を勢いよく開いた。
そこにいたのは肩の辺りで切り揃えられた銀髪が特徴のエルフの女性。とんでもない美人さんだった。
僕にとっては、だけどね。しかしエルフ族か……珍しいな。出会ったのなんてもしかしてこの世界に来て初めてなんじゃないだろうか?
この世界にとってどれだけ不細工でも、って言い方は失礼かもだけど、僕から見たら紛れもなく超がつくほどの美人さんだ。
心の内でガッツポーズ。地球のファンタジーでは有名な種族ということもあり思わず笑みが浮かぶ。
しかし、喜びも束の間だった。
目の前に立つ彼女の様子に違和感を感じた。
「あの……?」
この世界でエルフという種族は差別の対象だ。見た目が問題視されているようで排他的な生活をする者がほとんどだ。
珍しい長耳に目を向けるとその美人さんは真っ赤に染まった顔でこちらを見ている。
朧気な瞳に荒い呼吸。口の端から涎を垂らしながらなんとも色っぽい表情で言葉を発したのだった。
「おねが……ひっ、な、治してください……っ」
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