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第16話 実戦形式

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「スキルも使わずに私に勝てると思っているのですか?」

「うん。あ、ステータス差が心配ならまだハンデあげるよ?」

「…………」

 姫木さんは不愉快とか怒りとかを通り越して無表情になっていた。
 追加で付け加えた。

「ああっ、そうだそうだ。姫木さん自主練したばかりだったね。疲れてる女の子に勝つってのも格好付かないし、明日にする?」

「……今すぐにで結構ですよ。休憩は挟んでいましたし、この世界に来てから疲れにくくなっているようなので。それにハンデもいりません。スキルもどうぞご自由に」

「いや、スキルは使わない。使う理由がないよ。さっきも言ったけど僕が勝つから」

 これでもかと煽った。

「冗談がお好きなんですね」

 姫木さんが笑った。
 目は全く笑ってなかったけど。
 絶対零度の視線が僕を射抜く。

「冗談? なにが?」

「つまらないのでそろそろやめて頂きたいのですが」

「んー、なら姫木さんは負けないと思ってるからあんなに強気だったの?」

 軽く準備運動を終えて前を見る。
 すんごい圧を感じた。超怒ってる。

「じゃあ、やろうか」

「ええ……結果が楽しみですね」



◇◇◇



 ――――――


 姫木刀香(人族)

 17歳

 Lv1

 生命 270
 
 攻撃 60

 防御 45

 魔力 50

 俊敏 92

 幸運 80

 スキル【剣姫】

 加護【アルマの加護】


 ――――――


 これが姫木さんのステータス。
 数字の上では僕が完全に上だ。 
 負ける要素はない。
 ……なんてアホなこと考えるほど楽観視はできない。
 姫木さんのステータスは俊敏が高めだ。
 これに関しても僕のほうが高い。
 ステータスの正確な定義は気になるところだけど……今はそんなこと考えてる場合じゃないね。
 【剣姫】は剣や刀のような武器で戦う際に動きに補正が掛かる力だ。スキルの等級は伝説級。その力は強力だ。
 いくらステータス差があっても、こちらがスキルを使わず無策に戦えば8割方負けるだろう。
 たぶん帰宅部の僕より彼女の方が戦い慣れてるだろうし。

「準備はいいですか?」

 ゼンさんが審判役をしてくれるらしく、その周囲には取り囲むように騎士の人たちが僕たちを見ていた。

「坊主ー! 負けるなよー!」

「嬢ちゃんも頑張れー!」

 どちらが勝つかで盛り上がっているようだ。少しだけ姫木さんを応援する声が多いかな?
 リリアを見る。不安そうにしていたので手を振っておいた。

「いつでもいいですよ」

 怒りに表情筋をピクピクさせながら姫木さんが構える。
 構えは上段。
 彼女の動作は完璧に見えた。
 素人の僕には欠点など見当たらない。
 そして、それが僕が彼女に勝てる理由でもある。
 開始の合図と同時に踏み込み――砂を投げた。

「……ッ!?」

 予めポケットに隠し入れていた物だ。顔に向かって投げると姫木さんは一瞬怯んだように動きを止めた。
 姫木さんの素振りを見て剣道であることは分かった。
 きっと何日も剣を振り続けてきたんだろう。それは彼女の手にも努力の証が現れていた。
 だけど、それはスポーツの延長線上でしかない。
 彼女の気迫には殺気がない。
 一度感じたからこそ分かる……リリアのような本気の殺意が。
 そして、上段という構えは腕を頭上に持ち上げている。

 だから――顔のガードができないのだ。

 飛び道具に対応できない相手への対処なんて簡単だ。
 不意を突かれたこともあり、姫木さんは軽いパニック状態。
 完璧なものほど崩れたら元に戻らない。彼女の剣に欠点がないのは、ルールという枠の中での話だ。
 そのことに気付かなかった時点で彼女の負けは決まっていた。

「くっ……!」

 慌てて僕を探すけどもう遅い。
 曖昧な精神状態で振り下ろす木剣に勢いはなかった。

「はい、おしまい」

 背後に回り込んで背を押すと、視界を奪われていた姫木さんは不意を突かれ簡単にバランスを崩して膝をついた。
 呆然とする姫木さん。彼女に手を貸すために近付いた。

「あんまり擦ると目が傷付くよ? 洗ってきたら――」


 パンッ!


 気付けば頬を叩かれていた。
 周囲からいつの間にか喧騒は消えている。
 僕は振り抜かれた姫木さんの腕をじっと見つめていた。
 
「ふ、ふざけないで下さい!」

 姫木さんは本気で怒っていた。
 涙が滲んでいるのは砂が入ったからだけというわけでもないんだろう。

「ふざけてないけど?」

「こんな卑怯な戦い方で! あなたは勝ったというんですか!? あなたはそれで胸を張れるんですか!?」

 姫木さん言ってることはよく分かる。
 確かに卑怯だろう。

「じゃあさ」

 僕の戦い方は最低だ。
 彼女みたいに綺麗でもないし、凛々しくもない。
 下の下の戦法。
 だけど――

「殺された後で言うんだ? 今のは卑怯だ、それでお前は満足か? って」

「え……?」
 
 姫木さんが言葉を失う。
 その思考の隙間に切り込むように僕は続けた。

「挑発して怒らせたのは細かいことに気付かせないため。ポケットに隠し持った砂のこととかね。姫木さんがスキルに頼ろうとしないのは分かってた。僕に負け惜しみを言われたくなかったんだよね? だから、簡単だったよ」

「な、なにを……」

「実戦形式って言ったよね?」

 ゼンさんを見る。予めルールは伝えていた。
 何か言いたそうだったけど、彼も僕の勝ちを認めてくれた。

「彼の言う通りです。実戦でそんな言葉は何の意味もありません。守れたか、守れなかったか。殺せたか、殺せなかったか。その結果が全てです」

 怯む姫木さん。彼女が二の句を告げないでいたので、僕はさらに追い打ちをかけた。

「僕を嫌うのは勝手だけどさ、自己満足に巻き込まないでほしいな」

 それは姫木さんの経験してきたスポーツの剣とはあまりに違いすぎるものだ。
 彼女は殺すために技術を磨いてきたわけじゃないんだろう。
 確かに美しさも技術も大事なのかもしれない。
 だけど、それもこれも全部生き残れることが前提だ。

「でもっ、そ、それは……そんなの……」

 姫木さんは虚ろな目から零れ落ちる涙を拭うことなく俯いてしまう。
 姫木さんは決して馬鹿じゃない。
 だから分かってしまったのだ。
 彼女が勝ってきたのは試合だったんだと思う。
 だけどこの世界で僕たちがするのは殺し合いだ。

「わ、私は……誰かを守りたい、と……」

「姫木さんを見てると、その誰かは誰でもいいみたいに聞こえるんだけど?」

「ッ!」

 もしそうなら、自分が正しければ助ける人のことはどうでもいいとさえ思っているなら……それは、ただの偽善だ。
 姫木さんが唇を噛んだ。
 この場でそれ以上何も言わなかったのは、せめてものプライドだったんだろう。

「少し……頭を冷やしてきます……」

 彼女はとぼとぼと背を向けた。
 フラフラと覚束ない歩き方。
 その姿には戦う前のような凛々しさも強さもなく……僕にはそれがとても小さな背中に見えた。






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