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14話
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知らせを聞いた4人はすぐに屋敷の外へ向かう。
外に出た4人の遠目にも夜空の中で赤々とした炎が立ち込めているのが見て取れた。
「マリアっ!?」
いの一番にマリアが止める間もなく駆け出す。
彼女を止めるべきかどうかジークに迷いが生じるがマリアを放ってはおけず彼女を追って駆け出した。
「おい! 勇者を倒しに行くんじゃないのか!」
ルドの咎めるような声が聞こえるがジークは構うことなくマリアを追いかけていく。
火事を見物しようとする野次馬らをかいくぐりマリアとジークが10分程走り続けたであろうか。
今も燃え続ける公爵家の門前には人々を遠ざけようと騎士団が人払いを行なっており更に延焼を防ぐべく屋敷の周囲にある建造物を魔法や人力などで破壊していた。
その有様は長い歴史を持つカルグア公爵家の終わりを感じさせるものであった。
青ざめた顔で目の前の燃え広がろうとする光景を見てマリアが近くにいた騎士に話しかけた。
「私は治癒魔法を使えます! 誰か生きて出てきた者はいないのですか!?」
「残念ながら……屋敷の外に出てきたものはおりません、中にいたとしたらもう……手遅れでしょう……」
すがりつくように問いかけるマリアに騎士はゆっくりと頭を振る。
生存者がいないということはキサラギは一人も見逃すことなく公爵家の屋敷にいた者たちを殺し尽くしたということだ。
自分を見捨てた者たちが全員死んだという事実は彼女の心にどんな暗い影を落とすのであろうか。
「そう……ですか……」
それだけ言うとマリアはそれ以上の騎士達の消火活動を邪魔せぬように下がり……そのままへたり込んだ。
「マリア……戻ろう、これ以上君はここに居るべきではない」
「ジーク……」
そんなマリアを見かねてジークは座り込む彼女を促しイグニアの屋敷へと帰途につく。
イグニアの屋敷へ戻ると心配そうな顔と退屈そうな顔が二人を待っていた。
「どうだった?」
イグニアがジークへと端的に問いかける。
火事が起きていた以上、異常事態が起きていたことは明白だ、その内訳を彼女は聞いていた。
対するジークは問いかけに対して黙って首を振る。
つまり生存者はいなかったという事実にそのままイグニアへと伝えられた。
「冷たいようだが今後のことを考えよう、恐らくキサラギとルンフェイは行動を共にしているはずだ」
イグニアの状況説明に誰もが黙って頷く。
「そこで考えられる方策は二つ、夜を徹して襲撃するか、あるいは明朝に騎士団を動員して襲撃を行うかだ、今騎士団に急報を入れても動けるか分からないしね」
イグニアはつどつど、間を置き言い含めるように説明していった。
「今時分の襲撃を行うべきだ、時間を掛ければ他国へ逃げる恐れがある」
「私もそれに賛成だ、でないとここまで来た意味がない」
ジークとルドが強行策に賛意を示した。
「私としては安全策を取って欲しいところなんだが……それと今襲撃を行うなら私は魔力切れで行動を共にすることはできない、申し訳ないが……」
君らの足を引っ張ることは出来ないからねと口に出してイグニアはマリアの顔を見やった。
「マリア……君はどうする?」
「私一人ではとても敵わないけれど……貴方たちが向かうのなら私も勇気を振り絞るわ」
「分かった……なら私は動ける騎士達を引っ叩いて動かせるだけ動かそう、あまり無茶はしないでくれよ?」
イグニアは参戦できないが数的優位に立ったジークは行動を開始する。
屋敷から出た4人のなかでイグニアだけが別方向へと移動し、離れ間際に一度振り向いた。
「皆、くれぐれも無茶はするなよ、何なら逃げたっていいんだ……もうこれ以上の犠牲は必要ないからね」
笑みを浮かべて見せるもの手を掲げて見せるもの、反応は三者三様であったが王都郊外の森へ向かう3人を見送りイグニアは騎士団が置かれた駐屯場所へと向かう。
しばらくして、郊外の森へと至った3人は踏み入る前にそれぞれの顔を見合わせる。
お互いの顔に決意が見て取れる、それを感じ取り誰からともなく森へと踏み込んでいった。
敵は二人、勇者キサラギが恐るべき治癒能力を持つならば精霊術は特徴を絞ることのできない神秘である。
例に挙げれば、イグニアの使う攻撃魔法は全て炎によるものである。
しかし、当たり前のことであるが精霊術は精霊の力を借りて発動する魔法のため力を借りる精霊にその効果は違うのだ。
だが、精霊と言ってもその種類は数え切れるものではない、攻撃を得意とするものもいれば補助や回復などを得意とするものがいるのだ。
森の中を歩く3人の前に仄かに光を帯びた小さな小さなものが通り過ぎていった。
「気付かれたな」
「ああ」
「ええ」
それでも3人は歩みを止めなかった。ただひたすら森の奥へと踏み込んでいく。
そんな3人をキサラギの嘲笑が出迎えた。
「ジーク! イグニアが欠いてどこの馬の骨だか知らないけどたったの3人で僕に勝てると思っているのかい?」
森の奥から二人、キサラギとルンフェイが姿を現した。
キサラギはマリアを眺め……その顔が悪戯を思いついた子供のように変貌していく。
「君の代わりにマリアはじっくりと堪能させてもらったよ、彼女が乱れる様は君にもぜひ見せてやりたかったよ……」
にやにやと薄ら笑いを浮かべる
その声に反論しようとする者はいない、ただ全員が武器を手に取り握りしめる。
「ふん」
気丈なマリアや怯む様子すら見せないジークにキサラギは鼻白んだ。
「ルンフェイ!」
今度はマリアがキサラギに構うことなくルンフェイへ問いかけた。
「あなたはそれでいいのっ!? キサラギに利用されるだけの人生でいいのっ!?」
決して貴方は一番になれない、そう呼びかけたルンフェイの顔に僅かな揺らぎが生じる、がそれも一瞬のこと。
「貴方たちを殺せば……私が一番になれるんですっ!!」
ルンフェイは自身を弁護するように叫び持っている武器を構えた。
「勇者! 父様の無念はここで晴らさせてもらうぞ!」
けれど攻撃の口火を切ったのはルドであった。
放たれたのは呪術、魔力で印を刻んだものを射出する魔法だ。
印には術者が定めた効能を定めることでその文字に対応した効果が発揮される。
だが、キサラギを狙った魔弾はルンフェイの魔法で撃ち落とされる。
ならばとジークはキサラギに突撃した。
以前の不意打ちとは違い地力で勝るジークは少しずつジークを押し込んでいく。
そして、マリアはジークの背後で傷を受ける先から回復させていく。
キサラギは騎士団が人を割けないように屋敷に放火し潜伏している森へ大人数で来たならばさっさととんずらするつもりであった。
それが思いもよらず、来たのは3人それもその内の一人はどこから連れてきたかも分からない見たこともない女子供である。
「しめた!! これなら勝てる!」不意打ちとは言え一度勝利した為かそんな甘い考えがキサラギの脳裏をよぎったのだ。
キサラギの甘い考えを打ち砕くように思いもよらぬ苦戦となりキサラギの思考は一気に焦りへと向かう。
「ルンフェイっ!! そんな雑魚相手に何を手こずっているんだよ! そんな奴さっさと片付けろ!」
「ッ!!」
ルンフェイはキサラギの叱咤に応えなかった、いや、応えることが出来なかった。
目の前に土や石、木や枝葉を元に人を模したような巨塊がルンフェイの前に立ちはだかったからだ。
それはゴーレム、ルドが刻んだ印にて活動する偽りの生命体であった。
ルンフェイから放たれる魔法がゴーレムの体に次々と風穴を開けていくがゴーレムはまるで意に介さない。
それどころかゴーレムに集中した分だけルドから魔法を浴びせかけられるという悪辣さである。
ゴーレムの動きは緩慢かつ鈍重ではあったが振るわれた力は大鉈を振るうが如くであった。
すでに防戦一方となったルンフェイにキサラギを援護する余裕はない。
周りに漂う精霊達を使役するだけで精一杯となっていた、だがその目はまだ輝きを失ってはいない。
(強い……でも……キサラギ様にもう一度私を見て頂くのっ!!)
ルンフェイが決意した瞬間に小さな精霊たちが姿をかき消した。
それに伴うように一際大きな存在感を感じさせるものがルンフェイの背後に佇んでいる。
ルンフェイが喚んだ者は小さな精霊にあらず、この森に住まう精霊の主であった。
ゴーレムと精霊が組み合いその体を激しくぶつけ合う。
巨体同士が体をぶつけ合うさまにジークとキサラギの視線がそこに注がれた。
だが一瞥しただけですぐに互いに剣をぶつけ合う。
何度となく続けられた剣舞で負った手傷によりキサラギの体はあちらこちらから血を流している。
「なぜだ!! なぜ勝てないんだ!?」
(1対2とは言え、一人は回復役だ、それなら回復ができないように首を断ち切るなどしてしまえばそれでおしまいだ、だというのになぜ勝てないんだっ!!?)
「僕は勇者だ!! 勇者なんだぞおおおおおおお!!」
裂帛の気合と共に振りおろされた剣がジークの剣により弾き飛ばされる。
キサラギの手を離れた剣が茂みへと飛んで行った。
飛んでいった剣と自分の手を見比べながらキサラギは次に迫る一撃をかわすことなくただ見送った。
断ち切るような音と共に再びキサラギの腕が切り落とされる。
「ああああぁぁぁ!じいいいいいくううう、じいいいくうううううう!!」
キサラギは先が無くなった腕を悼むように押さえていた。
その叫ぶ有様は恨み言を言うようであったがジークの姿を捉えてはいない、ただただ目の前の現実に否定するように叫び続けたのである。
倒れたキサラギに気を取られ、ルンフェイもまた同様の結末を辿った。
お互い強固な守護者が組み合っているため、使役者の守りは万全ではない。
「キサラギ様!!」
倒れたキサラギに目が釘付けになり迫るルドの魔法を捌くことができず魔法がルンフェイへと直撃したのである。
倒れた二人を視界に収めジーク、マリア、ルドがそれぞれ気を吐く。
キサラギの敗因は奢り傲慢もあるが一番割合を占めたのはジークに対する執着である。
本来、キサラギは逃げるべきであった、それが最後に色気を見せたために倒れる羽目になった。
マリアを奪おうとしたのもジークへの執着からだ。
己の前を歩いたジークの手に入れたものをとことんまでに奪おうとした執着が始まりとなりこの終わりとなったのである。
ジークとマリアが座り込みルドは立つこともできずに倒れ込んでいた。
「くそっ……勇者を殺すのは私だというのに……力を……使いすぎた……」
力を使い果たしたルドはそのまま、恐らくは気絶したのだろう。
それを見てジークは思い出した。
自分とキサラギに父親が殺されたと、ならばキサラギの止めを刺すわけにはいかない。
自分の命をくれてやるわけにはいかないが片方だけでも果たすべきだろう。
それ以上の事は終わってから考えるべきだ……。
ジークは狂ったように叫び続けるキサラギや倒れているルンフェイ、ルドをどうやって連れていこうか考えているところにイグニアが騎士を護衛に連れてやって来た。
「無事で何よりだ、後はこちらで運ばせよう」
指示された騎士達が倒れた者たちを担ぎ上げ森の外まで運び込むとそこからは馬車での移動となる。
キサラギやルンフェイの身柄は王城に移されジーク達がイグニア屋敷に戻る頃には王都の空が白んでいたのであった。
外に出た4人の遠目にも夜空の中で赤々とした炎が立ち込めているのが見て取れた。
「マリアっ!?」
いの一番にマリアが止める間もなく駆け出す。
彼女を止めるべきかどうかジークに迷いが生じるがマリアを放ってはおけず彼女を追って駆け出した。
「おい! 勇者を倒しに行くんじゃないのか!」
ルドの咎めるような声が聞こえるがジークは構うことなくマリアを追いかけていく。
火事を見物しようとする野次馬らをかいくぐりマリアとジークが10分程走り続けたであろうか。
今も燃え続ける公爵家の門前には人々を遠ざけようと騎士団が人払いを行なっており更に延焼を防ぐべく屋敷の周囲にある建造物を魔法や人力などで破壊していた。
その有様は長い歴史を持つカルグア公爵家の終わりを感じさせるものであった。
青ざめた顔で目の前の燃え広がろうとする光景を見てマリアが近くにいた騎士に話しかけた。
「私は治癒魔法を使えます! 誰か生きて出てきた者はいないのですか!?」
「残念ながら……屋敷の外に出てきたものはおりません、中にいたとしたらもう……手遅れでしょう……」
すがりつくように問いかけるマリアに騎士はゆっくりと頭を振る。
生存者がいないということはキサラギは一人も見逃すことなく公爵家の屋敷にいた者たちを殺し尽くしたということだ。
自分を見捨てた者たちが全員死んだという事実は彼女の心にどんな暗い影を落とすのであろうか。
「そう……ですか……」
それだけ言うとマリアはそれ以上の騎士達の消火活動を邪魔せぬように下がり……そのままへたり込んだ。
「マリア……戻ろう、これ以上君はここに居るべきではない」
「ジーク……」
そんなマリアを見かねてジークは座り込む彼女を促しイグニアの屋敷へと帰途につく。
イグニアの屋敷へ戻ると心配そうな顔と退屈そうな顔が二人を待っていた。
「どうだった?」
イグニアがジークへと端的に問いかける。
火事が起きていた以上、異常事態が起きていたことは明白だ、その内訳を彼女は聞いていた。
対するジークは問いかけに対して黙って首を振る。
つまり生存者はいなかったという事実にそのままイグニアへと伝えられた。
「冷たいようだが今後のことを考えよう、恐らくキサラギとルンフェイは行動を共にしているはずだ」
イグニアの状況説明に誰もが黙って頷く。
「そこで考えられる方策は二つ、夜を徹して襲撃するか、あるいは明朝に騎士団を動員して襲撃を行うかだ、今騎士団に急報を入れても動けるか分からないしね」
イグニアはつどつど、間を置き言い含めるように説明していった。
「今時分の襲撃を行うべきだ、時間を掛ければ他国へ逃げる恐れがある」
「私もそれに賛成だ、でないとここまで来た意味がない」
ジークとルドが強行策に賛意を示した。
「私としては安全策を取って欲しいところなんだが……それと今襲撃を行うなら私は魔力切れで行動を共にすることはできない、申し訳ないが……」
君らの足を引っ張ることは出来ないからねと口に出してイグニアはマリアの顔を見やった。
「マリア……君はどうする?」
「私一人ではとても敵わないけれど……貴方たちが向かうのなら私も勇気を振り絞るわ」
「分かった……なら私は動ける騎士達を引っ叩いて動かせるだけ動かそう、あまり無茶はしないでくれよ?」
イグニアは参戦できないが数的優位に立ったジークは行動を開始する。
屋敷から出た4人のなかでイグニアだけが別方向へと移動し、離れ間際に一度振り向いた。
「皆、くれぐれも無茶はするなよ、何なら逃げたっていいんだ……もうこれ以上の犠牲は必要ないからね」
笑みを浮かべて見せるもの手を掲げて見せるもの、反応は三者三様であったが王都郊外の森へ向かう3人を見送りイグニアは騎士団が置かれた駐屯場所へと向かう。
しばらくして、郊外の森へと至った3人は踏み入る前にそれぞれの顔を見合わせる。
お互いの顔に決意が見て取れる、それを感じ取り誰からともなく森へと踏み込んでいった。
敵は二人、勇者キサラギが恐るべき治癒能力を持つならば精霊術は特徴を絞ることのできない神秘である。
例に挙げれば、イグニアの使う攻撃魔法は全て炎によるものである。
しかし、当たり前のことであるが精霊術は精霊の力を借りて発動する魔法のため力を借りる精霊にその効果は違うのだ。
だが、精霊と言ってもその種類は数え切れるものではない、攻撃を得意とするものもいれば補助や回復などを得意とするものがいるのだ。
森の中を歩く3人の前に仄かに光を帯びた小さな小さなものが通り過ぎていった。
「気付かれたな」
「ああ」
「ええ」
それでも3人は歩みを止めなかった。ただひたすら森の奥へと踏み込んでいく。
そんな3人をキサラギの嘲笑が出迎えた。
「ジーク! イグニアが欠いてどこの馬の骨だか知らないけどたったの3人で僕に勝てると思っているのかい?」
森の奥から二人、キサラギとルンフェイが姿を現した。
キサラギはマリアを眺め……その顔が悪戯を思いついた子供のように変貌していく。
「君の代わりにマリアはじっくりと堪能させてもらったよ、彼女が乱れる様は君にもぜひ見せてやりたかったよ……」
にやにやと薄ら笑いを浮かべる
その声に反論しようとする者はいない、ただ全員が武器を手に取り握りしめる。
「ふん」
気丈なマリアや怯む様子すら見せないジークにキサラギは鼻白んだ。
「ルンフェイ!」
今度はマリアがキサラギに構うことなくルンフェイへ問いかけた。
「あなたはそれでいいのっ!? キサラギに利用されるだけの人生でいいのっ!?」
決して貴方は一番になれない、そう呼びかけたルンフェイの顔に僅かな揺らぎが生じる、がそれも一瞬のこと。
「貴方たちを殺せば……私が一番になれるんですっ!!」
ルンフェイは自身を弁護するように叫び持っている武器を構えた。
「勇者! 父様の無念はここで晴らさせてもらうぞ!」
けれど攻撃の口火を切ったのはルドであった。
放たれたのは呪術、魔力で印を刻んだものを射出する魔法だ。
印には術者が定めた効能を定めることでその文字に対応した効果が発揮される。
だが、キサラギを狙った魔弾はルンフェイの魔法で撃ち落とされる。
ならばとジークはキサラギに突撃した。
以前の不意打ちとは違い地力で勝るジークは少しずつジークを押し込んでいく。
そして、マリアはジークの背後で傷を受ける先から回復させていく。
キサラギは騎士団が人を割けないように屋敷に放火し潜伏している森へ大人数で来たならばさっさととんずらするつもりであった。
それが思いもよらず、来たのは3人それもその内の一人はどこから連れてきたかも分からない見たこともない女子供である。
「しめた!! これなら勝てる!」不意打ちとは言え一度勝利した為かそんな甘い考えがキサラギの脳裏をよぎったのだ。
キサラギの甘い考えを打ち砕くように思いもよらぬ苦戦となりキサラギの思考は一気に焦りへと向かう。
「ルンフェイっ!! そんな雑魚相手に何を手こずっているんだよ! そんな奴さっさと片付けろ!」
「ッ!!」
ルンフェイはキサラギの叱咤に応えなかった、いや、応えることが出来なかった。
目の前に土や石、木や枝葉を元に人を模したような巨塊がルンフェイの前に立ちはだかったからだ。
それはゴーレム、ルドが刻んだ印にて活動する偽りの生命体であった。
ルンフェイから放たれる魔法がゴーレムの体に次々と風穴を開けていくがゴーレムはまるで意に介さない。
それどころかゴーレムに集中した分だけルドから魔法を浴びせかけられるという悪辣さである。
ゴーレムの動きは緩慢かつ鈍重ではあったが振るわれた力は大鉈を振るうが如くであった。
すでに防戦一方となったルンフェイにキサラギを援護する余裕はない。
周りに漂う精霊達を使役するだけで精一杯となっていた、だがその目はまだ輝きを失ってはいない。
(強い……でも……キサラギ様にもう一度私を見て頂くのっ!!)
ルンフェイが決意した瞬間に小さな精霊たちが姿をかき消した。
それに伴うように一際大きな存在感を感じさせるものがルンフェイの背後に佇んでいる。
ルンフェイが喚んだ者は小さな精霊にあらず、この森に住まう精霊の主であった。
ゴーレムと精霊が組み合いその体を激しくぶつけ合う。
巨体同士が体をぶつけ合うさまにジークとキサラギの視線がそこに注がれた。
だが一瞥しただけですぐに互いに剣をぶつけ合う。
何度となく続けられた剣舞で負った手傷によりキサラギの体はあちらこちらから血を流している。
「なぜだ!! なぜ勝てないんだ!?」
(1対2とは言え、一人は回復役だ、それなら回復ができないように首を断ち切るなどしてしまえばそれでおしまいだ、だというのになぜ勝てないんだっ!!?)
「僕は勇者だ!! 勇者なんだぞおおおおおおお!!」
裂帛の気合と共に振りおろされた剣がジークの剣により弾き飛ばされる。
キサラギの手を離れた剣が茂みへと飛んで行った。
飛んでいった剣と自分の手を見比べながらキサラギは次に迫る一撃をかわすことなくただ見送った。
断ち切るような音と共に再びキサラギの腕が切り落とされる。
「ああああぁぁぁ!じいいいいいくううう、じいいいくうううううう!!」
キサラギは先が無くなった腕を悼むように押さえていた。
その叫ぶ有様は恨み言を言うようであったがジークの姿を捉えてはいない、ただただ目の前の現実に否定するように叫び続けたのである。
倒れたキサラギに気を取られ、ルンフェイもまた同様の結末を辿った。
お互い強固な守護者が組み合っているため、使役者の守りは万全ではない。
「キサラギ様!!」
倒れたキサラギに目が釘付けになり迫るルドの魔法を捌くことができず魔法がルンフェイへと直撃したのである。
倒れた二人を視界に収めジーク、マリア、ルドがそれぞれ気を吐く。
キサラギの敗因は奢り傲慢もあるが一番割合を占めたのはジークに対する執着である。
本来、キサラギは逃げるべきであった、それが最後に色気を見せたために倒れる羽目になった。
マリアを奪おうとしたのもジークへの執着からだ。
己の前を歩いたジークの手に入れたものをとことんまでに奪おうとした執着が始まりとなりこの終わりとなったのである。
ジークとマリアが座り込みルドは立つこともできずに倒れ込んでいた。
「くそっ……勇者を殺すのは私だというのに……力を……使いすぎた……」
力を使い果たしたルドはそのまま、恐らくは気絶したのだろう。
それを見てジークは思い出した。
自分とキサラギに父親が殺されたと、ならばキサラギの止めを刺すわけにはいかない。
自分の命をくれてやるわけにはいかないが片方だけでも果たすべきだろう。
それ以上の事は終わってから考えるべきだ……。
ジークは狂ったように叫び続けるキサラギや倒れているルンフェイ、ルドをどうやって連れていこうか考えているところにイグニアが騎士を護衛に連れてやって来た。
「無事で何よりだ、後はこちらで運ばせよう」
指示された騎士達が倒れた者たちを担ぎ上げ森の外まで運び込むとそこからは馬車での移動となる。
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途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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