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13話

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 イグニアの屋敷から逃げ延びたキサラギは一時の休息場所を求めてひた走った。
 けれど勇者としての仮面がはげ落ち、今や御尋ね者となったキサラギを匿う者など王都内にはいないかに思われる。
 犯罪者を匿うことは連座にも繋がりかねない危険な行為だ。
 ましてや貴族の屋敷で乱暴狼藉を働いたキサラギに身を隠す場所はないかと思われた。
 
 だが彼は身を隠す場所を融通してもらったのである。
 否、彼は渋る公爵夫妻を脅しその屋敷に居座ることに成功していたのだ。
 
 公爵夫妻はそのことに強い怒りを感じていた。
 ジークに代わる第二の婿として有望と思っていたキサラギが豹変した挙句、自分の屋敷へと転がり込んできたのだ。
 それも剣を振りかざして無理矢理に屋敷へ居座られるとは屈辱の極みであった。

 公爵は何とかしてキサラギを排除できないか考える。
(おのれ……私に対してあのような振る舞い……無礼千万なり、何とかして奴を放逐できぬものか……)
 腸が煮えくり返るような思いが公爵の中で沸沸と煮えたぎっていく。
(騎士団へ通報するか……?)
 このまま、例え脅迫されたとは言えサラギがいることが露見した場合を思いその身を震わせた。
 無論、武力でのキサラギの排除を考えないでもなかった。
 だが騎士団が押し寄せれば当然、通報したのは誰だ、どこから漏れたという疑惑がキサラギに芽生えるだろう。
 ではその疑惑の矛先に挙がるのは誰なのか?
 公爵はその矛先に挙がるのが自分ではないかという思いから強硬策を決断することができずにいた。

 考えが行き詰まりを見せる中で公爵は別の方向へと思索を巡らせる。
(それにしても、まさかあのジークバルトが生きていたとはな、魔王軍に殺されたと聞いていたが……)
 キサラギへの身勝手な失望から公爵は再びマリアとジークを結婚させてはどうかと考え始める。
(ジークバルトの力を持ってキサラギを倒し再び元の形へと収まるのだ……いやっだめだだめだっ!!)

 公爵にとって名案のように感じたその考えもすぐに振り払う。
 現在、マリアはイグニアの屋敷にいるしジークと出会えばすぐに自分のしたことが知れ渡るだろう。
 公爵自身は積極的に勧めたわけではない、消極的に新しく関係を持てばマリアも立ち直るだろうぐらいに考えていた。

 もし公爵がした行いをジークが知れば彼は公爵を許さないだろう。
 それとは別に言わない可能性もあるが娘がそんな隠し立てをするとは公爵には思えなかったのだ。
(ではキサラギをどうやって追い払えばよいのか……いや、騎士団に頼るのは最後の手段だ……まずはジークバルトに手紙を出そう)
 公爵は深く腰掛けた椅子から座り直し筆と文をとり、助けて欲しい旨を書き込んでいく。

 事ここに到っては自らも傷つく覚悟を持つことでしか乗り切る答えはない、だというにも関わらず公爵はその決断を終に掴み取ることが出来なかったのであった。

――――
 
 部屋の中でジーク、マリア、イグニアと後から合流した少女の4人が顔を付き合わせていた。
 だが彼らの間に言葉はない。

 ついにマリアの元へ帰ったジークが感極まりマリアの頬へと手を延ばし……その伸ばした手が叩き落とされたためだ。
(何故……?)
 ジークにはマリアの行動の理由が分からなかった。

 死んだと思われていたジークが戻ってきたことに対してマリア自身まだ心の整理が付いていないのだ。
 死んだジークへ顔向けできない、そう思っていた中で渦中の人が帰ってきたのである。
 思わずジークの手を叩いたのはそんな思いからであったがそれを責めるのは酷というものかもしれなかった。

 そんな言葉が足りない二人の溝を埋める重労働を課せられたのはイグニアである。
 が、本人以外の口から語るにはデリケートな話題であるため迂遠な説明に終始する。
 さしものイグニアも縺れた男女の紐を解く容易ではないようであった。

 悪戦苦闘するイグニアをみかねたのかあるいは自分で説明するべきと決心したのかマリアが口を開く。
「……イグニア、ありがとう、私の口から説明するわ」
 まだ何か言おうとするイグニアを手で制止しマリアが語り始めた。
「私ね、父の意向でキサラギの婚約者にされたの……私の言いたいことわかる?」

「それはつまり……」
 ジークの反問にマリアは曖昧な表情で可否を示さなかった。

「それでもだ、例えそうでも今は問題ないじゃないか!」
 ジークもそう予想はしても決定的な部分には言及しない。
 元の正しい形へと収まるべきだとの思いは奇しくも公爵と一致していた。

 それでもマリアはジークを拒絶する。
「ごめんなさい、それでも貴方の好意には甘えられないの」
 俯いたマリアからはそれ以上の言葉は語られなかった。

 再び、場の空気が沈黙に染まった。

「ところでジーク君、君が連れてきている子は……? 見たところ魔族……のようだが」」

「ああ……俺も名前は知らないんだが、死にかけていた俺を助けてくれたんだ」
 ジークは魔王の娘だということを語らなかった、余計な混乱の元と思ったからだ。

「恩人なのに名前も知らないのか? ジーク君……君ってやつは……」
 イグニアが呆れたような顔を見せて少女に問いかける。
「私はイグニアと言う、ジーク君を助けてもらったようで私からも感謝の言葉を述べたい」
 
 礼と共に差し出された手を少女は挑戦的に見つめ手を握り返した。
「ルドだ、でも挨拶なんぞどうでもいい、勇者はどこに逃げたんだ?」

「勇者は恐らく王都内に潜伏しているはずだ……心当たりはあるか?」
 ジークがイグニアとマリアへ問いかける。

「ルンフェイがいただろう? あいつはキサラギと組んでいた、恐らく彼女の邸宅にいる可能性があるな」
 腕組みしながらイグニアが見当をつける。

「私の屋敷はどうかしら?」

「マリアの? これだけの騒ぎを起こしたキサラギをあの人が匿うとは思えないが……」
 公爵と面識のあるジークは彼の性格をよく知っており、そんなリスクを冒すとは思えなかった。

「別に彼の了承なんていらないさ、奴が剣を抜けばそれで事足りる」
 ジークの意見を否定するようにイグニアが付け足す。

 4人はそれから地図のあちらこちらを指しながらキサラギの居場所を予測していった。

 そんな中、部屋へと数少ない生き残ったメイドの一人が駆け込んでくる。
「イグニア様! 大変です! カルグア様のお屋敷が……お屋敷が燃えております!」
 突如告げられた急報に誰もが驚きの顔を見せていた。

――――

 カルグア公爵家の屋敷で断末魔が一つ発した。
「ぎゃあああああああ!!」
 公爵の胸からは剣が生やしたように突き抜けている。

「いやだ、死にだぐなぃぃ……」
 呻く公爵の胸からどくどくと流れる血は服を赤く染め床へと垂れ流れていった。

「ああ、いやだいやだ、醜い最後ですね、公爵様?」
 勇者の恐るべき治癒力で腕がくっつき体が復活したキサラギが剣を引き抜くと赤く染まった公爵が床へ倒れ込んだ。
 そして、転がる公爵の蹴りつける。
「僕と公爵様の仲なのにこんなことをするなんて頂けないなあ~~」
 キサラギが指先で公爵が先程まで認めていた手紙を弄ぶ。

「やべ、やべて……たしゅけ、おねが……い……」
 息も絶え絶えに公爵の口から懇願の声が紡がれた。
 恐らくは死に至る彼の最後の意味がある言葉、振り絞られた言葉であった。

 ぐしゃりっ

「豚みたいにきもいんだよ、死ね!!」
 だが、その言葉を聞き入れることなくキサラギは公爵の頭を踏み潰した。
 それっきり公爵であった物は何も言わなくなった。

「旦那様! 如何なされましたか!? 旦那様!?」
 物音を聞きつけてきたのだろう、外から女性の声が聞こえてくる。
 そして、返事を待たずにドアが開け放たれた。

「ああああああああああああ!??」
 部屋へ入り込んできた女性はその瞬間に後悔をした。
 返り血を浴び薄笑いを浮かべるキサラギがそこにいたからだ。

 素早くキサラギは彼女の髪を掴むと床へ引き倒し喉元を剣で貫いた。
 ごぼっと血が溢れ彼女はもうそれ以上言葉を発することが出来なくなる。
 ひゅーひゅーと呼吸もできず呼気が開いた穴から漏れ出ていく中、死にゆく彼女が最期に抱いたのは「これは罰なのか」という思いであった。 

 倒れ付したメイドを見下ろしながらキサラギは独りごちる。
「女の子はさ~静かにしてたほうが可愛いよ? まあ、もう聞こえちゃいないだろうけど」
 倒れた女性へ声を投げかけそのまま公爵の執務室に置かれた蝋燭を地面に転がしていった。

「僕を害そうとしていた公爵家の人間は皆殺しだ……」
 その言葉を合図として屋敷内で虐殺が開始されていったのであった。
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