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12話

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時はさかのぼりキサラギがイグニアを追い詰める一刻前のことであった。

 ジークと少女は長い道のりを経てとうとう王都へと舞い戻った。
「ジーク、ここからはどこへ行くんだ?」

 ちらりと振り返り少女の顔を一瞬一瞥したジークは黙って付いて来いと言わんばかりに先を歩きだした。

「待たんか、ジーク!」
 小股で追いすがる少女を溜息を付きながらジークが振り返りぼそっと洩らした。

「婚約者の屋敷だ……」

 婚約者という言葉を聞いた少女はとたんにニンマリと笑みを浮かべる。
「婚約者! 婚約者か!? どれ……一つどんな顔か見てやろう」
 高揚してスキップで先を行きそうな少女の襟首をジークがむんずと掴みあげる。

「お前は連れていかんぞ……?」

「……なぜだ?」

「どこの世界に婚約者の所へ向かうのに女を連れていく奴がいるんだ」
 
 二人は互いの顔を睨み合う……。
「遠くか「だめだ」
 
「……」

「少しは「銅貨一枚分たりとも譲る気はないぞ」

「……」

 少女はふいとそのまま横を向いた。
 
 己の勝利を確信したジークはそのままマリアがいる屋敷へと向かう。
 門前にてジークは後ろを振り返り少女が居ないことを確認すると豪奢な意匠が施されたドアノッカーで内部へと来訪を告げる。

「どちら様でいらっしゃいますか?」
 ややあって恐らくはメイドと思わしき声がドアの内側から聞こえてくる。

「私はジークバルト・ブランエール、マリア殿は居られるか」
 ドア越しにしっかりと聞こえるようにジークが言い放つ。

「…………お引き取りください、マリア様はどなたにもお会いになりません」
 名乗った先に感じたのは拒絶と恐怖の雰囲気。
 中から聞こえる女性の声は先程の調子とは打って変わり冷たい雰囲気を漂わせた事にジークは戸惑いを覚える。
(自分が死んだと思われても仕方はないとは思うが、これ程怯えたように拒絶されるものなのだろうか?) 

 事実、死んだと思われていたマリアの婚約者が生きて帰ってきたことに女性は恐怖を覚えていたのだ。
 自分だちが仕出かしたことが白日の下に晒されることを恐れて……。
 
 半ば、暗黙の了解として仕えるべき主の娘を贄として差し出されるを見て見ぬ振りをした所業、それはどんな罪となるのか、またどのような方法で贖えるのか。
 そんな魔法を女性は知らない。
 だから彼女に出来ることはジークを拒むことであった。ただの先延ばしであっても今の状況を知られることをひたすら恐れるがゆえに。
 
「なぜ会わせない、何か不都合があるとでもいうのか?」

「っ! そのようなことはございません、マリア様はどなたにもお会いになりません!」

 ただジークを受け入れないがための問答が繰り返される。
 ジークは舌打ちしマリアの屋敷を離れた。
 
 そんな様子を少女が不思議そうにジークへ話かける。
「どうしたジーク、屋敷に婚約者はおらなんだのか?」

「相手の言葉を信じれば屋敷にはいるようだが……会えなかった」

「そうか……」

 ジークが不首尾な旨を伝えると少女は我が事のように気落ちする。
 そんな様子に首を傾げながらジークは次の目的地へと向かった。

「次はどこへ向かうのだ?」

「友の屋敷だ」
 ジークが胸中に思い描いた友とは赤髪の中性的的な言葉使いが特徴のイグニアのことであった。
 元きた道を引き返しマリアがいる屋敷とは反対方向に向かう。

 しかし、イグニアの屋敷へと近づくにつれ喧騒から離れる人とすれ違うようになる。
 遠ざかろうとする人をジークが捕まえると何やら勇者が貴族の屋敷で暴れ出したという。
 
 何かよぎるものを感じジークはすれ違う人の波を縫うように走り出しす。

「ジークッ!?」
 少女の声はあっという間に後ろへと消え去った。
 そのまま走り続けると辺りには血がまき散らされ人の肉塊が転がっていた。
 そして、その無残な様はイグニアの屋敷へと続いているのをジークが視界に収める。
「まさかっ!?」
 そのままイグニアの屋敷へ入ろうとすると見知った顔の、マリアの両親である公爵夫妻がいた。

 俺が声を掛けると公爵夫妻は目を瞬かせ、一歩二歩と後ろに下がった。
「な、なぜっ君が生きて……どういうことだ……?」

「公爵閣下、屋敷内で何が起きているんですか!?」
 そんなうろたえる公爵夫妻へとジークは屋敷内で何が起きているのか尋ねるも答えは帰ってこなかった。

「わ、私らは何も知らん、ただ通りすがっただけ……だ、さ、さあ行こう」
 公爵は妻を促しジークの前から逃げるように遠ざかっていった。

 ジークは去っていく彼らに一抹の疑問を抱いたがそれもすぐに振り切ると屋敷内へと突入する。
 屋敷の中は外よりも更に惨状がひろがっていた。

 燃え尽きて白い灰の塊のような家具が転がり外と同じように血がまき散らされている。
 更に驚愕の表情のまま、あるいは怯えた顔つきで事切れている者があちこちに倒れていた。
 呆気に取られるジークを現実に引き戻すように剣戟の音が響く。
 
 音に引き寄せられるように進むと奥の部屋から記憶にある声、くぐもってはいたが忌々しい聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ふだりにば~だっぷりとだのぢい~ぼもいをざせてあべるがらね~」

 キサラギの声を聞いた瞬間にジークは剣を抜き放ち部屋の中を覗き込んだ。
「!!」
 ジークの眼前ではマリアを後ろ手に庇うイグニアへとキサラギがその手を伸ばそうとしていたのだ。
 その光景を見た瞬間に火が点いたようにジークは何事かを叫びながら突進しキサラギの腕を切り落とした。

 切り落とされた腕が地べたに転がり大量の血を迸らせた。
「ああ゛?」
 切り落とされ転がる自分の腕を見てキサラギは惚けたように先が無くなった自分の腕とを見比べている。
 そして、血走った目でジークを睨みつけ三者三様の言葉が響きわたる。

「ジーク!」
「ジーク君!」
 
 最後に咆哮のごとく轟く。
「ジイイイクウウウアアアア!!! なんで、なんででめえいきでやがんだあああああ!!!」

 ジークは答えない。
 ただ冷静であろうと沸き立つ怒りを抑え込むように剣先を研ぎ澄ませていく。
 イグニアと戦い消耗しているキサラギをジークは追い込んでいく。

 勇者を勇者たらしめる訳とはその驚異的な生命力にあった。
 常人ならば死に至る一撃もキサラギの頑強な肉体が死を拒むのだ。

 が、キサラギの肉体がいかに逸脱していようと片腕を失った彼ではジークは倒せない。
 少しずつ彼の肉体に血を垂れ流す切り口が増えていく。

「しづっごいんだよおおおおお!!」
 キサラギが手当たりしだいに散らばる椅子や調度品を投げつけ始めた。
 
 対するジークは剣や篭手で叩き落としながらその首を両断せんと近づいていく。
 いかな勇者も首をはねられれば終わりである。
 ジークが終わりにするべく踏み込んだ。

「貴様ら、そこを動くな!!」
 不粋にも割り込むように鎧に身を包んだ騎士達が乱入しジークの動き止まる。

 その隙を突きキサラギは叫ぶ。
「おま゛えらぁ! ぞいつは魔族の残党だ!! 捕らえろぉぉ!」

 キサラギの人相も変貌していたがジークのそれよりは変化が少なかった。
 普段から交流があるものなら気づけたものであろうジークの変貌も騎士らには分からずキサラギの言を信じかける。

「馬鹿っ! そいつはジークバルトだ! そいつこそ裏切り者だ」

 ジークを捕縛しようとした騎士らはイグニアに叱咤され再びキサラギの方へ向く。
 しかし、その時にはキサラギは切り落とされた腕を拾い窓枠を破壊するところであった。
 破壊音を立てながらキサラギは手すりを越えて一気に外へと走り出していく。

「逃がさんっ!」

 逃がすまいとするジークを騎士らが塞いだ。
「詳しい説明を求めたい!」

 ジークは騎士らを殴りつけて後を追いたい衝動に駆られた。
 
「ジーク君、ここは彼らにひとまず説明をしよう」
 イグニアの言葉もありジークは渋々と矛を収める。

 そして、この時を持ってキサラギがジークを陥れたことその事実が詳らかにされたのであった。
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