勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱

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9話

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 ジークがキサラギに敗れ少女の手で治療を受け始めてからどれぐらいの日にちが経っていたことであろうか。
 崖から落下し死の淵から少女の力で這い上がったジークの体は再び戦える状態へと脈を打ち始めている。
 体はすでに武器を振れるまでに癒えジークは洞窟を出て王都に向かって歩み始めた

 以前は痛みに軋んだ体が地面を踏みしめる感触をしっかりと受け止めてみせたことに安堵を覚える。
 そんなジークの後ろにはいつのまにか姿をみせた少女がついてきていた。
「来ていたのか……王都まで来るのか?」

 仏頂面のまま少女が答える。
「当然だ、何のためにお前を治療したと思ってる?」
 
 返ってきた答えにジークは理由を問うたりはしなかった。
 何らかの思惑があってのことだと思うが治療を受けた手前それを聞くことをジーク自身が咎めたのだ。
 彼自身もマリアやキサラギの事で頭が一杯だったゆえかそれ以上の会話はなかった。

 ジークと少女はただひたすら王都へと向かう。
 二人の間をひたすら無言が続くなか最寄りの街へと立ち寄るべく街の入口まで近づいた。

 誰何しようとこちらに近づいてきた兵士がジークの顔をしばし見た後、あっと声をあげる。
「……あんた、い、いや、あなたは……ジークバルト様か!?」
 死んだと思われていたジークが生きて姿を現したことに兵士は驚きを隠せないでいた。

 土や血で汚れあちこちが歪んだ鎧を身に付ける、まるで幽鬼のようなジークを兵士はまじまじと見つめた。
 そして魔王討伐のさなかに何が起きたのか根掘り葉掘り聞こうとし始めたためジークは兵士を目で戒める。
 威圧され口をつぐんだ兵士にジークはあごで指し示すように促す。
 怯んだままカクカクと頷き特に手続きを行うことなく兵士が通行を許可しジークは街内へ足を踏み入れる。

 街へ足を踏み入れようとしたその時にジークの後ろから何やら揉めているような声が聞こえた。
「どうしてジークはすぐに通れたのに私はだめなんだ!」
 振り返ったジークの前で少女がジークを指差し兵士と何やら口論になっていた。
 フードで頭を覆っているため即頭部にある角は見えていないだろうが放っておけば揉め事になるのは必定である。

 騒ぎを嫌ったジークは踵を返すと兵士に少女も通すように告げる。
「俺の連れだ」

 そう告げられた兵士はジークと少女をしばし見比べていたが根負けしたように再び通行の許可を出した。

 今度は二人並んで入場する。
 並んだままジークは少女へ咎めるように話しかけた。
「あまり騒ぎを起こすな、王都までが遠くなる」

 少女はジークの言葉を受けれがたいようにひとりごちる。
「どうして私が人間の機嫌を取らねば……」

 懲りてない少女の様子にジークはため息を付きながら「次は置いていくぞ」と宣言する。

「うっ、ぐう…………分かった……」
 渋々ながらも少女がジークの言うことに従う。

 会話を終えたジークは真っ先に街の鍛冶屋へと向かった。
 武器を失い得物を持たないジークは鍛冶小屋の中へ入ると立てかけてある剣を物色していく。
 いくつかめぼしい剣を手に取ると一本ずつ上段から空を切り下げる。

 何本か試したジークは手にしたものから一本の剣を選んだ。
 以前に持っていた剣とは比べるべくもない出来ではあったがそれでも武器は武器である。
 残されたわずかな金を払うとジークは屯所へと向かった。

 扉を叩くと中から返事があり、無造作に屯所の中へと入ったジークをここでも余計な詮索が取り囲んだ。
 目を怒らせながらジークは最低限の説明だけを行い馬を借り入れる。
 最後の残された金を叩きつけるように出てきたジークに少女が問い詰める。

「お金を全部使ってしまって……どうするのよ?」

「あてはある」
 短く返答するとジークは入ったばかりの街をでるべく門の方へ向かった。

「もう夜よ? 宿屋に泊まったりするんじゃないの?」
 宿屋で一泊するとばかり思っていた少女は焦りジークの横を小走りしながら引き止めようとするもジークの足は止まらない。

 結局、ジークを止めることができず少女もつられる形で真夜中の森へ向かう羽目になった。
 そして、少女は魔法で起こした火でジークが語った「あて」にかじりついている。
 
 ジークが語ったあれとは森をねぐらとする獣を狩ることでの食料を現地調達することであった。
 手に入れたばかりの剣で獣を狩り乱雑に切り分けた肉を焚き火にくべていく。
 火が十分に通ったものからジークは肉へとかぶりついた。
 
 その様を見ていた少女も続くように肉にかぶりつき、吐き出した。
「あ、味がないじゃない!」

「調味料なんかないからな」
 粗雑に焼いただけの獣肉をジークは止まることなく口に入れていく。

 そんなジークの様を信じられないものを見るような目で見ていた少女は自らの腹を見下ろし葛藤する。
 しばし考えた後、空腹に負けた少女は獣特有の臭みが全く誤魔化されていない焼かれた肉を睨むようにかぶりついていった。

 二人は森で夜を明かし空がしらみ始めたところで少女が目を覚ました。
 寝惚け眼で目をこすりながら少女は周囲を見渡しジークが居ないことに気付いた。
「置いていかれた!?」
 意識が瞬時に覚醒した少女はあてもなく走った。

 わずかな距離だったが少女からすれば焦りの分だけ長く感じられたその走りも小川を前にして勢いが止められる。
 川の先を見つめていた少女であったが、ふと聞こえた水音に目を向ける。
「あっ、うあっあ……」
 少女の顔は瞬く間に朱に染まり硬直してしまった。
 視線の先でジークが一糸まとわぬ姿で水浴びをしていたためである。
 
 固まっていた少女はジークと目があってしまう。
 数瞬後、少女は回れ右をして元の焚き火があった場所へとひた走る。
 そして男の裸体を目の当たりにした衝撃からか少女は転げるように悶え始めた。
 それはジークが戻った後でも続き少女はしばらくジークの顔を直視することができなかったのである。

 血糊や汚れをすっかり落としたジークは後ろに不機嫌な様子の少女を載せながら王都へと馬を駆けさせていく。
 だが少女の気持ちとは別にジークの胸中は王都に近づくにつれさざめいていく。
「マリア……もう少しだ、待っていてくれ……」
 ぽつりとジークの口からマリアへの思いがこぼれ落ちていった。
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