勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱

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7話

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  少女の治療によりジークは歩けるようにまで回復した。
  しかし、それは歩けるだけというもので剣を振るい戦うには今しばらくの時間が掛かるものであった。

  途中で行き倒れたジークは少女に元いた洞窟へと引き戻され洞窟の中で目を覚ましたジークは体を横たえながら己の浅慮を悔いていた。
 (ぐっ 急ぎすぎた……まともに動かぬ体で王都に戻って……一体何ができるというのか!!)
  王都に戻ってキサラギの所業を弾劾することは出来る、ではそこからは?
  キサラギがもし開き直りそこで戦いとなれば、その瞬間にジークの命は露と消えるのだ、そしてそれはジーク自身が一番よく理解していた。

  ジークがそこまで焦る根底には勇者キサラギへの嫌悪とマリアへの想いがあった、回復に時間が掛かればキサラギはすっかり地固めを終えてしまうだろう。
  事実、英雄の座はすでに取って代わられている、更にキサラギとマリアが同じ王都内で暮らしていることだろう。
  それに対する焦りがジークをじりじりと苛んでいたのだ。

  急いで戻らなければならないが、復調もせずに戻れば歯が立たない。
  だから彼はこの場に至って無茶を止めた、一刻も早く体を復調させるべく身動き一つせずただ丹念に体が持つ回復力を十全に働かせるべく体を横たえていた。

  そして今日も今日とて変わらず行われる治療、少女はジークの傷口を覆う布を無遠慮に剥がし回復の呪法をかけていく。
 「傷は良くなってきている、完治にはもう少し時間がかかるがな」

  淡々と言葉が告げられる。
  けれど、それはジークの望んでいる言葉ではない、彼が聞きたい言葉とは「傷口がすっかりふさがり元の戦える状態に戻った」そういう類の言葉なのだ。
  ゆえにジークは口を開く。
 「もっと……早く治る手段はないのか?」

 「ない」
  いつものように言葉短に返事がくる。 
  そのまま塗り薬を処方している少女がはっと閃いたかのように動きを見せた。
 「いや……一つあったな」

 「何、どんな方法だ!?」
  体を横たえていたジークだが、この時ばかりはその身を起こし少女へと向き直った。

  問い詰めるジークに少女は口をわずかに開き、否定の言葉を告げる。 
 「お前には無理だ」

  聞けば後悔するぞという少女の忠告を無視しジークは言葉を続けさせた。
 「いいから教えてくれ!」

  諦めたように少女はやや逡巡しながらも答えた。
 「…………魔族の血を取り込み、受け入れる」

  少女の口から紡がれた言葉にジークは絶句する。

 「私の言っている言葉の意味が分かるか? 強靭な魔族の血を取り込めばジークの体は数日と立たずに治る」
  そこで少女は言葉を切り、言い含めるように説明を添える。
 「しかし、それは人間をやめるということ」

  少女が言う効能は事実である、だが代償として人間から魔族の体になるのだ。
  それは万全な結末ではない、一つは成せるがもう一つには届かない。
  つまり、確実にキサラギを倒せるがマリアを諦めるというものである。

  少女の復讐に囚われた思考は以前よりも前に進んでいた。
  以前まではジークとキサラギの共倒れ、それを今はキサラギを倒しジークから人間の国での居場所を奪った上で死ぬまで使役するという考えもあった。
  それはジークをその手で殺すことは出来ないが人間の国へはより大きな打撃となるだろうというもの。

  万全ではない結末とは少女にも選ぶことができる選択肢であった。
  無論、それは両者が手を取り合ってという前提の上ではあるが。

 「そんな方法は受け入れられない、断じてだ!」
  だがジークはその方法を選ばない、はねつけた。
  もとよりジークにはマリアを諦めるという選択肢はない、ただ生きて帰り彼女の元へ向かうのみである。

  自分の案をはねつけられたにも関わらず少女はそんなジークを好ましいもののように感じ取った。
 「そうだな、私もそれはどうかと思う、そんな方法を選ぶジークもな」
  少女はあくまで一つの案を提示しただけである、ジークが血を受け入れて初めて成り立ち、検討をしてみる考えだ。 
  けれど時間は考えに幅を与え一つから二つへと姿を変えるものなのである。ジークが今後どのような道を辿るのか今は誰にも分からなかった、恐らくはジーク自身にすら……。


  結局、この場で採られた決断は体力の回復に努める現状維持というものであった。

  少女が治療を終えて去っていったあとでジークは考える。
 (魔族になるなど冗談ではない……彼女も恐らく俺を揶揄するためにあのようなことを言ったに違いない)
  思わず、ぎしりと歯を噛み締めた。
  少女へではない、未だ戦えないジーク自身の不甲斐なさにである。
 (他に今何か出来ることはないか……例えば少女が残した食料以外にも自分で何か探してみるのは?)

  洞窟の外へ出たジークは狩りは無理でも木の実や魚ぐらいなら採ることは可能かもしれないと考えて辺りをうろつく。
 (少女は言っていた、この洞窟付近には何物も近づけないようにしてあると……言い換えればその状況をを利用すれば食料にありつけるはずだ)

  付近の探索の結果、ジークはいくつかの木の実や魚を取ることに成功し調理するべく焚き火を起こしていた。
  魚を尾の方から前ヒレまで適当な枝を貫通させるとそのまま火で炙っていく。
  ジークは十分に焼かれ香ばしい香りを放ち始めた魚を腸ごとそのまま口にする。

  口内でわずかに感じる内蔵の苦味や木の実の酸味すら今のジークには好ましいものだった。
  口に放り込んだ先から体内へと取り込み自分の血肉へと変じさせていく。

  ジークを見慣れた者ならそれは異様な光景に映ったことことだろう。
  行儀作法などは抜け落ち、ただただ己の体力の回復を図るために一心不乱に食べ物を貪るジークの姿はある種の狂気をはらんでいたのだから。

  食物を貪りただ遠く王都の方向を眺めるジークの目にはキサラギへの怒りが満ち満ちていた、しかしジークが復調し立ち上がるまでに今しばしの時を要するのであった。
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