上 下
4 / 17

4話

しおりを挟む
「その話はしないでって言ったでしょう!?」
  悲鳴にも似たマリアの叫び声が部屋内に響いた。

 「しかしだね、マリア、お前の気持ちは分からんでもないが、いつまでもジーク君を、彼の事を想ってどうなるというのだ?」
  マリアの父親はゆっくりと諭すようにマリアをたしなめる。
  次いで母親が口を開く。
 「そうよ、マリア、貴女がいつまでもその調子だと彼も浮かばれないわ」

  マリアの両親が言いたいこと、それは早くジークバルト・ブランエールの事を忘れて前向きに、つまりは勇者キサラギと結婚しろというものであった。
  そして、そんな話はマリアと両親の間で何度も話されていた。
  怒るマリアはそのまま両親との会話を打ち切ると階段を駆け上がり自室へと戻った。

  そんな娘の後ろ姿を両親は深い溜息をついて見送った。
 「どうしたものか、娘のあの意固地な所は誰に似たのやら……」
 「あなたですよ、あなた! まあ、あの子も最後には諦めてくれるでしょう」
  夫婦で娘の今後について話していると家令が客人の来訪を告げる。

 「おう、また今日も来てくれたのか、彼も豆なことじゃないかね」
 「そうね、ジークさんを失った悲しみを彼と分かち合ってくれるといいのだけれど」

  扉がノックされ家令に導かれるようにキサラギが部屋へと入り込んできた。
 「公爵閣下、度々お邪魔して申し訳ありません」
  両親の前で深く一礼するキサラギの姿は好青年そのものの姿である。

  そんなキサラギの姿を公爵夫妻は心象をより良くするには余りあるものだった。
  マリアの父親はそんな彼の礼を押しとどめる。
 「いやいや、私たち家族と君との仲ではないかね」
 「そうよ、マリアもきっと貴方の来訪を心から喜んでくれるわ」
 「おお、そうだ、もうしばらくすると食事時には良い時間だな、どうかね、今日は我が家で食卓を共にしないか?」

  一緒に食事をと誘われたキサラギは一瞬、遠慮めいた表情を見せるがすぐにそれを取り繕う。
 「閣下のお招きとあってはお断りするのも失礼というもの、ご一緒させていただきます」

 「ああ、そうしてくれるとありがたい……それと時間が来るまでマリアの顔を見ていってやってくれないか? やはり、ジークバルト君のことが堪えているようでねぇ、君が顔を見せれば娘も喜んでくれると思うのだよ」

 「僕なんかの顔で気が紛れるといいのですが……」

 「何を言うのですか、婚約者を失って意気消沈する娘を毎日のように元気づけていただいているのはこの屋敷の者ならば皆が知っていることですよ」

 「恐縮です、では早速、マリアの様子を見て参ろうと思います」

  本来であれば結婚前の貴族の令嬢の部屋で男と二人きりになるなど言語道断であった。
  けれど、婚約者を失い悲しみにくれる娘、魔王を討伐した勇者、その二つの要素がそれを可能にしたのである。
  それは娘を想う父親の計らいであったのかもしれない、だが、その計らいによりカルグア家にはキサラギの毒がより一層まわっていったのである。

  両親の姿が見えなくなったところでキサラギは鼻を鳴らした。
 (言われなくとも貴方たちの娘は僕がしっかりと面倒を見てあげますよ)

  キサラギは何度叩いたであろうか、再びマリアがいる部屋をノックして入った。

 「また来たの?」
  毎度、キサラギを拒絶するトゲのある言葉であった。

  しかし、キサラギはそれを意に介さない、マリアへの執着とジークへの憎しみがないまぜになっており彼の中ではマリアを手に入れない限りジークとの戦いは終わらないのだ。
 「君のことが心配でね、しっかりと食事は取っているのかい? 何も食べないのは体に悪いよ?」
  キサラギは部屋内に置かれている椅子に断りなく腰を下ろす。

  マリアは訪問の度に彼の無礼を咎めていたのだが、毎度繰り返されるやり取りに彼女は咎める気力を無くしていた。

  黙っているマリアにキサラギは話しかける。
 「お父上が心配されていたよ、ジークを失った君の姿を見ていられないと」

 「ジークを、掛け替えのない半身を失えば誰しもそうなるものよ、放っておいて頂戴」

 「そうはいかないね、僕にはジークの代わりに君を支える義務があるんだ」

 「言ったでしょ? ジークの代わりになんて誰にもなれないわ」

 「そんなことは無いさ、君がジークを失った同じ悲しみを僕も背負っているんだ、一人では押し潰されてしまいそうな悲しみも僕ら二人でなら乗り越えていけるよ」

 「何それ、傷心を慰めるという名目のプロポーズなのかしら?」

  挑むようなマリアの目にキサラギは臆さず、彼女が腰掛けるベッドへと近づいた。
 「どう受け取ってくれても構わないよ」
  キサラギがそのままマリアの肩へ手を掛けようとして……

 ドアの外からノックの音が聞こえた。
 「マリア様、キサラギ様、食事の支度が整いましたのでお越し願います」

 「残念だけど、本日はここまでのようだね、僕はお相伴に預からせてもらうけどマリアも早くくるんだよ」
  そのまま踵を返し、部屋へ出ると呼びに来たメイドの一人と目が合う。

  その顔を見て、キサラギは空気の読めない奴と内心舌打ちする。
 (この使えないメイドめ……僕がマリアと結婚したら、さっさとクビにしてやるのに……)
  キサラギはメイドをその場に置いて階段を降りていった。

  マリアはキサラギが出ていったあと、体を震わせていた。
  それは怒りよりも怯えの方がより大きかった。
  マリアも木石ではない、彼の意図するところが見え始めていたからである。
  そして、本来彼女を守るべきジークがいないことが彼女の心を一層苦しめていた。
 「ジーク……どうして、どうして私を置いていってしまったの……」
  マリアの膝にぽたりぽたりと流れる涙、その涙を拭き、止める人間が今は彼女の側には誰も居なかった。

――――

 キサラギは公爵夫妻と食事を共にしていた。
 「それで陛下は君に爵位をお与えになると……?」

 「ええ、まだ内示の段階ではありますが、そのようにお話を伺っております」

 「素晴らしいことだ、君の魔王を倒した功績ならば、男爵、子爵を飛ばして一気に侯爵という線もあるな」
  食卓では、キサラギと夫妻は和気藹々の様相を呈していた。
 「お前もそうは思わないか?」
  公爵が妻に水を向ける。
 「ええ本当に、お聞きしても素晴らしい活躍ぶりでございますもの」

 「いえ、まだ若輩の身には重すぎると私は思っておりますので……」

 「謙虚な事だ、だが男たるもの大望を抱いて上を見なければならない、いつまでも同じ爵位に甘んじるという訳でもなかろう?」

  そそのかすような公爵の話しぶりにキサラギは明言せず苦笑で答える。
 (当然だろう? 僕は家臣なんかにおさまる男ではないんだよ、いや、爵位という言葉がそもそも僕を侮っている)

  キサラギは微笑を浮かべる表面とは裏腹に、自分に低い地位をあてがう国王や貴族に怒りを抱いていた。
 (所詮、お前らでは僕の価値は測れない、例え、公爵の椅子を用意されても僕には値しない、僕が目指す先は国王という玉座なのだからね)

  表面上、キサラギと公爵夫妻の団欒は和やかに進んだ。
  だが、彼が来て欲しかったマリアは食事の終わりまでにとうとう姿を見せなかったのである。
 (マリアめ……最後まで顔を見せなかったな、未来の夫に対して、ようく躾をしておかなければならないね、まあいい、僕もマリアだけには構っていられないんだ、他の女の子たちの所へも行かなければならないからね……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い

うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。 浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。 裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。 ■一行あらすじ 浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

君と僕の一周年記念日に君がラブホテルで寝取らていた件について~ドロドロの日々~

ねんごろ
恋愛
一周年記念は地獄へと変わった。 僕はどうしていけばいいんだろう。 どうやってこの日々を生きていけばいいんだろう。

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

幼馴染みを寝取られた無能ですが、実は最強でした

一本橋
ファンタジー
「ごめん、他に好きな人が出来た」 婚約していた幼馴染みに突然、そう言い渡されてしまった。 その相手は日頃から少年を虐めている騎士爵の嫡男だった。 そんな時、従者と名乗る美少女が現れ、少年が公爵家の嫡男である事を明かされる。 そして、無能だと思われていた少年は、弱者を演じていただけであり、実は圧倒的な力を持っていた。

勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。 田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。 旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。 青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。 恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!? ※カクヨムにも投稿しています。

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...