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3話

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 キサラギに追い詰められ崖からジークは落ちていった。
 「くそおおおぉぉぉっ! 止まれぇえええれああああ!」
  落ちながら崖に指をあてがい必死につなぎとめようとするも土壁はもろくジークを支えるには不十分な強度であった。
  手を伸ばした分だけ土壁をがりがりと削るだけに終わる。

  地面が迫りつつあった、この高さ、速度では鎧など無意味である。
  近い未来、すぐそばまで迫っている死にジークは最後まで抗わんとする。

  ジークの足掻きは功を奏した。
  落ちながらも必死に動かしていた手足のどれかが引っ掛かったのであろう。
  木々に体のどこかがぶつかりバキャリと連続する破壊音を立てた。

  痛みで顔をしかめながら、ジークはそのまま地面へと叩きつけられた。

  ジークの足掻きは確かに功を奏した。
  木々が緩衝材となり落下速度が緩みわずかな時間、寿命を伸ばすことが出来たのだ。
 「あぐぅあっ……」
  意味を成さない声と血がジークの口から漏れ出ていた。

  もうジークは動くことが出来なかった。
  わずかな時間、生の時間を延ばしそのまま死に絶えるだろう。

  すでに彼の目には何も映ってはいなかった、ただ真っ暗闇の中で緩慢な死を迎えようとしていた。

  じゃりっじゃりっ

 何も見えない中で最後まで機能していたジークの聴覚が地面を踏みしめる音を捉える。
  自分を迎えに来た死神の足音だろうか。
  何者かが自分を見下ろす気配を最後に彼の意識は途絶した。

――――

 そのままジークは長い時間、夢を見ていた。
  夢に出てきたのはマリアであった。
  二人が出逢う馴れ初め、そして、仲が深まっていく様子が脳裏に浮かんでいく。

 「きょ、今日は観劇に行かないか? 有名な役者がでているらしいんだ」
 「ほんとっ!? 誘ってくれて嬉しいわ!」

 「おい! ジーク、いつもの彼女が応援に来てくれているぞ?」
  同僚の騎士が指さす先でマリアが階上から手を振っていた。
  はにかみながらジークもそれに応えている。
  そんな二人の様子をからかうように同僚の騎士は冷やかした。
 「全く目の毒だぜぇ……」

  また別の場面に切り変わる、彼女を屋敷から誘い出した時の場面であった。
 「マリア、その……こんな大変な時に言うことではないと思っているんだが……聞いてくれないか?」

 「何、ジーク?」
 「その……だ、魔王を倒したら、無事に帰れたら結婚してくれないか?」
 「だめよジーク、今はそのプロポーズを受けられないわ……」
 「そ、そうか……」
 「続きは帰ってからね!」
 「そ、そうか!!」

  水蜜桃のように甘い時間が脳裏に流れていた、だがそんな至福の時を打ち破る声が響いた。

 「死ねええええええ、ジークーーー!!!!」

  狂乱したようにキサラギが自分に襲い掛かり、絶体絶命という瞬間にジークの意識が覚醒する。
 「うあああああああ!!」

  がばりと飛び跳ねるように目を覚ましたジークは激痛に体をくの字にする。
 「ゆ、夢じゃない! 夢じゃなかったのか!?」
  どれぐらいの時間が経っていたのであろうか、ジークが目を覚ますと辺りは闇に包まれていた。
  依然、痛みが走る体を動かそうとすると余りの激痛にジークがもんどり打つ。

  ジークが顔をしかめていると、次の瞬間に一面の暗闇に火が灯された。
  明かりの中心を見れば、少女が指先に火を灯し悶えるジークを見下ろしていたのだ。

 「お、お前は誰だ!?」
  ジークの語気が荒くなったのは少女の即頭部にある角を認めたためだ、そして、その角は魔族の証でもあった。

 「私のこと何かどうでもいい、お前は自分が取り返しのつかないことをしたのを覚えているのか?」

 「……何のことだ?」
  ジークが疑問の声を上げた瞬間、彼を暴力が襲った。

 「父様の命を奪ったことを忘れたと!?」
  握り締められた拳がジークを打ちすえる。

 「ぐうっ!?」

 「お前とあの勇者を名乗る男が私の目の前で父様を殺したこと……忘れるものか!!」

  無抵抗に殴られるまま、ジークはこの少女が魔王の娘なのかと気付かされた。
 「ならば、魔王が侵略しなければよかったのだ……それに、なぜ俺を殺さない?」
  ジークの言葉を合図に少女の動きがぴたりと止まる。
  彼女も心では分かっていた、父親が侵略しなければ戦いにならなかったことを、だがそれ以上に肉親を失ったことが彼女のタガを外した。

  心に芽生えたどす黒い思いが少女の口からあふれでる。
 「見ていたのよ、勇者がお前を突き落とすところを……」
  少女は暗い笑みを浮かべた、彼女の力では万全なジークもキサラギも倒すことはできない。
  いや、瀕死であったジークであれば別だが、それでジークを殺してもキサラギが残る。
  万全の勇者が相手では少女には打つ手が無いのである。

  今にも死を迎えようとしていたジークに止めをさそうとしたときに彼女の手は止まった。
  その時に少女は何かを閃いたのだ、父親の無念を晴らすためならどんな手段もとろう、そんな思いが彼女に卑劣な手段を選ばせた。
  ここでジークが生き残り人間の国へ戻ったらどうなるか、まず勇者と争いになるだろう、命のやり取りをしたのだから。
  あわよくば共倒れ、悪くいってもどちらかは死ぬ、手負いの状態なら自分にも勝ち目はある。
  少女はそのように考えたのであった。

  少女は殴るのをやめて、ジークの側によると癒しの力を行使する。
  本来であれば、死んでいたジークを救ったのは少女の力のおかげであった。

 「動くな、今だけは父様の恨みを忘れてやる」
  そうして少女はジークの傷ついた体に手をかざしていく。
  おぼろげな光によって体が持つ治癒能力を何倍にも増加させていく。
  だが、その力をもってしてもジークの治療には時間がかかった。

 「ここには近くの者が近づけないようにしておいた」
  治療を終えた少女はそう言い残すと洞窟から出ていった、わずかな食料と水を残して。

  ジークが少女に出会ったのは幸運にして不運であった。
  少女と出会えたことによって彼は命を拾い、少女と出会えたことによって捜索隊に発見されなかったのだから。

  少女の姿が見えなくなるとジークは這うようにして置かれた食料を手にした。
  何やら皮で包まれた見たことのない食べ物をがっつくように口に入れていく。
  今の彼が考えていることは如何にしてここから生還しマリアの元へ向かうかであったからだ。
  食べなれない味が口中に広がっていく。
  だが、どんなものでも栄養には違いあるまい、そうしてすっかりジークは渡された食料を平らげた。
  腹が落ち着くと今度は水を少しずつ飲み干していく。

  空になった容器を手にジークは考えていた。
  なぜ、キサラギが自分を襲ったのかを……。
  だが、いくら考えてもジークは答えにたどり着くことはなかった。

  時間の感覚が麻痺しているジークには今何日で何時かという情報はない。
  故に再び少女が姿を見せた時、最初の出会いからどれぐらいの時間が経っていたのかジークには分からなかった。

  少女は手荒にジークの体へ持ってきた傷薬や包帯を用い治療を再開する。
 「また来る」
  治療を終えると少女はまた食料や水を残してどこへともなく帰っていった。

  洞窟の中で一人残され誰も居ない寂しさをジークはマリアの事を考えることでやりすごしていた。
  マリアの事を想い、自分が帰ることだけの事を考えているジークであったが、マリアが今どのような境遇に晒されているか彼には知る由もなかったのである。
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