52 / 52
後日譚①「死神と帝王」※BL・GL要素を含みます
04
しおりを挟む「それで? デスはそのお店で『何』してたわけ?」
「…………」
帝王城、上層部。
帝王の寝室にて、デスは尋問状態にあった。
ファイナルの姿はない。
彼女はハイゼットの代わりに、執務室の留守を預かっている。
「……前にも話しただろ。接客だって」
デスは視線をハイゼットからそらした。
とくに嘘は言っていない。と自分で自分に頷いた。
「それだけじゃないんでしょう。ホストだってきいてたけど、ホストがあんな鬼にもモテるなんてきいたことないもん」
ハイゼットはじと、とした視線をデスにぶつけた。
「テクニックてなに。うまいってなに。ハマるって、どういうこと?」
「いや……お前は知らなくていいことっつーか」
「デスのことは何でも知りたいの」
今まで相手したどんな『女』よりも質が悪い、とデスは思った。
職業上、いや私事上でもいろいろ経験はある。
ゼノンともあるし、アマテラスともある彼だが、それでもこんなに面倒ではなかった。
数多の女を抜いて、ぶっちぎりのカノジョ面である。
「あのな。世の中には知らなくていいことっつーもんがだな」
デスは頭を抱えていた。
人生で一番困っていた。
何よりも対処法がわからない。
どういえば引き下がるのかがわからない。
(口で説明させるとか、そういうプレイかよ)
どんなことにも耐えてきた彼だが、よりにもよってハイゼットにそれをされるのは、耐え切れそうにない。
いつも通り、何でもない、という顔は出来そうになかった。
「子供扱いしないでよ! お、俺だってもう、奥さんがいるんだからね!」
「だったらわかるだろ! そーいうサービスのある店だよ。昔から勤めてたとこだ」
「昔からって、……昔から?」
「あ」
やべ、と口を押える。
けれど手遅れである。
ハイゼットの目が、す、とまた据わる。
「……体売るような仕事じゃない、危ないことじゃないって、言ったよね?」
ハイゼットが、ぐ、と体を前に出してデスの顔を覗き込んだ。
「嘘ついたの?」
ぞく、と背筋を冷たいものが駆け上がった。
そんな思いをするのはずいぶんと久しぶりで、デスは「あー」と唸った。
しかしこうなっては、もはや何を言っても効果はない。
この状態の彼は、妙に『嘘』というものに敏感だ。
それを知っているデスは、ようやく観念したように体の力を抜いた。
「……悪かったよ、黙ってて」
ある意味でそれは『肯定』だった。
ハイゼットは顔を少し伏せると、こう問いかけた。
「デスは、その仕事が好きなの?」
「嫌いじゃねえな。別に、何とも思わねーっていうか、俺にとって不都合がない」
「……そう……」
その声から、感情はうかがい知れなかった。
けれどそれは、デスの本心だった。
その行為にも、それで金を得ることにも、すでに慣れている。
楽しくないかと言われれば楽しいし、積極的にやりたいことかと言われればわからない。
けれど嫌だったなら恐らく、復帰したりはしないのだろう。
それがシャルルにせがまれてのことだったとしても、本気で嫌なら断っている。
「俺は、別にデスを縛り付けたいわけじゃ、ないの」
「あ?」
「だから、デスがそれを続けたいなら、その……続けても、いいんだけど」
その言葉はあまりに意外で、デスは目を見開いた。
てっきり、今すぐそんな仕事辞めて! と言われると思った。
けれど、ハイゼットは顔をすこし伏せたまま、デスに言う。
「せめてデスが帰る場所が、ここであってほしいの」
「……!」
先ほどとは打って変わってしおらしく、ハイゼットはそう呟いた。
「キミの居場所は、俺の隣から永遠に消えてなくなったりしないって、覚えていてほしい」
それは、まるで。
もう役目を終えた、といったデスの発言を聞いていたかのような言葉だった。
実際、どこかで聞いてしまったのかもしれない。
「なんだそりゃ」
デスはぷっ、と噴出した。
けらけらと笑いだしたデスに、ハイゼットは少しむっとして「なんだよお」と頬を膨らませた。
「いや、今のが一番グッときたぜ。どんな口説き文句よりも、一番な」
デスはそっとハイゼットの頬に手を沿わせた。
その優しい触れ方に、ハイゼットもすり、と頬擦りをした。
幸せそうに口の端が緩む。
「もうどこにもいかねえから、安心しろよ。たまにどっか遊びにはいくかもしれねえが、ちゃんと帰るからよ」
「……うん」
ぽろぽろと、ハイゼットの目から零れ落ちたものがデスの手を濡らした。
そのまま、ハイゼットはデスへと倒れ込むように抱き着いた。
デスは、その体をぎゅっと抱きしめた。
(そもそも最初から、惚れた方の負けだもんな。はは、こりゃ参った)
ファイナルとくっつけば、こういうのも直ると思っていた。
こういうのもなくなって、やきもきすることもなくなる、と。
しかし、ここまでは予測がつかなかった。
強欲なのは知っていたが、まさか、ここでも『選ばない』とは。
「む。……痴話喧嘩は終わったか?」
「ファイナル」
見計らったように、執務室にいたファイナルがドアから入ってきた。
泣きながらデスに抱き着くそれをみて、ファイナルもふっと口の端を緩ませた。
「……お前はいいのかよ、ファイナル」
「うん?」
「その……俺が、ここに住むのとか」
「ああ、なんだそんなことか」
ファイナルは少し呆れたように微笑んで、それからドアの向こうに手招きした。
廊下から、たたたっとゼノンが走ってくる。
そうして、ゼノンはファイナルにぱしっと抱き着いた。
「ゼノンもここに住んでいるし、お前の妹たちも住んでいるだろう。今更何の問題がある?」
「や……、まて、お前、それ」
デスは絶句した。
ゼノンはファイナルに抱き着くだけでなく、幸せそうに頬擦りをしている。
「あー! ゼノンったらまたファイナルにー!」
そうかと思えば、ハイゼットがぐるんと視線をゼノンに向けた。
声を荒げる彼に、ゼノンもまた、むっとして言い返す。
「ハイゼットだってデスを迎えにいくの譲ったでしょ! おあいこ!」
「むー!」
「ははは。四角関係? というのか、これは。中々面白いな」
もはやため息も出なかった。
デスも、「ははは」と乾いた笑いでそれに応じた。
(なんだこれ)
気を遣っていたのがばかみたいだ、と思った。
新婚生活を邪魔するわけには、とか。そういうことを思った自分がばかのように思えた。
そうして同時に、この先の生活に一抹の不安を覚えた。
(これにガキが出来て、さらに人数が増えたら、俺の負担が増えるのでは……?)
ハイゼットとファイナルの子供。
想像もつかないが、想像もつかないことをやらかす、という嫌な予感はすでに胸にある。
「……へへ。ようやく、俺の望んだ日常だ」
ぽろっと、そんなふうにこぼしたハイゼットの安堵したような微笑みに、デスは肩をすくめた。
魔界最強かといわれた自分でさえ、不死であり必ずの死をもたらす自分でさえ、いいようにされるのだ。
子供のころから、いやであったときからずっとだ。
友達になろうといわれて、断り切れなかった、拒絶しきれなかったあの瞬間から、デスはハイゼットにいいように振り回されているのだ。
傷つくデスを見たくない、といわれて怪我をしないよう体を鍛え。
誰かを傷つけるデスなんて見たくない、と泣かれて能力を鍛え。
一緒にいてくれないと嫌だ、と乞われて家まで決められて。
(まあ、いいんだけどよ。別に。こいつが、笑ってるなら、それで)
魔界なんてこの先へたをすると永遠に安泰かもしれない、とデスは思った。
きっと彼はこの先も、ずっと『選ばない』を貫き通し、強欲に全てを手にしていくのだろう。
その奇妙な力からはきっと、逃れることはできないのだ。
「あ! そうだ、皆お昼まだでしょ? 俺おにぎり作るから、屋上で食べない?」
「なんでまた、屋上なんだよ」
「みんなで空が見たいの! ね、いいでしょ」
ハイゼットが立ち上がる。
その顔は少し涙で腫れていたが、どこか晴れ晴れとしていた。
「よし、では俺も手伝おう」
と、ファイナルが腕をまくる。
その傍らでゼノンが手を挙げた。
「じゃあ僕はねー、傍で具の提案をしまーす」
「いやお前も何か手伝えよ……」
ため息をついて、デスも立ち上がった。
このわずか数年後。
彼が胸に抱いた嫌な予感、『このうえ子供にも振り回されるのでは』という予感は、見事的中していくのである。
0
お気に入りに追加
42
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
魔界王立幼稚園ひまわり組
まりの
ファンタジー
幼稚園の先生になるという夢を叶えたばかりのココナ。だけどある日突然、魔界にトリップしちゃった!? そのうえ魔王様から頼まれたのは、息子である王子のお世話係。まだ3歳の王子は、とってもワガママでやりたい放題。そこでココナは、魔界で幼稚園をはじめることにした。いろんな子たちと一緒に過ごせば、すくすく優しく育ってくれるはず。そうして集まった子供たちは……狼少女、夢魔、吸血鬼、スケルトン! 魔族のちびっこたちはかわいいけれど、一筋縄ではいかなくて――? 新米先生が大奮闘! ほのぼの魔界ファンタジー!!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる