とあるマカイのよくある話。

黒谷

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後日譚①「死神と帝王」※BL・GL要素を含みます

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「それで? デスはそのお店で『何』してたわけ?」

「…………」


 帝王城、上層部。
 帝王の寝室にて、デスは尋問状態にあった。
 ファイナルの姿はない。
 彼女はハイゼットの代わりに、執務室の留守を預かっている。


「……前にも話しただろ。接客だって」


 デスは視線をハイゼットからそらした。
 とくに嘘は言っていない。と自分で自分に頷いた。


「それだけじゃないんでしょう。ホストだってきいてたけど、ホストがあんな鬼にもモテるなんてきいたことないもん」


 ハイゼットはじと、とした視線をデスにぶつけた。


「テクニックてなに。うまいってなに。ハマるって、どういうこと?」

「いや……お前は知らなくていいことっつーか」

「デスのことは何でも知りたいの」


 今まで相手したどんな『女』よりも質が悪い、とデスは思った。
 職業上、いや私事上でもいろいろ経験はある。
 ゼノンともあるし、アマテラスともある彼だが、それでもこんなに面倒ではなかった。
 数多の女を抜いて、ぶっちぎりのカノジョ面である。


「あのな。世の中には知らなくていいことっつーもんがだな」


 デスは頭を抱えていた。
 人生で一番困っていた。
 何よりも対処法がわからない。
 どういえば引き下がるのかがわからない。

(口で説明させるとか、そういうプレイかよ)

 どんなことにも耐えてきた彼だが、よりにもよってハイゼットにそれをされるのは、耐え切れそうにない。
 いつも通り、何でもない、という顔は出来そうになかった。


「子供扱いしないでよ! お、俺だってもう、奥さんがいるんだからね!」

「だったらわかるだろ! そーいうサービスのある店だよ。昔から勤めてたとこだ」

「昔からって、……昔から?」

「あ」


 やべ、と口を押える。
 けれど手遅れである。
 ハイゼットの目が、す、とまた据わる。


「……体売るような仕事じゃない、危ないことじゃないって、言ったよね?」


 ハイゼットが、ぐ、と体を前に出してデスの顔を覗き込んだ。


「嘘ついたの?」


 ぞく、と背筋を冷たいものが駆け上がった。
 そんな思いをするのはずいぶんと久しぶりで、デスは「あー」と唸った。
 しかしこうなっては、もはや何を言っても効果はない。
 この状態の彼は、妙に『嘘』というものに敏感だ。
 それを知っているデスは、ようやく観念したように体の力を抜いた。


「……悪かったよ、黙ってて」


 ある意味でそれは『肯定』だった。
 ハイゼットは顔を少し伏せると、こう問いかけた。


「デスは、その仕事が好きなの?」

「嫌いじゃねえな。別に、何とも思わねーっていうか、俺にとって不都合がない」

「……そう……」


 その声から、感情はうかがい知れなかった。
 けれどそれは、デスの本心だった。
 その行為にも、それで金を得ることにも、すでに慣れている。
 楽しくないかと言われれば楽しいし、積極的にやりたいことかと言われればわからない。
 けれど嫌だったなら恐らく、復帰したりはしないのだろう。
 それがシャルルにせがまれてのことだったとしても、本気で嫌なら断っている。


「俺は、別にデスを縛り付けたいわけじゃ、ないの」

「あ?」

「だから、デスがそれを続けたいなら、その……続けても、いいんだけど」


 その言葉はあまりに意外で、デスは目を見開いた。
 てっきり、今すぐそんな仕事辞めて! と言われると思った。
 けれど、ハイゼットは顔をすこし伏せたまま、デスに言う。


「せめてデスが帰る場所が、ここであってほしいの」

「……!」


 先ほどとは打って変わってしおらしく、ハイゼットはそう呟いた。


「キミの居場所は、俺の隣から永遠に消えてなくなったりしないって、覚えていてほしい」


 それは、まるで。
 もう役目を終えた、といったデスの発言を聞いていたかのような言葉だった。
 実際、どこかで聞いてしまったのかもしれない。


「なんだそりゃ」


 デスはぷっ、と噴出した。
 けらけらと笑いだしたデスに、ハイゼットは少しむっとして「なんだよお」と頬を膨らませた。


「いや、今のが一番グッときたぜ。どんな口説き文句よりも、一番な」


 デスはそっとハイゼットの頬に手を沿わせた。
 その優しい触れ方に、ハイゼットもすり、と頬擦りをした。
 幸せそうに口の端が緩む。


「もうどこにもいかねえから、安心しろよ。たまにどっか遊びにはいくかもしれねえが、ちゃんと帰るからよ」

「……うん」


 ぽろぽろと、ハイゼットの目から零れ落ちたものがデスの手を濡らした。
 そのまま、ハイゼットはデスへと倒れ込むように抱き着いた。
 デスは、その体をぎゅっと抱きしめた。

(そもそも最初から、惚れた方の負けだもんな。はは、こりゃ参った)

 ファイナルとくっつけば、こういうのも直ると思っていた。
 こういうのもなくなって、やきもきすることもなくなる、と。
 しかし、ここまでは予測がつかなかった。
 強欲なのは知っていたが、まさか、ここでも『選ばない』とは。


「む。……痴話喧嘩は終わったか?」

「ファイナル」


 見計らったように、執務室にいたファイナルがドアから入ってきた。
 泣きながらデスに抱き着くそれをみて、ファイナルもふっと口の端を緩ませた。


「……お前はいいのかよ、ファイナル」

「うん?」

「その……俺が、ここに住むのとか」

「ああ、なんだそんなことか」


 ファイナルは少し呆れたように微笑んで、それからドアの向こうに手招きした。
 廊下から、たたたっとゼノンが走ってくる。
 そうして、ゼノンはファイナルにぱしっと抱き着いた。


「ゼノンもここに住んでいるし、お前の妹たちも住んでいるだろう。今更何の問題がある?」

「や……、まて、お前、それ」


 デスは絶句した。
 ゼノンはファイナルに抱き着くだけでなく、幸せそうに頬擦りをしている。


「あー! ゼノンったらまたファイナルにー!」


 そうかと思えば、ハイゼットがぐるんと視線をゼノンに向けた。
 声を荒げる彼に、ゼノンもまた、むっとして言い返す。


「ハイゼットだってデスを迎えにいくの譲ったでしょ! おあいこ!」

「むー!」

「ははは。四角関係? というのか、これは。中々面白いな」


 もはやため息も出なかった。
 デスも、「ははは」と乾いた笑いでそれに応じた。

(なんだこれ)

 気を遣っていたのがばかみたいだ、と思った。
 新婚生活を邪魔するわけには、とか。そういうことを思った自分がばかのように思えた。
 そうして同時に、この先の生活に一抹の不安を覚えた。

(これにガキが出来て、さらに人数が増えたら、俺の負担が増えるのでは……?)

 ハイゼットとファイナルの子供。
 想像もつかないが、想像もつかないことをやらかす、という嫌な予感はすでに胸にある。


「……へへ。ようやく、俺の望んだ日常だ」


 ぽろっと、そんなふうにこぼしたハイゼットの安堵したような微笑みに、デスは肩をすくめた。
 魔界最強かといわれた自分でさえ、不死であり必ずの死をもたらす自分でさえ、いいようにされるのだ。
 子供のころから、いやであったときからずっとだ。
 友達になろうといわれて、断り切れなかった、拒絶しきれなかったあの瞬間から、デスはハイゼットにいいように振り回されているのだ。
 傷つくデスを見たくない、といわれて怪我をしないよう体を鍛え。
 誰かを傷つけるデスなんて見たくない、と泣かれて能力を鍛え。
 一緒にいてくれないと嫌だ、と乞われて家まで決められて。

(まあ、いいんだけどよ。別に。こいつが、笑ってるなら、それで)

 魔界なんてこの先へたをすると永遠に安泰かもしれない、とデスは思った。
 きっと彼はこの先も、ずっと『選ばない』を貫き通し、強欲に全てを手にしていくのだろう。
 その奇妙な力からはきっと、逃れることはできないのだ。


「あ! そうだ、皆お昼まだでしょ? 俺おにぎり作るから、屋上で食べない?」

「なんでまた、屋上なんだよ」

「みんなで空が見たいの! ね、いいでしょ」


 ハイゼットが立ち上がる。
 その顔は少し涙で腫れていたが、どこか晴れ晴れとしていた。


「よし、では俺も手伝おう」


 と、ファイナルが腕をまくる。
 その傍らでゼノンが手を挙げた。


「じゃあ僕はねー、傍で具の提案をしまーす」

「いやお前も何か手伝えよ……」


 ため息をついて、デスも立ち上がった。



 このわずか数年後。
 彼が胸に抱いた嫌な予感、『このうえ子供にも振り回されるのでは』という予感は、見事的中していくのである。


 
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