とあるマカイのよくある話。

黒谷

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後日譚①「死神と帝王」※BL・GL要素を含みます

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「キミのことだったらいつだって歓迎するのに。どうしてそうも、僕らを拒むかな」


 目の前の男は、妙にしおらしくそんなことを言った。
 赤い月が永遠に上り続けるこの小さく隔離された世界は、やはり永遠に好きになれそうになかった。
 白と黒、両側にそびえる壁に並ぶ『死神』たちの目は、狂気に満ちている。
 いや、当然のことだ。当然で、当たり前のことだ。
 彼らは、みんなそうである。
 おかしいのは自分と、目の前のこの男なのだ。


「ハッ、知れたこと今更聞くんじゃねえよ。わざわざ連れてきてやっただけ、感謝しろ」


 銀髪をかきあげて、デスはそう吐き捨てた。


「それとも、もう一回殺さないとお前らはわからねえのか?」

「……またひどいことをいう」


 デスの言葉に、両側に並ぶ死神たちは一様にたじろいだ。
 彼の言葉は真実だ。
 この場にいる誰もが、一度彼に殺されている。


「わかったよ。キミの提案を受け入れよう」


 男は、やれやれと首を振った。


「我々は『帝王』を対象にしない。その親類も含めて、彼らに『危害』を加えない」

「そうだ。代わりに俺が月一で一個、特別に仕事をしてやるってんだから、安いもんだろ」

「それはまあ、そうなんだけどさあ。キミは本当に優秀だからねえ」


 でもいいの? と男はデスに問いかけた。


「その力を使うの、すっごく嫌がってたじゃない。それに仕事だって、わざわざこっちを蹴って体を売るような真似してたのに」

「お前にゃ関係ないだろ。用が済んだなら、いくぞ」


 踵を返して歩き始めるデスに、男は「ああ」と声をかけて呼び止めた。
 ひゅっと投げられたものをキャッチする。……携帯端末のようだった。


「仕事の連絡、それでするから持ってて」

「ン」


 そっけない返事のあと、デスは階段を下りてその場を後にした。


 ──死神機構、その中枢。
 魔界における『よくないもの』をシステム的に判断し、感知し、隔離し、分解する場所。
 彼はここが嫌いだった。
 この場所に発展はない。成長もない。もちろん、楽しみもなければ快楽もない。
 死神たちは指令を受け、魔界へ降りると『対象』を殺してここへ連れ去るまでは、止まらない怪物と化す。
(相も変わらず辛気臭えとこだ)
 長い階段を下りて踊り場に出ると、そこに一人、背を預けてたたずむ男がいた。


「よお」


 彼はデスをみると、臆することなく歩み寄った。
 その頭に巻かれたバンダナは色褪せ、ボロボロだ。しかし、それが数十年前からそうであることを、デスは知っている。
 彼は、その顎のひげをさすりながらニヤニヤと笑っていた。


「クレーン。何してんだ、そんなとこで」

「何してんだはねえだろ。指令がねえからここで油売ってんの」

「へえ、そりゃ可哀想に」


 デスはとくに取り合う様子もなく、踊り場の先にあるドアへと足を向ける。
 そのドアの先は魔界だった。


「お前が母親の席をちゃんと埋めれば、俺はここにはいなくて済んだんだがなあ」


 ぴたり。
 男、クレーンの言葉に、デスは足を止めた。


「ああいや、気にするな? お前は強い。この機構を真っ向から拒絶して否定したのなんかお前くらいのもんだ」

「喧嘩売ってるなら買うぜ。一個でかい問題が片付いたんでな」


 じ、とデスに睨みつけられて、クレーンはニタリと微笑んだ。
 彼の指が、背の鎌に触れる。
 その直後、スコーン、と彼の頭に工具がとんだ。バールである。


「喧嘩する暇あるならこちらを手伝え、クレーン。罪人の保管区域にまた損傷が出ている」

「うげ。ガレット……、お前、何でそこに」


 工具を投げた主は、広間に在る別のドアの方から歩いてきた。
 彼の頭にはタオルが巻かれ、その作業着のあちこちには多種多様な工具が取り付けられている。
 クレーンは、それをみて嫌そうな顔をした。


「一息休憩のために戻ってきたら、お前をみつけた。それだけだ」

「お前だって死神の一人ジャン! こいつだけお役御免でずるい! とか思わないわけ?」

「思わない。俺にはお前のように家族もいないのでな。帰る場所もないし。むしろありがたいくらいだが」

「うわ! 急にシリアストークやめろよ……わかった、手伝う、手伝うって」


 やれやれ、とデスは首を曲げた。
 こんなのはしょっちゅうだ。だからこそここに顔を出したくはなかった。
 自分の選択に後悔はないが、それでも面倒ごとはどう転んでも『面倒事』なのだ。

(まあでも、これでアイツの周りは安泰だろ)

 ぐ、とドアノブを回す。
 ドアを開けると、いつもの光景が目に入る。
 帝都から少し離れた郊外の町、『オルク』。そこにある寂れたビルの一室である。
 簡素なパイプベッドと、高級そうなソファが置かれたその室内は、いつも通り誰もいない。
 代わりにいつぞや飲み明かした酒瓶などが無造作に転がっている。


「……さて」


 ぎし、とそのベッドに腰かけると、彼はポケットから煙草を取り出した。
 今頃帝都では、親友が『帝王』として仕事をしていることだろう。
 あるいは、妻との初夜を楽しんでいるかもしれない。

(何にしろ、別に俺はもう必要ない)

 二人が笑顔でいられる世界は作った。
 あとは表舞台の仕事から降りて、裏方へ回るだけだ。
 死神機構と結託し、魔界を脅かしかねないものを人知れず始末する。
 できれば、帝王に知れる前に、こっそりと。


 ──ヴヴッ。


 不意に、携帯端末が振動した。
 画面をみると、早くも月一だけだと約束した指令が届いていた。
 やれやれ、休む間もない。
 そんなことを思いながら、指令をじ、と眺めていた彼は、「あ」と声を漏らした。
 そこに記されていた名前は、彼がよく知る名前だ。
 それもいつかは始末しようと常々思っていた名前。
 最後の最後、そういえばいつの間にか消えていて、取り逃した名前だ。


「ドクトール……」


 デスは頭を抱えた。
 あのマッドサイエンティストを今の今まで忘れ、放置していたことを激しく公開した。







***







 足を踏み外した、と気が付いたのは底に落ちてからのことだった。
 幸い自分には耐久力があったらしい。まだ生きている。まだ、動くことができる。


「う、あ……」


 呻き声をあげながら、落としたものを拾い上げる。
 彼が命懸けで守ったそれは、自分の欲を満たすものだ。
 ──本当は、帝王を手籠めにしてみたかった。
 万人ものとして、世界の基盤となりえるものを、この手の中にトドメてみたかった。
 けれどそれは敵わなかった。
 あの強靭な死神に、その道は阻まれた。

(ああ、これさえあれば、まだ。彼を、この手に、できる)

 終焉の目覚めと共に、ドクトールはゴルトを裏切った。
 その裏切りの代償として太ももにナイフはうけたが、幸い、歩けないほどではなかった。
 逃げ出した彼を追ってくる影はなく、その後も、探す動きはない。
 おそらくは、ゴルトは負けたのだ。
 帝王はゴルトを打ち砕き、世界を救い、文字通り、『神』のような存在となったのだろう。
 しかし、それはもはやどうでもいいことだ。
 もとより世界の情勢に、彼は興味などない。
 かつては帝王を解剖したくてたまらなかったが、今は違う。

(ああ、ああ、死神。はやく、ここをみつけておくれ──)

 自分の腕をつかむだけで『殺した』、あの瞬間にドクトールは恐怖した。
 恐れ、慄き、震え、そうして──恋をした。
 話には聞いていた。いや、知ってはいたが、目の当たりにするとまた少し違うものがあった。
 できれば、もっと早く知りたかったものだ。
 ここに来たばかりの彼を、検査と称してその手足を拘束し、好きなように解剖したあの日に──知りたかった。
 知っていれば、もっと素晴らしい術式を彼の心臓に施しただろう。
 ゴルトの言うがままに『奥の手』として残すのではなく、もっと、工夫を凝らしたよいものとして、施せたはずだ。

(ここを通りかかってくれさえすれば、ああ、『術式』を発動することができる)

 ぐ、と彼は持っていたそれを大事そうに抱え上げ、それから、痛む足で立ち上がった。
 頭上の遥か遠くに、彼が歩いていたはずの道がある。
 どういう原理かは知らないが、あの道は一本道で、脇にはこうして奈落のような虚無の底が広がっているのだ。
 そもそも咄嗟に飛び込んでしまったがために、ここがどんな部屋だったのかは、彼は知らなかった。


「は、はは、ここが、虚無でも、私は、こまらない」


 ずる、ずる、と足をひきずって、彼は床を這った。


「どこにいても、そこが、わたしの、研究所、となりえるのだから」


 抱えたそれをポケットにしまうと、彼はダン、と地面を叩いた。
 途端に地面には魔法陣が浮き、床からはずず、と音を立てて、彼の設備が浮かび上がろうとしていた。


 
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