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第七章「希望の基に。」
01
しおりを挟む「少しは落ち着いた?」
「ハイ……」
間に合わせにと身にまとったアラビアンドレスを震わせて、彼女、シェリル・ハインリッヒは頷いた。
ハインリッヒの女鬼として戦場を駆けた誇りは今はなかった。
「……貴方が、帝王……なんですね」
使い慣れない敬語で呟く。
「あの、すみません、ハインリッヒとして、とても情けない姿を……」
じわ、と涙が視界に滲んできた。
父や母は仕えたことのある帝王。
彼女が職に就くときには、不在だった帝王。
その席に座るべき者の前で、なんという無様をさらしたのだろう。
そう思うと、今すぐにでも腹に刃を突き立てたい衝動にかられた。
「なっ泣かないで、ほら、俺なんていっつも情けないし!」
「しかし……」
ごつ。
ハイゼットの頭に、突如手刀が振り下ろされた。
犯人はデスである。
「いったあ……」
「お前が情けないからコイツもそうなってんだぞ。わかってんのか」
「うぐぐ」
唸るハイゼットを見て、今度はシェリルが拳をデスへ振り上げた。
当然、その拳はデスによって受け止められてしまった。
「──貴様。帝王になんて口の利き方を……」
「うるせえな。俺にとっちゃそれ以前に『ハイゼット』なんだ。悪いかよ」
デスはそれを軽々と払いのけて見せた。
睨みつけるその視線をも受け流すような態度に、シェリルはぐぐ、と奥歯を噛み締めた。
「……いや、そうだね。そうだ。俺が一刻も早く『ちゃんと』してたら、こうなってないんだ」
「? 帝王様……?」
少しうつむいて、何かを呟いた彼を、シェリルはじ、と見つめた。
彼女にはまだ少し状況が理解できていない。
彼がどうして、『帝王』として帝王城にいないのかも、わかっていなかった。
「よし! デス、これからもダメだと思ったら殴って! 俺、ちゃんとするよ!」
「よおーしわかった歯ぁ食いしばれー」
「まあまあ、そのへんにして」
拳を振り上げたデスを、なだめるようにアルマロスが声をあげた。
三人の視線が、アルマロスに向く。
「今は『帝王城』へ乗り込むこと考えた方がいいんじゃない? ゴルトが『次』どうするか、わかってる?」
しーんと静まり返る室内。
その静寂を破ったのはシェリルだった。
「乗り込むって……、どうして。だって帝王城は『帝王』のものでしょ。乗り込むも何も……」
「今はゴルトくんのものさ。キミも内部に入って、見ただろう?」
シェリルはあのいけ好かない城の中を思い出して、とたんに眉をひそめた。
「それは……」
昔はもっと素敵な場所だったのだと現当主から聞かされている。
全ての悪魔が帝王にかしずくような、そんな場所だったと。
今は違う。
権力と力と金に動かされた悪魔たちが、なんとなくゴルトに従っているだけだ。
「ゴルト・オスカー。六大家のひとつ、オスカー家の現当主」
卑劣な悪魔さ、とアルマロスは嗤った。
「彼の計画は何度も頓挫しているし、僕が知っていたものはどれも失敗している。……それで、次に彼が求めたのは『終焉』だった。この意味わかるかい?」
「……ファイナルを、殺す、とか?」
ハイゼットがそう呟くと、アルマロスはふふ、と笑った。
さっきまではしゃいでいた顔が、一気に『帝王』へと様変わりするそれは見事だった。
「まあ、最終的にはそれもあるかもね。彼女が死なないと『魔界』は終わり、僕ら以外の君たちはみんな真っ白にリセットされちゃうわけだから」
でも、とアルマロスはつづけた。
「それだけだ。魔界がリセットされないというだけ。それじゃ、魔界の『支配権』はとれない」
「そりゃそうだ。そういうシステムだからな。ここは『ハイゼット』にしか治められない。仮にハイゼットが死んだとしたら、次は天変地異でも起こって無理にでもリセットを図るだろうよ」
そうなれば、魔界の実情としては同じことだ。
ファイナルが死んでも、ハイゼットが死んでも。
魔界は一度更地に戻され、再構築される。
それは、『終焉』と何ら変わらない。
「これはね、僕が帝王城に潜り込ませている密偵からの情報なんだけど──」
アルマロスは人差し指を立てて、とびきり悪い顔をした。
「──彼らは、『始まり』を起こすつもりらしい」
「……!」
ハイゼットは息をのんだ。
それはつい数時間前聞いた単語だ。
「父さんと、恋仲だったっていう子……!」
「終焉を強制的に覚醒させて、合わせて始まりを起こす。彼は特殊な方法で対象物の操作が得意だから、始まりをも操作するつもりなんだろうね。そうして、自分たちの都合のいい世界に作り替えるつもりなのさ」
ハイゼットは思わず立ち上がった。
自分が愛したものと、父親の愛したものを使って、世界を引っ掻き回す。
まるで家族のすべてを『道具』として使われているみたいだ。
吐きそうなほど、気分が悪い。
「やろうとしていることは君と変わらないよ。ただ、君は自力で。彼は他力でといったところか」
「……なるほど」
「さあ、どうする? 君は魔法という最大の武器を封じられているけれど、諦めないんだもんね。腕力だけで彼をとめて、世界をどうにかできるかい?」
ハイゼットは手のひらを見つめた。
なんでもできる文字通りの『魔法』は今や使えない。
彼に残されたのは、あまり好きにはなれない剣だけだ。
「簡単だろ」
答えたのはデスだった。
彼はくあ、と欠伸を漏らしながら、ハイゼットの肩に手を置いた。
「何度も言わせんなよ。俺はいわばお前の武器だ。お前が持ち得る最強の武器だろうよ」
「ぶ、武器じゃないよ! 親友だもん!」
「言葉のアヤだ馬鹿」
ごつん。手刀がハイゼットの額に降る。
「俺がお前の進む道開くから、お前はそこを歩いてくりゃいい」
だから、デスは続けた。
「お前はファイナルとその始まりだかをどうにかしろ。それだけ考えろ」
「デス……」
それではだめだ、とハイゼットは咄嗟に思った。
それなら、いつもと同じだ。
小さい頃から、今に至るまで。
ハイゼットはずっと、デスが開いた道を歩いてきているだけだ。
(帝王なんだ。俺が、帝王なんだから)
ぱし、と両頬を手のひらで叩く。
しっかりしろ、俺。
デスと一緒なら何でもできると、そういったのは嘘じゃない。
「……いや」
言葉を紡ぐ。
腹に力を込めて、意思を示す。
「俺が、前に出る」
「は? おま、大将は普通前には……」
「俺が出なきゃダメなんだ。ここが魔界だからこそ、俺が、『帝王だ』って、周りに示さないといけないんだ」
じ、とデスの深い青の瞳を見つめると、デスはぐ、と押し黙った。
代わりに声をあげたのはアルシエルだ。
「俺は何でもいいぜ。よーするにゴルトと全面戦争ってこったろ。燃えるわあ」
欠伸まじりの呟きだった。
その傍らで、セルも頬杖をついたまま頷いた。
「悪くねえな。俺らも地上に『力』を示すいい機会だ」
彼の背後にそびえる窓からは、大蛇がこちらを覗き込んでいた。
その目にぎょっとしながら、シェリルも「あたしも!」と声をあげた。
「あたしも、いいやあたしらも、帝王の味方だ。ハインリッヒは、長い間帝王を待ってた。……だから、共に戦うことを許してほし……ください」
ぺこり、と頭を垂れて、彼女はそう呟いた。
ハイゼットは少し目を丸くしたあと、「ああ、そっか」と頷いた。
「皆でやるんだったもんね。俺一人が前じゃダメだった」
「……おまえ……」
「皆で並んで戦おっか。そうだ。俺、ずっとデスの隣でちゃんと戦いたかったんだった!」
ハイゼットの脳裏には、アマテラスが浮かんだ。
みんな。
みんなでやりなさい、と彼女はそういったのだ。
すでに南も東も、協力を取り付けてある。
西は魔王がいないので無理だったが、北もこうして無事に仲間になれたのだ。
(──よし)
ぐ、と柄に手をかける。
この剣は、敵を傷つけるためにあるのではない。
何かを守るためにあるのだ。それを、すっかり忘れていた。
「予定通り、合流して、ゴルトを倒す! そしてファイナル救出して、始まりも助けて、魔界を統治するぞー!」
は、とデスは思わず呆れたような笑い声を漏らした。
「欲張りだなあ、お前。ほんとに」
開き直った子供のような、少しイタズラっぽい微笑みで、ハイゼットは言った。
「いちか百かは、選べないからね!」
***
体の自由がきかない。
痛い。苦しい。怖い。辛い。
起きたくないのに無理矢理に起こされる。
意思は尊重されることなく、自分の体を『道具』のように扱われる。
(ああ、いやだ、いやだ、いやだ)
あの日声をきいてから、ずっとそうだ。
奥の奥の奥に閉じこもって今はなんとか事なきを得ているが、これが突破されれば簡単に『奪われて』しまうだろう。
必死に抗ってはいるものの、これ以上、何日もつものか。
開けたくなる瞼を、必死に押さえつける。
開きたくなる口を、必死に閉じる。
けれどもそれではもはや済まない。
ああ、これは、いつまで。
いつまで、こんなふうに──。
「……う」
嫌な夢を見た、と起き上がる。
見慣れた天井だ。
とくにこだわって作ろうと思ったわけではないのに、いつの間にか綺麗に整えられていた天井の梁模様が目に入る。
「暗、水を──」
「はい、ただいま」
名を呼ぶと、すぐに返事が聞こえた。
たたた、と廊下を走る音が聞こえてくる。
そのいつも通りがなんだかほっと安堵する材料となった。
(……いや)
頭を左右に振る。
(違う。今のは、夢などではない)
壊そうと思っていた世界のどこかから、『意識』がリンクした。
それも、一番リンクしてほしくない対象のものが、恐らくは入り込んできた。
「はい、どうぞ」
ほどなくして、彼女、暗が襖をあけて入ってきた。
彼女の手には、コップ一杯の水がのっている。
「どうされました? 珍しい。うなされていましたよ。まるで人間のように」
「……」
彼は答えずに、コップを手に取った。
ぐっと一気に喉へと流し込む。
嫌な汗は止まらない。胸に何かもやもやが詰まってしまったようだ。
(あれは、間違いなく)
ぐ、と胸のあたりを抑えて、彼は暗の方を振り返った。
「アレは」
「?」
「アレは、どうなってる。魚どもはまだ、はねているのか」
ああ、と暗は頷いて微笑んだ。
「少し濁っていますけれど、問題ありません。ぱちゃぱちゃと『跳ね回って』いますよ」
「やはりか」
「え、ちょ、どちらへ!?」
立ち上がった彼を、暗は慌てて追いかけた。
彼はずんずんと廊下を進み、とある池の前で止まった。
長いこと動きのなかった池。
くすみ、濁り、どうしようもなかったソレの前で。
「……これが、どうかなさいました?」
彼は頷いた。
「やつら、我のものに手を出したな」
「貴方さまのもの? ……まさか」
「このわずかな濁り。淀み。そうして意識のリンク。もはや一刻も放ってはおけん」
池へと、手のひらを伸ばす。
それが何を意味するのか、暗はよく理解していた。
慌てて彼を羽交い絞めのようにして止めると、叫ぶように言った。
「お、お待ちくださいな! まだ、濁りは晴れるやもしれません!」
「いいや今すぐだ!」
「どうしてそう急がれるのです! 終わった『恋』でございましょう!」
「泣いているからだ!」
彼が声を荒げると、暗はぴたりと止まった。
「アレが、泣いているのだ……。痛いと、苦しいと、つらいと! そんな目に遭わす連中は、我が……!」
言いながら、彼は膝から崩れ落ちた。
ぼたぼたと、床に黒い染みが出来上がる。
「……でも、貴方さまもそういう目に遭わせたのでしょう?」
「!」
ぎろり、と彼は暗を睨みつけた。
暗はまるで動じず、彼を見下ろす。
「それに今ここで壊してしまえば彼女もまた『死』にます。良いのですか、二度も彼女を殺して」
「…………」
「その痛み、貴方さまは背負うべきでしょう。私も一緒に背負いますから、どうか、一緒に『彼』を見守って下さいな」
彼を包み込むように、暗は抱きしめた。
そうして、その視線を池へと向ける。
「今は苦難の壁にあたっておりますが、彼はまだ、砕けていません。濁っているが、魚はまだ、いきいきと動いている」
「……ダメだったら?」
脳裏に浮かんだ『彼女』の顔は、頭を振っても消えそうにない。
もはや焼き付いてしまった。
思い出せば思い出すほど、まるで火傷のように焦げ付いていくのだ。
「その時は、共に砕けましょう。もとよりみんな貴方様より落とされた命ですもの」
ふふ、と暗は笑った。
「ですが、ええ。私も『彼』にはたくさん肩入れをしております。きっと、彼なら。最上の結果を出してくれるでしょう」
──ぱちゃん。
濁りを跳ねのけるように、魚が、跳ねる。
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