とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第六章「暴力と快楽と信仰。」

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 城から出て、街を歩く。
 人間がいない街を目にするのは初めてだが、これはこれで悪くない。
 もちろん同族というには年数が浅い若造ばかりに見えるが、それもそれで新鮮だ。
 彼と違って、この住民たちは『彼ら』を真似て作られたのだという。よくできているものだ。
 目の前の欲望に忠実で、快楽にあらがえず、どこまでも堕落の道を転げ落ちる。
 声を大にして『天から堕ちた』などと宣うものは、どこを見てもない。
 ──気分がいい。
 ここでは彼を叱るものはおらず、ここでは彼を縛るものはないのだ。
 しいて言えば、まあ、アルマロスという堕天使は制約をつけてくるが。

(ま、部下がいないってのも新鮮だし)

 彼への信仰はとうに失われた。
 眷属はもはやなく、彼にあるのは捧げられてきた生贄の甘美さだけだ。
 もはやすっかり趣味となってしまった加虐趣味も、ここでは尊ぶべき悪とされる。


「おにーさーん、遊んでいかなーい?」

「パス。俺あんたみたいのに興味ない」


 豊満な肉体の女悪魔を手で払いのけて、地下街へと続く階段を下りる。
 がやがやと品のない笑い声と会話の渦を無言で通り抜けると、劇場のような幕が下がるその入り口へとたどりつく。
 入り口の前に立っていた男は、彼を見つけると綺麗に会釈して歓迎した。


「ようこそ、贄の館へ」


 男の目元はベネチアンマスクでよく見えない。
 口元はにんまりと怪しく弧を描き、その手は幕の奥へと彼を誘った。


「グラフィンは? 竜人種のガキ、新しいの仕入れてくれるって約束だったんだが」

「生憎ですが、オーナーとは連絡がとれませんで。先日よりラインナップは増えているかと思いますが……」

「それ、調教済みってことだろ? 誰かの手が加わってるのが欲しいわけじゃねえしなあ」


 うーんと唸りながら、彼は幕の奥へと足を進めた。
 見えてきたのは、無数の檻だ。
 サーカスを思わせる広い空間に、檻が三段ほど重ねられて飾られている。
 中に入っているのは種族の様々な子供だ。
 人間から、竜人種、悪魔、妖精、女神──果ては妖怪や、改造されたような化け物まで。

(生体実験が好きなやつがいるんだっけ)

 前にグラフィンが生き生きしながら語ったことを思い出した。
 たくさんの子供を掛け合わせて『作品』を作る悪魔が、ここにはいるらしい。

(倫理観のかけらもなくて最高だ)

 とはいえ、彼が欲しいのはそのようなものではない。
 子供らしく、鳴き声をあげ。
 子供らしく、まだ助かると抗い。
 子供らしく、絶望に染まりづらい。
 そんな子が、彼に手向けられる生贄としては──相応しい。


「お」


 ふと、檻の中で蹲る少女を見つけた。
 体躯は小さく、頭からは二本、角が生えている。
 けれど片方の角は無残に半分ほど折れていた。


「ああ、その子ですか」


 男は近づいて、檻に手をかけた。
 がしゃんと鳴った音に、少女はびくりと震えて反応した。


「本当は立派な角を持った兄がおりましたので、角をとったあとは内臓をバラして売るつもりだったのです。けれど、ええ、不幸な事故で角が折れてしまいまして。こうして身売りに方向を変えました」

「へえ。その兄貴はどうしてんだ?」

「さあ? 今頃はちょうど角の収穫時期でございますから、おそらくは何処かへ切り売りされたことでしょう」


 その時だった。
 蹲っていた少女が、勢いよく立ち上がってこちらを睨みつけたのだ。


「あには、しなない!」


 彼は目を見開いた。
 震えていた少女とは思えないほど、その目にはまだ強い意志が残っている。

(これは、なかなか)

 捨てきれていないのだろう。希望というものを。
 兄が生きているという可能性にすがって、彼女は生きながらえているようなものだ。


「……じゃあ、俺がお前を買ってやろうか」

「!」

「正気ですか? 肉付きもよくありませんし、角も傷物ですよ」


 彼は檻へ顔を近づけると、その真っ赤な瞳で、少女を睨みつけた。


「俺の与える試練にもしお前が打ち勝ったら、その兄貴ってのも見つけて俺が買ってやる」

「だ、旦那様!?」

「別にいーだろ。金は払うぞ。ええと、ああ、ほら。これで」


 ポケットから、男へアルマロスから預かったカードを差し出す。
 受け取った男は、少し不満げに「かしこまりました」と頷いた。
 少女は、少し呆けたような顔で、彼を見た。
 かすかに目の前にちらつく希望に、目が輝いたのを彼は見逃さなかった。


「ただし、途中で死んだらこの話はナシだ。……耐えられるか? お前に」


 くつくつと笑う彼に、少女は、こくり、と頷いた。
 ほどなくして彼女を閉じ込めていた檻はぎい、と唸るような音を立てて開いた。
 とぼとぼと、地面を疑うように歩いてきた少女の身体を、彼は無理矢理担ぎ上げた。


「お望みであれば梱包いたしますのに」


 男は苦笑すると、預かったカードを彼に戻した。


「いらねえよ。人間じゃあるまいし」


 彼はひらひらと手を振って、贄の館を後にした。
 揺れる彼の身体の上で、少女は驚くほどおとなしく、従順だった。







***







 ゴルトは執務室で、その光を見た。
 砂漠の方から上がった、赤い光。マグマとおぼしき柱は、天を貫いて、そのあと、何処へ溢れることもなく戻っていった。

(あれは)

 確か砂漠の地下には、人知れず町があるという。
 小さな町だ。宝石類や鉱物がたくさんとれるだけの町。
 愚かな蛇が、王者を気取り、竜人種という珍しい種族を囲う町。
 王の名前すらもう忘れてしまったが、おそらくは何かが起きたのだろう。


「よそ見されては困りますなあ、ゴルト宰相」


 とんとん、と机を叩く音へ視線を向ける。
 応接ソファの上には、片腕を失ったドクトールと、その声の主が座っていた。


「片腕でも頑張って成果をあげたドクトール博士に失礼ですぞ」

「……グリード」


 青紫の髪を撫でつけながら、彼は「ふふ」と笑みをこぼした。
 もっとも、その顔が本当に笑っているのかは定かではない。
 その顔には真っ白な仮面がつけられていて、表情はおろか口元さえ見えなかった。


「帝王に逃げられ、計画は頓挫寸前。そんな貴方を助けるため、僕が手を貸しているんですよ」

「どうだかな。体よくお前の実験に付き合わされているだけの気もするが」

「その結果お前が望むものを得られるのだとすれば、それでもよいでしょうに」


 ゴルトは、はあ、とため息をついた。
 この態度は昔から変わらないものだ。注意したところで無駄なことは理解している。


「それで、アレはどうだ? 目が覚めそうか?」


 ゴルトがそう尋ねると、ドクトールは目をらんらんと輝かせた。


「ええ、ええ! おそらく一週間以内には目覚めるでしょう。電流に肉体が反応を示しております」


 彼はそういうと、いくつかの書類を指さした。
 そこにはバイタルが記されており、彼女がいまだ生きていることが示されていた。


「氷漬けにされた『始まり』を見つけるなんて、宰相も悪運の強い方です」

「他人行儀はよせ、グリード。お前にそう呼ばれるたびに虫唾が走る」

「おや。礼儀を大切にしたまでなのですが」


 ゴルトは書類に視線を落とした。
 そこには確かに、氷から解放され、生身となった『始まり』がある。
 意識こそないものの、彼女は今や彼の手中にあった。


「彼女さえ目覚めさせれば、ここは更地に。あとは我らが望むままに、世界を書き換える」


 ふふ、とグリードはとても楽しそうに笑う。


「いいですねえ、貴方との遊びは本当に、いつだって刺激的で僕の実験がはかどります」

「それは結構。私は別に、目的さえ果たせればもはや、何でもいい」


 現在、帝王を追う手は止まっている。
 東魔界で夜叉を暴走させ、もろとも始末する手段は失敗におわり、手駒すら奪われた。
 減った手駒は直前に増えた手駒で何とか補充ができたが、もはやむやみやたらに手駒を減らすことは許されない。


「彼女を制御する装置の方はどうなっている?」

「そちらは多少難航しております。せめて終焉のデータがあれば、参考になるのですが」

「ふむ……」


 確かに彼にとっても、終焉は鍵だ。
 もはや帝王などなくても構わないが、やはり終焉は手に収めておいて損はない。


「アレックスの者を差し向けましょうか? 誘拐ならお手のものですよ」

「いや」


 グリードの提案に、ゴルトは首を横に振った。


「帝王と死神、この二つがある以上、どんなものを送っても損失につながる」

「ずいぶんと過大評価してるのですね」

「お前こそ珍しく過小評価ではないか」


 じ、とゴルトがグリードを睨みつけると、グリードも仮面の下で押し黙った。
 沈黙を破ったのは、ドクトールだった。


「へ、兵が噂してましたが、帝王たちは、各地の魔王を味方につけて歩いているとか」

「各地の魔王を? また面倒なことを」


 グリードは呆れたような声を出した。
 真っすぐここまで乗り込んできて、ゴルトを倒し、『帝王だ』と宣言して玉座に座る。
 彼がなすべきことはそれだけだ。
 たったそれだけで、とくに説得などしなくても魔王たちはそれに応じるだろう。
 だというのに、わざわざ歩き回るとは。


「ええ。それで、今は『北』に向かっている、と噂が」

「北」


 にんまりと、ゴルトが笑った。


「それは無謀だ。北は、あの堕天使が魔王になった」

「おや。前任者はクビですか」

「快楽に呆けるクズだったからな。もとより使い物になっていなかった」


 吐き捨てるような物言いに、ドクトールは確かに、と頷いた。
 北魔界が無法地帯に近いのも、前任者の功績だ。
 彼は魔王を名乗ってはいたが、統治などという行為は一切しなかった。


「では、堕天使に命じて終焉を奪うというのはどうです? 彼なら労せずそうできるでしょう」

「どうかな。あれもあれでまた、戦闘能力という点では低い」

「ですが頭はきれるでしょう。それこそ、我々すらも手駒としている可能性すらあります」


 グリードの言葉に、ゴルトは初めて頷いた。
 それはその通りだった。
 彼は、ゴルトたちとは生きてきた年数が違いすぎた。
 この世界ができる遥か前から、彼は悪と善とそれ以外が渦巻く世界を知っている。
 何故この魔界に来たのかは聞いたことがないが、その悪知恵はゴルトらをゆうに出し抜くだろう。


「ですから、早いうちに始末を」


 グリードは立ち上がると、ゴルトのすぐ目の前まで歩み寄った。


「余所者と遊ぶのもよいですが──、ここは、我々の『もの』でしょう?」

「……嫉妬か?」

「ええ」


 くすくすとグリードが笑うと、ゴルトもまた笑った。
 それから、「いいだろう」と指を鳴らす。


「私の部下をいくつか持っていけ。あの刀を帝王は防げるようだが、他はそうではない」

「助かります。ではドクトール博士、あれも使ってみましょう」

「! ……はは、いいですねえ。いいデータがとれそうだ」


 ドクトールはにんまりと笑うと、なくなった腕の袖をぱたぱたとさせた。
 それは彼にとっての自信作だ。
 たくさんの奴隷を買い、能力を買い、混ぜ込んで、埋め合わせたキメラ。
 グリードとの、共同制作物。


「ではさっそく、準備してまいります!」


 飛び上がり、廊下を走っていくドクトールの姿を、グリードは微笑ましそうに笑みをこぼして見送った。


 
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