とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第三章「天の国の御伽噺。」

03

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 ──それは、とある三柱の神さまが、十の柱を生み出した後の話。
 彼らがその大海原に島を創り上げるのをこっそりと見届けた後、一柱だけは、西洋へと足を向けた。
 姿かたちをその場にあわせてつくりかえて、彼は西洋のあらゆる存在に会いに行ったのだ。
 そこで彼はさまざまなものを見た。
 悪魔、天使、死神、女神、妖精、魔物──果ては、自分と似た存在まで。
 彼はそれらが欲しくなった。
 自分に似せたかたちのものはたくさん作ったが、そんなものは思いもよらなかった。
 行き場をなくしたそれらに、桃源郷をつくると声をかけて回り、彼は大急ぎで仲間の元へと戻った。
 そうして、彼は残り二柱の神さまに声をかけた。


「もう一つ世界を作ってみよう。住民には心当たりがあるし、いろんな形を学んできた!」


 彼はそういって半ば強引に二柱に協力させると、一つの世界を作り出した。
 あらゆる存在を許容する世界。
 あらゆる事象を許容する世界。
 あらゆる善悪を許容する世界。
 のちに、『魔界』と呼称される世界である。





「じゃあ、魔界はここで造られたってこと?」


 感心するようなため息と共にハイゼットがそう尋ねると、アマテラスはこくりと頷いた。


「ええ。もちろん私は関与していないけれど。私のお父様を作った存在だもの、お会いしたこともないわ」

「すげー……」


 まるで子供が授業を受けるときのように素直な感銘に、デスは少しあきれ顔になった。
 普通は信じられない、とか。もう少し茫然としたっていいのではないだろうか。
 少なくとも自分には、そういった実感はわかなかった。
 ここにいる連中が、自分たちそのものを形作った、などと。


「魔界をつくったあと、彼はそこにしばらく住み込んだそうよ。そうして色んな存在を呼び寄せ、つくりだし、生み出し──七つの存在に、管理を任せることにした」


 一つは『始まり』。
 それをなくして世界は呼吸を始めなかった。
 一つは『希望』。
 それをなくして世界は前へと進めなかった。
 一つは『暗闇』。
 それをなくして数多の存在はそこに溶け込めなかった。
 一つは『虚無』。
 それをなくして命のリサイクルは不可能だった。
 一つは『絶望』。
 それをなくして世界の猛進は止まらなかった。
 一つは『破壊』。
 それをなくして新たなものは生み出されなかった。
 一つは『終焉』。
 それをなくして世界を終えることはできなかった。

 ありとあらゆる価値観の共存。
 ありとあらゆる善悪の混同。
 ありとあらゆる存在の結託。
 そこはすぐに『混沌』へと堕ち、秩序のない、暴力的で自由な世界へと成り上がった。


「彼の目には、それがとても醜く映った。そんなものが作りたかったわけじゃなかった」


 興味は失われたが、存在を引き込みすぎて大きくなった世界は彼だけではとても消すことはできず。
 代わりに、彼は一度は形を与えた七つの存在を一度皆殺しにして、全員を眠りにつかせた。
 そうして一つのシステムをくみ上げる。
 始まりが目覚めれば『新たな世界』が始まり、その後始まりは眠りにつく。
 一定の期間後、終焉が目覚め、『その世界』が終わり、入れ替わるように、始まりが目覚める。


「そうすることで少しでも醜い世界が早めに区切られるようにした。彼の作ったものが他の世界からはいった存在の影響をうけて醜くなっても、一度終われば彼らだけはまた真っ白に戻る」

「それって、他の存在たちは世界が終わってもそのままってこと?」

「ええ。彼らは一時的にそこを追い出されるだけ。その後また自由にそこへと戻ることができるわ」


 じゃあ、とハイゼットが片手をあげて呟いた。


「もしもそういうやつらが魔界を掌握したい、て思ったら、一度世界をリセットすればいい、てこと?」

「そういう計画もあるでしょうね。でもそうはいかない。彼は魔界を他の手には渡したくなかったから、もう一つ重要なシステムを組み込んだ」


 アマテラスはす、とハイゼットを指さした。
 そうして、にっこりと笑った。


「貴方のことよ。つまりは、帝王」

「俺……」

「魔界の掌握は帝王の他には成せない。そういう世界にした。そうして帝王は銀髪に銀の目を受け継いだ者のみが引き継げる」


 ハイゼットは小首をかしげた。
 どうにもその部分だけが、漠然としていて理解できない。


「ねえ、それってさ、どういうことなの? 帝王になるって、何か儀式でもあるの?」


 ハイゼットだけではなく、ファイナル、デス、ゼノン、フェニックス、エターナルとすべての視線がアマテラスに集まった。
 しん、と室内が静まり返る。
 アマテラスは一瞬瞼を伏せると、間を開けてカッと見開いた。


「とくにないわ」

「「ないのかよ!」」


 デスとハイゼットの声が重なる。
 二人はそろってずっこけていた。


「いや本当にないのよ。とくには。魔界全土に『帝王だ!』って宣言するくらいかしら」

「そんなバカな……。なんかこう、特別な力に目覚めたりとか」

「ないわね。大体それならもう貴方はとっくに目覚めているでしょう」

「へ?」


 自分を指さして呆けるハイゼットの隣で、デスとファイナルは「ああ」と頷いた。


「あれだな。あの原理のわからん防壁張ったとき」

「ああ。あんな魔術は見たことがない。詠唱なし、予備動作なし。まるで固有能力のようだった」


 彼らが指すのはゴルトとの対決のことだった。
 彼の部下の刃を受け止めた防壁。
 それどころか部下そのものを空中で囲み捕え、ゴルトの放った強力な広範囲攻撃魔法も、あっさりと受け止めた。


「あれは……その、必死すぎてよく覚えてなくて……」


 ポリポリと、ハイゼットは少し照れながら頬をかいた。


「まあ、お前の固有能力が『それ』てこともあるが。実際いまだにどれがそうなのかわかんねえし」

「そういえば俺ってそういうのないね……みんなあるのに」


 デスはその名の通り『死』を。
 ファイナルは炎の制御を。
 フェニックスは治癒を。
 エターナルはマグマの制御を。
 魔界に生まれ落ちた悪魔や存在は、等しく固有の能力を持つ。
 多いものだと二つの能力を持ち合わせる、そんな存在もいるらしい。
 けれどハイゼットには小さいときからそれはない。
 思えば、兄も姉も、そういった片鱗は見せなかった気がする。


「どうあれ能力制限をうけたままそんなことができる、ていうのは異常よ。まるで奇跡のような所業だわ」

「こ、これは褒められてる、よね?」

「ええ。褒めてるわよ」

「やった!」


 まるで子供である。


「とにもかくにも、まずはゴルトを打ち倒して、帝王城を掌握し、貴方こそ『帝王』であると宣言することが重要ね」

「いうだけなら簡単にできそうだけど」

「いや」


 デスは首を横に振る。
 そうして、「そんな簡単なことじゃない」と続けた。


「本格的に掌握するとなれば、こっちの戦力が足りねえ。あいつは仮にもオスカーだ。手駒なら多く持ってるし、コネもある。戦争ができるってこった」

「せ、戦争って」


 少し怖気ついたようなハイゼットの顔に、ぺし、と手刀を振り下ろす。


「戦争なんだよ、これは。俺らが欲しい世界を勝ち取るんだ。生存戦争にほかならねえんだ」

「でも、戦争って誰かが死ぬし」

「死ぬだろうよ。少なくともゴルトはな。話し合ってどうにかなる相手じゃねえんだ」


 そんなことはハイゼットもわかっているつもりだ。
 あの時は間違いなく殺そうと思った。
 逃がさない、と判断した。
 けれど今はどうにも、そういう気が起きてこない。


「貴方たちはまず魔界にいる魔王たちを説得して、味方にした方がいいかもしれないわね。六大家が味方につく、という展開もあるかもしれないし」

「六大家って、あの魔界に古くからいるっていう?」


 何度かのリセットを、彼らは遠くの世界へ避難することで生き残り。
 魔界の掌握を目指して、一時はその勢力を競い合った。
 もっとも、帝王制度の導入により、その努力もあっさりと水の泡になってしまったが。


「魔界全土を渡り歩いて、味方をつけて。それから敵の居城に攻め込み、打ち勝つ。戦の基本よ」

「アマテラスもノリノリじゃん……」

「そりゃね。いい? 帝王は一人でなんでもできるかもしれないけれど、それじゃダメなのよ。どんな権力者も、周りの確固たる協力があってうまくいくの」


 せっかく打ち取った平穏を、誰かに奪い取られたくないでしょう? とアマテラスはつづけた。
 確かに、とハイゼットは頷いた。
 それはそうだ。どれほど頑張って打ち取った平和でも、何年かして奪い返されるなら意味はない。

(デスと、俺と、ファイナル。ここにいるメンバーでも、もしかしたら打ち勝てるかもしれないけど)

 それじゃ意味はないのだ。
 魔界全土の信頼を勝ち得て、誰も彼もが彼を『帝王』だと認めてさえいれば。
 そうしてたまに沸き起こる謀反や反乱を、もし帝王が流血なくおさめることができれば。
 そうすれば、平穏は長く続くかもしれない。

(夢物語かな)

 ぎゅ、とハイゼットは自分の拳を強く握りしめた。
 けれど、それを成し遂げる他はない。
 そうじゃなければ、またいつか。
 自分たちの代が終われば、誰かが同じ目に合う。
 誰かが自分たちと同じように、無理矢理に離れ離れになり、泣く泣く殺し合い、命を奪われる。


「俺はお前についてくぜ。お前らが安心して暮らせるなって思うまでちゃーんと見届けてやるよ」


 デスが、ぽん、とハイゼットの肩に手を置く。


「もちろん僕もだよ。帝王城で自由に暮らせるって最高だしねえ」


 ゼノンが、ハイゼットの腰のあたりに後ろから抱き着いた。


「無論、俺もだ。お前には何度も救われた。お前が許す限り、隣にいよう」


 続けて、ファイナルもハイゼットが握りしめた拳に、手を重ねた。
 温かかった。
 その温かさに、拳は緩む。
 そうして、開いた手のひらは、ファイナルの手をぎゅっと握った。


「やろう。みんなを巻き込んで、説得して、──みんなで、笑いあう世界を勝ち取ろう」


 銀の目が、真っすぐにアマテラスを射抜く。
 彼女はとても満足げに笑みをこぼすと、すっと立ち上がった。


「送っていくわ。本当は私も、もう一度貴方たちの冒険に付き合いたいところだけれど」

「いいよ、一緒にきても」

「いいえダメよ。前の件、お兄様にバレてるの。次やったら許さないって言われてるわ」


 かわりといってはなんだけど、とアマテラスはフェニックスとエターナル、ゼノンを指さした。


「彼女たちをここで預かりましょうか。ここならゴルトの手は届かないし、決戦の際には送り届けてあげられるし」

「そう、ですね。私はともかく、エターナルはまだ子供ですし……」


 フェニックスはいまだ眠りこける妹の頭を優しく撫でた。
 彼女なりに、これからいく情勢を理解してのことだった。
 しかし、ゼノンは「いや!」と声を荒げた。


「僕はいい。お父様はきっと僕がいなくなって大激怒だからね。僕がいた方が、東魔王攻略は絶対ラク」


 と、ハイゼットの腰にぎゅっと強く抱き着きなおす始末である。


「でもゼノン、戦えないのに大丈夫?」

「平気だよ。これでも護身銃は持ってる。それに、いざとなったら帝王サマが守ってくれるでしょ?」


 にたにたと笑うゼノンに、ハイゼットはため息をついた。
 デスへ視線を向ける。彼も「抗議しても無駄」と目で訴えていた。


「じゃあ、俺たち四人で行こう。まずは、東魔王から説得だ!」

「はいはい」

「ああ」

「さんせーい!」


 まるでいつかの夏の冒険のように。
 無邪気な声があがって、彼らは立ち上がった。
 その顔にはもはや迷いはなく。その顔にはもはや後悔もなく。
 どこかすっきりとした、青空のようだった。

(ああ、本当に。気持ちのいい奴らだこと)

 なんだか眩しい気がして、アマテラスは目を細めた。
 太陽を司る自分が、眩しいと感じるなんて、なんて皮肉だろう。
 不具合もいいところだ、とは思うが、決して不愉快ではないのだ。

(──いつか)

 いつか、魔界が正式に認められて。
 自分も、彼らのもとに自由に遊びに行けたらいいのに。
 そんなことを思って、アマテラスは襖を開けた。
 屋敷の廊下から見える空は高い。雲は消え去って、一面の真っ青がそこに待ち受けていた。


 
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