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17:覚悟の話。
しおりを挟むしゃあああああぁぁぁん――………。
涼やかな音と共に、一瞬。
黒い軌跡が残った。
「ぐっぬう!?」
「!」
わたしは、迷わずに。
赤い悪魔の手を、切り落としていた。
そのまま天沼矛を抱える。
「これは、返してもらいます」
わたしの目の前では、すでに満身創痍の、わたしのカタキが座り込んでいた。
今ならば、殺せる。
――しかしわたしの腕は、動かない。
ワイヤーでぐるぐるされているから……ではない。
「……わたしにはよく事情がわかりませんが、貴方を許したわけではありません。いつか必ず一泡吹かせて差し上げますが……、今はその時ではないでしょう」
冷静に、考えて。
思ってしまったのだ。
ロウたちにとって知り合いのこの悪魔を、わたしは殺していいのだろうか、と。
じじいには悪いが、そんなことは、じじいも喜ばないのではないか、と。
自己満足ではないか、と。
「――甘いな。甘すぎる。某は……」
「そこは素直に一度頷いてから不意打ちせねば意味がないぞ愚息」
「!」
唖然としていた悪魔の表情が、一変。
「ぐふッ!」
脇腹に、強い衝撃。
さすがに少し吹き飛ばされて、わたしは吐血した。
「トラコ!」
ロウの声が、遠くで聞こえる。
ぐっと身体を起こして視線をあげると、わたしのカタキの顔が不意に視界に入る。
その表情は、曇っていた。
それで改めて確信する。
ああ、こいつだ。
こいつさえ倒せれば――、今の驚異は、去る。
口の端から出た血を、手の甲でぬぐって、わたしは体勢を立て直した。
「その天沼矛をよこせ。さもなければ儂の能力でこの場にいる全員の脳、破壊するぞ」
「―――!」
それはとてつもない脅迫だった。
わたしは、しっかりと、赤い悪魔の目をみる。
野心に燃える、無表情。
そのどこか余裕な表情が、気にくわない。
「……天沼矛は、渡せません」
「何?」
ぴくり。赤い悪魔の片眉があがる。
「この地の守り手として、渡せません。また、蘆屋虎子としても、そんなことはさせません」
ぐっと、天沼矛を握った。
鬼切を床に置く。
ちゃんと対峙すると、わずかに身体が震えた。
なるほど。――確かに、これは、『恐怖』だ。
「……トラコ。……トラコだけは、俺が、守る、から」
「……ロウ」
不意に、ロウがわたしの隣に立った。
よくみれば、顔色は真っ青で、身体もわたしより震えていて、かっこわるくて。
でも、代わりにわたしの震えは、止まった。
ああ、本当に。
本当にこいつは、いつだってわたしを、安心させてくれる。
「貴方のような、仲間を顧みない悪党は、わたしが許してもわたしの中の正義が、許しません」
「仲間? ……ああ、なるほど。誰のことをさしているのかと思えば……。儂の手駒のことか」
赤髪の悪魔は、嘲笑うように、視線をスーツの男がいた場所へと向けた。
それから、わたしのカタキにも、向けた。
そしてそれは、銀髪の悪魔にも、鳩の悪魔にも、向けられる。
「仲間とは弱者の使う言葉よ。一人では何もできぬ臆病者が使う言葉よ。お前たちか弱い人間には、ふさわしいな」
くくくくくっ、と嫌みに笑った。
ああ、なんて最低なのか。
どこまで最低であれば、悪魔なのか。
しかしそれがロウと同じ悪魔だとは、ロウたちと同じ悪魔だとは、わたしの『仲間』と同じ悪魔だとは、思いたくはない。
それは多分。
人間が人間を否定する気持ちと、同じだ。
「確かに人間はか弱い存在でしょう。……しかし貴方もまた、弱い存在ですね」
「……何?」
嘲笑うようにいったわたしに対して、赤髪の悪魔は眉をひそめた。
「手駒なんていう表現をしなければ、非道なことができないのでしょう? 悪役ぶれないのでしょう? まったく滑稽、お笑いぐさです。……本当に強いヒトは……なんて、どこぞの主人公みたいな、馬鹿みたいなことは言いませんが……」
そこで、わたしはいったん、言葉を切った。
じじいを、思い出す。
昔を、思い出す。
わたしに残された、じじいからの教え。
鬼切からの教え。
ガッコウではなく、勉強ではなく。
ただ、ヒトとして在るための。
強者として、在るための。
「……弱きを守り、強きを砕く。――そんなヒトのことを、本当の強者というのですよ」
自分よりも弱い者を虐げる必要はない。
容易に勝てる存在を相手にする必要はない。
しかし、誰かを守り。
自分よりも強い者に、平然と挑んでいく。
そんな姿を――少なくとも。
この『国』では、――『英霊』と呼ぶ。
「仲間がどうだとか、手駒というだとか、そんなくだらないどうでもいいことを言っている貴方は、その時点でそのへんに落ちているゴミと一緒です」
知識を持っていても、それを活用できない者は、武士道では当然のことのように蔑まれる。
ましてやそれをひけらかす者は、もっとも醜い。
わたしは日本国民として、怒りを持って、対峙した。
と、刹那。ぽんっと胡散臭い音と、煙の後。
鬼切が人型となって、わたしの少し前に、立った。
「――全くそのとおりだ。去れ悪魔よ。貴様にもはや勝ち目はない。悟るがいい」
最後の、わたしの、保護者にして――師匠。
ひげ面よりも、遙かに頼りになる、師匠。
続いてバロックさん、ロウ、ルイスさんたちも、並ぶ。
「………」
赤髪の悪魔は、ぐっと押し黙ったままだった。
何も返してこない。
一体どうしたというのかわからないが、とりあえずわたしは睨み付けておくことにした。
「あはは。もしかしておじさん、何も言い返せないのかな? そうだよねえ、だって事実だもんねえ。あの甘々な父さんにだって勝てないし」
…………。
……………。
青い髪の少女の声に、またしばらくの静寂。
銀髪の悪魔が見かねて赤い悪魔のとなりに並んだ。
「いやー、まいったねえ。さすがに分が悪い」
「……」
赤い悪魔の方はやはり無言で答えた。
「ま、しかたないよ。ここは退こう。Alphestと、兵器と、この子たち相手にできるほど、今は暇じゃないでしょ」
「……ふん。仕方在るまい」
銀髪の悪魔の、説得するような口調に、やがて赤髪の悪魔は、ため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちだ。
「ロイズ。こい」
「は、はい……」
赤髪の悪魔は、単調な口調で呼んだ。
呼ばれたカタキの方は、なんとか身体を引きずると、赤髪の悪魔の方まで移動した。
三人の悪魔が、並ぶ。
ちなみにシャクスはもはや姿がみえなかった。
……あとでミュウにきいてみるとしよう。
まあ、なんとなく、どこにいるかは検討がつくが。
「小娘。その刀も、天沼矛も――、そして、貴様自身も。いずれもらい受けにくるぞ。この『支配者』、アドルフ=オスカーがな」
やけにラスボス面して、悪魔たちは。
霧のように不確かに、すうっと、消えた。
残ったのは、部屋の残骸。
めちゃくちゃになった展望台フロアだけだった。
いや、正確には犬神家状態のスーツの男もいたりするが、まあみんな無視のようだ。
「………」
少しの沈黙。
打ち破ったのは、気まずそうな顔をしたロウだった。
「……だ、団長? これ、どうす……」
「ではみなさん、帰りましょう!」
「団長!? ちょっと、ダメだよそのままは! これ一応公共のものだからね!? せめて直してから帰らなきゃ人間たちが可哀想……」
「うるさいよロウくんー」
「あべし!」
なにはともあれ――、危機はあまりにあっさり。
去ってしまって。
わたしは、晴れて。
「……ふう」
柚原神社神主と、なった。
◇◇◇
……ちなみにちょっぴり蛇足。
岸辺とかいうエレベーターで待機していた男と、スーツの高木とかいう男は、とりあえず病院に送られた。
実際何もしていなかったはずの岸辺も、その部下も、その後走って帰って行った、フォードとかいう、青い髪の女の子にフルボッコにされたのだという。
……どっちが悪役か、さすがに本気で悩んだ。
……が、勝ったわけなので、とりあえず、お決まりのようにわたしは、長らくやっていなかった賞金強奪をした。
岸辺と高木のポケットに入っていた財布は、わりとふくれていたので、フォードちゃんとメルアド交換をするついでに、山分けした。
うーん、まーべらす。
「台無しだよ!! せっかく綺麗な終わりだったのに!」
「黙れー♪」
「いたたただたただだだだ! ちょっ、手加減、手加減をお願いします兵器さ……ぎゃああああ!」
「兵器だなんて失敬な。おれは普通の女の子だよ」
とりあえず、ロウもしばらく、寝込むことになった。
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