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15:総員殴りこみ。
しおりを挟む天沼矛が奪われてから、一日が経過した。
いまだ世界に異変はないものの、函館部分的には、悪魔や妖怪、悪霊がふきだまるといった弊害が起こっていた。
それについては大変遺憾だが、ひげ面がなんとかしてくれるらしい。
だから、わたしは。
「……」
どこから持ってきたのかはわからないが、今朝一番で、ルイスさんが持ってきた巫女衣装を身にまとう。
改めて鬼切を携える。
ポーチの中身は、振り袖の中へとしまった。
あとは。
「――さて。いきますか」
守り手が持つにふさわしい、首飾りを、奪い返しにいくだけだ。
あれがあって、初めて、守り手の資格を、得るのだから。
ついでにじじいのお宮参りも含めてやろう。
そっと、バロックさんから借りた部屋の扉を開けて、外へと出る。
これはわたしの戦いであって、FAITHは全く関係ないことは、わたしが一番理解していた。
函館の守り手である、わたしの戦いだ。
だから、……巻き込むつもりは、ない。
「……なんか、いろいろありましたね」
サーカスを前に、わたしは回想にふけった。
初めてここに来たときは、あまりに静かでサーカスそのものの存在を疑ったが……。
ていうかわたしがここに入ってからというもの、一度も公演なんて見ていないが……。
しかしここに来なければ、ロウには会わなかった。
じじいのサボテンを壊さなければ、ロウには会わなかったと思う。
将来が定まっていなかったわたしは、もういない。
もう必殺シゴト人も、始末屋も、どうだっていい。
ただ。今は。
「こらこらトラコー。置いてくつもりー?」
「!」
回想中に、ロウの声がした。
背後をばっと振り向くと、やはり、ロウだ。
しかし、ロウだけでは、ない。
「私もお手伝いします、虎子ちゃん。……意外に役に立てますわ」
「とら姉! ぼくの力っ、みせる時がきたね!」
「相手は私の知り合いでもありますので……、微力ながら、協力させていただきましょう♪」
ルイスさん。
ミュウ。
バロックさんが、同じように立っていた。
ああ、なんで。
迷惑を、かけないように、黙って出てきたのに。
「トラコ。君は一人じゃないよ。オレもいるし、ほら。もうみんな仲間なんだから」
情けないくらい、嬉しいわたしがいる。
そこにシャルルがいないことは、とりあえず黙っておこう。
まるで少年漫画みたいな展開で、どこか嘘みたいな展開で、まるでわたしが主人公みたいで。
ただでさえ地に足がついてないような気がまだしているのにさらに血潮が熱くなる。
鼓動が早くなる。
……しかし、気持ちの悪い鼓動ではない。
「何回も言ったでしょ?」
「……そうですね」
ロウが笑った。
わたしも、つられて、笑った。
「しかし似合ってますねトラコさん」
「……ありがとうございます」
わたしの巫女服をみつめてから、バロックさんは少しご機嫌な様子でわたしの隣に並んだ。
続けてロウも、ルイスさんも、ミュウも、わざわざ、横一列に綺麗に整列する。
本当に……物好きな悪魔たちだ。
神主に味方する悪魔なんて……まったく。
日本らしいというか。なんというか。
神父に味方する悪魔なんて、きっといないから。
なんとなく――日本でよかった、と思う。
「では行きましょうか皆さん。蘆屋一家のお礼参り、いざ出陣です」
………。
…………。
…………。
「……で、どこに行くんですか?」
正直気持ちは先走っていたが、目的地まではよくわかっていなかった、わたしだった。
「すっごい不安なんだけど!」
とりあえず、ロウには一撃お見舞いした。
時刻はお昼前。
まだばりばり午前中の、五稜郭。
高くそびえたつタワーの前に、わたしたちは立っていた。
「本当にここで間違い在りませんね、ガキ」
『もちろんだ。確かにやつらがここに入っていくの、みたぞ』
サーカス前で途方にくれていたわたしたちの前に現れたのは、以前わたしと仲良くなったガキだった。
ショートヘアの小学男児みたいな外見をしたガキは、目つきだけがとてつもなく悪い。
「しかしよくみていましたねえ。私も正直、足取りが全く掴めなくて参っていたのですが」
バロックさんはふむ、と唸った。
こうして前に立っていても、そういう気配はまるでしないのだという。
まあ、わたしもそういう気配はわからない。
ただ、このへんが、いやにぴりぴりすることくらいは感じているが。
『……あいつらと俺は、知り合いだったからな。考えていることくらい、なんとなくわかるさ。それに俺のところの仏像が張った結界だ。わからないわけがない』
「 oh, そうでしたね」
あれ。結界なんて張ってたんですか。
じゃあこのぴりぴり感は……、多分そういうことなんでしょうと、わたしはこの感覚を記憶した。
「では今度こそ参りましょう」
それから、すっと扉へと手をかける。
「ちょっ! ストップ、ストオオオオップ!」
再びロウの声が響き渡った。
まったく、うるさいやつです。
「普通真っ正面から入るかな!? 絶対おかしかったよ今の流れは! なんか普通に、観光客みたいに訪問しようとしてたでしょ!」
「なにがおかしいというのですかロウ。わたしは間違っていません。殴り込みというのは、正面突破をさします」
いいつのるロウの言葉を遮って、わたしは扉を押し開けた。
わりと堅かったが、問題はない。
ぎいいい、と音がして重厚な扉が開く。
「―― 『雹撃』 」
「だからちょっとまってえええええ!」
開いた瞬間に、わたしは法術を発動させた。
ロウの声はとりあえず無視だ。
ずばばばばっばばばっと無数の氷の槍が入り口から中に向かって放出される。
「……oh, 容赦ありませんね……」
バロックさんの苦笑いをするような声がきこえて、わたしはバロックさんにニコリと微笑みかけた。
むろん、バロックさんも笑顔で返す。
「さあ行きましょう。目指すは最上階です」
内部は先ほどの法術に直撃したと思われる人々で、血まみれに装飾されていたが、気にしないことにした。
犠牲はつきものだ。
ハリウッドスターなんて当たり前のように人殺すし。
「……どっちが悪魔かわからなくなるよ……」
「なにかいいましたかロウ」
「い、いいえ何も!」
周囲に警戒しながら、わたしたちは手近にあった階段を上りはじめた。
……エレベーターは使えそうにない。
雹が思い切り突き刺さっている。
まあ、お決まりの展開なんだけれど……。
うーん、少しミスったな。
階段を登り切ると、そこは一つの大きな部屋だった。
展望台だ。いわゆる。
しかし驚くことなのはそれよりも、ここにくるまでの間、トラップらしいトラップも、はたまた警備員でさえも、まるでいなかったということだった。
これはもしかして……ギャグか? と思わせるほど、本当にだめだめな警備体制だ。
拍子抜けしたらしいロウが、ほっとため息をつく。
そんなロウは放っておいて、わたしはすたすたと中に入っていく。
「……おや。エレベーターは使わなかったのか。ふむ……。予想が外れたな。せっかく岸辺をエレベーターに向かわせたというのに」
「!」
ふいに声がして、わたしは思わず身構えた。
部屋の奥。
スーツを着た男と、もう一人。
「……ここまできたか」
じじいのカタキが、立っていた。
「まさかエレベーターを使うと思って、実は手下をそこだけに集中させたとか、そういいたいんですか? 強がりもいいところですね。ギャグにもなりませんよ」
「……そうだな。まったくだ」
わずかな沈黙の後、スーツの男は無表情で呟いた。
チャキッと、鬼切を、握る。
なんてことだ。結果オーライだったなんて。
「さあ、覚悟はよろしいですか? 天沼矛は――、返してもらいます」
言葉に、威圧を。
圧倒を。
恐怖を。
畏怖をのせて、喋る。
正直誰かはわからなかったし、、みたこともない人物だったがとりあえず敵だろう。
となりにあの、じじいのカタキである悪魔もいるし。
「――ッ! や、やれ!」
「……承知」
焦ったように、スーツの男は叫んだ。
どうやら言ノ葉、できているようだ。
では、あとは、試すだけ。
「再び某の前に、のこのこと現れるとは……。しかしもはや手遅れだ」
ひゅん、とワイヤーの張る音がした。
「……この匂いは……、オスカーですわね」
ルイスさんがぽつりと呟く。
そういえば前もハインリッヒだの、オスカーだのいっていたが……詳しいことをきくの忘れていましたね……。
後できくとしましょう。
「全員まとめて縛り首だ」
ぐっと、悪魔はワイヤーを引っ張った。
……が。
「それは先走りすぎですヨ♪」
「! 貴様……!」
先に動いたのは、バロックさんだった。
わたしが抜刀するよりも、動くよりも、早く。
マントから無数の刃物を出現させて、ワイヤーを細かく切断していく。
ついでにさらにマントを翻して、
「わん、つー、すりー!」
大きな鉄槌を、悪魔に向けて放った。
……あ。その悪魔……わたしの獲物なんですけど。
「砕けよ」
刹那、きいたことのない声が響き渡った。
それは確かに男性の声だったが、どこか中性的な声に近い、軽やかな、声。
声と同時に鉄槌はバラバラに砕け散ってしまった。
何が起きたのか、まったくわからない。
「……おやおや。やはり貴方もこちらにいましたか」
「久しいなAlphest」
バロックさんの、視線の先には。
赤い髪をした悪魔が、ただ、立っていた。
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