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11:砂漠の雨。
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ひどい雨音で、シャロンは目を覚ました。
叩き付けるような音に、ハッとして入り口をみると滝のように流れ落ちる様が見てとれた。
スコールというやつだろうか。この砂漠に、こんなものが降るなんて。
これでは外に出るわけにもいかず、シャロンは起こした体をぼふっとモレクに戻した。
「……どうした」
「雨。もうすごいのよ。まるでお盆から水をひっくり返したみたいに!」
目をまるくして訴えるシャロンに、モレクも入り口へ視線をやった。
確かにまるで滝のような光景がそこにあった。
流れ落ちる雨は入り口から入ってくる様子はないものの、雨から逃れるようにして砂漠の生き物がのそのそと雨宿りに訪れていた。
昆虫類からラクダまで、さまざまな生き物がこちらの様子をうかがっている。
シャロンはそれに気がつくと、体を飛び跳ねさせるように起き上がって彼らに駆け寄った。
叩きつける雨の中に出て、彼らを中へと促した。
「さあ、はいって! 冷たい雨だから長く打たれてたら死んじゃう!」
シャロンに背を押されて、ラクダがまず中に入った。
続くように、昆虫類も中にいそいそと入っていく。
洞穴はすぐに砂漠の生き物でいっぱいになった。
シャロンはモレクの肩に抱えられながら、その光景を上から見下ろした。
見たこともない生き物がいつのまにかたくさんあふれていた。
どこからきたのか、スライムやモンスターといった形の生き物も、みんな濡れた体を震わせている。
「砂漠にも雨はふるんだね」
「……きわめて珍しいがな」
「ふうん……」
濡れた体は、モレクに触れていると不思議と乾いた。
心なしか、洞穴の中もやんわりとあったかい。
「……砂漠でこのような雨が降ると、ワジと呼ばれる涸れ川が発生するそうだ。鉄砲水が起こることもあるため、死者が出た地域もあるようだが」
「砂漠で、水が原因で死ぬの?」
「ああ。溺死するようだ」
「ここは大丈夫かな」
シャロンは不安そうに洞穴を見つめた。
この大所帯を、自然の驚異に襲われればひとたまりもない。
いくら腕っぷしが強くても、自然の驚異から多くを守るという所業を成し遂げるにはあまり意味を持たない。
せめて、魔法が使えたなら――。
そこまで思い立ったと同時に、シャロンはモレクの腕から立ち上がった。
「この洞穴、頑丈にできないかな!」
「……なに?」
「ここを鉄砲水が襲ったらひとたまりもない。みんな死んじゃう……だから、ここだけは、守らないと」
「お前ひとりくらいなら、儂がどうにでもしてやれると思うが」
「それじゃダメなの!」
目をまるくするモレクに、シャロンは言った。
「自分だけなんて助かりたくない! みんなと一緒に虹をみたいの!」
いうやいなや、シャロンはモレクの腕から飛び出すと洞穴の外に飛び出していった。
慌ててモレクが後を追いかけると、視線の先、遠くの方に水平線が見えた。
境界が波打つようにぼやけている。
アレはいわゆる――鉄砲水。
砂漠で最も死者を出す災害だ。
「待てシャロン! すぐ戻れ! お前の悪い予想が当たった、ここを離れる――」
「嫌だ!」
「何を……」
雨の中で、シャロンは雨音をかき消すように叫んだ。
遠くから轟音が響く中、大きな岩を動かそうとその細い両腕を精一杯広げている。
無謀な試みであることは火を見るよりも明らかである。
モレクはシャロンを引きはがそうと、彼女の腕をつかんだ。
が、彼女は全身に力を込めて、一歩もひこうとしなかった。
「嫌だ、嫌、だってかれらは――わたしとおなじなのに! 一緒にあの日から――この星に残り続けたものたちなのに……! 見捨てるなんて、そんなのいやあ!」
「……!」
遠くから、地響きにも似た唸り声が迫っていた。
雨の叩きつける音を押しのけて、水の唸りが徐々に近づいてきている。
モレクはため息をついて、それから力任せにシャロンを岩ごと抱え上げた。
「きゃあ!」
シャロンを岩から引きはがし、岩を洞穴の手前にずしんと下した。
「て、手伝ってくれるの?」
「……お前程度、見捨ててもよかったんだが。その考え方は、悪いものでもない」
モレクは次々に周囲の大きな岩をつかむと、洞穴を囲むように設置した。
それから洞穴にシャロンを連れて戻ると、洞穴の前を岩でふさいだ。
塞いだ岩の表面に、指で何かを描いている。
シャロンはそれをじっと見つめた。
指で岩の表面をなぞるたび、岩の表面には不思議なもので、蛍光色で文字が現れた。
「それは魔法?」
シャロンは、モレクにまるで子供のように尋ねた。
「……ああ。お前も学べば、使えるようになるだろう」
「ほんとう? 私、使ってみたいな」
岩への処置を終えたらしいモレクは、シャロンを抱えると奥の方へと身をひっこめた。
それからどこか守るように、シャロンを抱え直す。
「久方ぶりに使う魔法だ。うまくいくかわからん」
そんな珍しい弱音に、シャロンは笑顔でこたえた。
「絶対大丈夫! だって、この洞穴は温かい何かに包まれているもの!」
ひと眠りしたら、きっと外は晴れて、虹が出てる。
そんなことをつぶやいて、シャロンはモレクを抱くように両手を広げた。
叩き付けるような音に、ハッとして入り口をみると滝のように流れ落ちる様が見てとれた。
スコールというやつだろうか。この砂漠に、こんなものが降るなんて。
これでは外に出るわけにもいかず、シャロンは起こした体をぼふっとモレクに戻した。
「……どうした」
「雨。もうすごいのよ。まるでお盆から水をひっくり返したみたいに!」
目をまるくして訴えるシャロンに、モレクも入り口へ視線をやった。
確かにまるで滝のような光景がそこにあった。
流れ落ちる雨は入り口から入ってくる様子はないものの、雨から逃れるようにして砂漠の生き物がのそのそと雨宿りに訪れていた。
昆虫類からラクダまで、さまざまな生き物がこちらの様子をうかがっている。
シャロンはそれに気がつくと、体を飛び跳ねさせるように起き上がって彼らに駆け寄った。
叩きつける雨の中に出て、彼らを中へと促した。
「さあ、はいって! 冷たい雨だから長く打たれてたら死んじゃう!」
シャロンに背を押されて、ラクダがまず中に入った。
続くように、昆虫類も中にいそいそと入っていく。
洞穴はすぐに砂漠の生き物でいっぱいになった。
シャロンはモレクの肩に抱えられながら、その光景を上から見下ろした。
見たこともない生き物がいつのまにかたくさんあふれていた。
どこからきたのか、スライムやモンスターといった形の生き物も、みんな濡れた体を震わせている。
「砂漠にも雨はふるんだね」
「……きわめて珍しいがな」
「ふうん……」
濡れた体は、モレクに触れていると不思議と乾いた。
心なしか、洞穴の中もやんわりとあったかい。
「……砂漠でこのような雨が降ると、ワジと呼ばれる涸れ川が発生するそうだ。鉄砲水が起こることもあるため、死者が出た地域もあるようだが」
「砂漠で、水が原因で死ぬの?」
「ああ。溺死するようだ」
「ここは大丈夫かな」
シャロンは不安そうに洞穴を見つめた。
この大所帯を、自然の驚異に襲われればひとたまりもない。
いくら腕っぷしが強くても、自然の驚異から多くを守るという所業を成し遂げるにはあまり意味を持たない。
せめて、魔法が使えたなら――。
そこまで思い立ったと同時に、シャロンはモレクの腕から立ち上がった。
「この洞穴、頑丈にできないかな!」
「……なに?」
「ここを鉄砲水が襲ったらひとたまりもない。みんな死んじゃう……だから、ここだけは、守らないと」
「お前ひとりくらいなら、儂がどうにでもしてやれると思うが」
「それじゃダメなの!」
目をまるくするモレクに、シャロンは言った。
「自分だけなんて助かりたくない! みんなと一緒に虹をみたいの!」
いうやいなや、シャロンはモレクの腕から飛び出すと洞穴の外に飛び出していった。
慌ててモレクが後を追いかけると、視線の先、遠くの方に水平線が見えた。
境界が波打つようにぼやけている。
アレはいわゆる――鉄砲水。
砂漠で最も死者を出す災害だ。
「待てシャロン! すぐ戻れ! お前の悪い予想が当たった、ここを離れる――」
「嫌だ!」
「何を……」
雨の中で、シャロンは雨音をかき消すように叫んだ。
遠くから轟音が響く中、大きな岩を動かそうとその細い両腕を精一杯広げている。
無謀な試みであることは火を見るよりも明らかである。
モレクはシャロンを引きはがそうと、彼女の腕をつかんだ。
が、彼女は全身に力を込めて、一歩もひこうとしなかった。
「嫌だ、嫌、だってかれらは――わたしとおなじなのに! 一緒にあの日から――この星に残り続けたものたちなのに……! 見捨てるなんて、そんなのいやあ!」
「……!」
遠くから、地響きにも似た唸り声が迫っていた。
雨の叩きつける音を押しのけて、水の唸りが徐々に近づいてきている。
モレクはため息をついて、それから力任せにシャロンを岩ごと抱え上げた。
「きゃあ!」
シャロンを岩から引きはがし、岩を洞穴の手前にずしんと下した。
「て、手伝ってくれるの?」
「……お前程度、見捨ててもよかったんだが。その考え方は、悪いものでもない」
モレクは次々に周囲の大きな岩をつかむと、洞穴を囲むように設置した。
それから洞穴にシャロンを連れて戻ると、洞穴の前を岩でふさいだ。
塞いだ岩の表面に、指で何かを描いている。
シャロンはそれをじっと見つめた。
指で岩の表面をなぞるたび、岩の表面には不思議なもので、蛍光色で文字が現れた。
「それは魔法?」
シャロンは、モレクにまるで子供のように尋ねた。
「……ああ。お前も学べば、使えるようになるだろう」
「ほんとう? 私、使ってみたいな」
岩への処置を終えたらしいモレクは、シャロンを抱えると奥の方へと身をひっこめた。
それからどこか守るように、シャロンを抱え直す。
「久方ぶりに使う魔法だ。うまくいくかわからん」
そんな珍しい弱音に、シャロンは笑顔でこたえた。
「絶対大丈夫! だって、この洞穴は温かい何かに包まれているもの!」
ひと眠りしたら、きっと外は晴れて、虹が出てる。
そんなことをつぶやいて、シャロンはモレクを抱くように両手を広げた。
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