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04:焼けた大地と雨宿り
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まだ見ぬ大地、というものがこれほど心踊るものだとシャロンは身をもって体験していた。
目に映る全てのものが見たことのない景色。どこにも懐かしさというものがなく、そうだというのにその全てが愛しい。
荒野を駆け抜ける足が軽い。
妖精の靴を履いていれば、もしかしたら海の上だって歩けるかもしれない。
遠くに見えていた焼けた大地が、徐々に近付いてきた。ぶわりと熱気のようなものが顔に当たる。熱い。これは、非常に熱い。
(これ、さすがに熱くて進めないな)
地面に手を当ててみると、近くの荒野ですらパッと手を離してしまうほど熱くなっていた。
足からそれが感じられないのは、女王の呪いのおかげだろうか。
(どうしたものか……)
煙を吐き出す大地は、まるで人間のように、息をしているかのようだ。
知っていたはずなのに、改めて感じる。
この星は、生きている。
(……迂回、できるかなあ)
せめて空でも飛べたなら……。
シャロンが何気なく空を見上げていると、晴れていた空に分厚い灰色の雲が広がり始めていた。
どんよりと重いそれは、どこからどうみても雨雲に見えた。
今雨に降られると、もれなくシャロンはびしゃびしゃに濡れるだろう。
彼女は慌てて煙を吐く大地に背を向けて、ひとまず雨宿りすべくもう一度森の方へ駆けていった。
***
くしゅん、と洞窟にシャロンの可愛らしいくしゃみが響いた。
小柄な体がぶるりと震える。
ちらりとみえる外の景色は、相も変わらず荒れ模様だった。
殴り付けるように降り注ぐ激しい雨。風に揺れる木々の葉が遠い。ひたひたになった岩たちは雨に磨かれてぬらりと輝いている。
シャロンが雨宿りに選んだのは、少し大きな洞窟の入り口だった。
奥の方は暗くてよくみえない。もしかしたらどこかへ続いているのかもしれないし、案外すぐそばで行き止まりかもしれなかった。
雨は止みそうになかった。
というのも、空が明るくなっても雨は降り続くためである。そうして明るくなった空はまたすぐに灰色へと戻っていく。
(濡れた、冷たい、寒い)
洞窟のなかは、お世辞にも快適とはいえなかった。最初こそ蒸し暑かったものの、今はすっかり体が冷えきっている。
濡れた服を乾かすものもないので、ただひたすらに体が冷えていくだけである。
「……?」
ふと、シャロンの耳に聞きなれない唸り声のようなものが届いた。
ずしり、ずしり、とわずかに足音も聞こえてくる。洞窟の奥から、こちらに近付いてきているようだった。
クマ。もしくはイノシシ。はたまた……。
ぎゅ、と小刀の柄を握る。
こんな天気だ。棲みかを荒らしているのはシャロンなので、彼女としてもここから立ち去って事なきを得たい。
とはいえ、こんな天気だからこそ、外には出たくない。
穏便に、仲良く。
なんて、人間相手にも出来なかったことを、できるのだろうか。シャロンの顔に不安な色が滲む。
「……あ、あの!」
足音が大きくなり、暗闇から今にも姿が見えそうになったそのとき、緊張に耐えかねたシャロンが声を張り上げた。
「ごめ、ごめんなさい、ここ、その、貴方のお家だったでしょうか! けど、こんな天気だし、す、少しだけ雨宿りさせてくださいな!」
しんと、洞窟内が静まり返った。
足音がやんだ。暗闇のなかで、それは立ち止まったようだ。
たまらず、シャロンのくしゃみが洞窟内に響き渡った。体温がどんどん低下しているらしい。冷たい地面に触れた膝すら凍えてきそうだ。
「……あのう……?」
声なき相手を求めて、シャロンはゆっくりと暗闇に足を向けた。
かつ、かつ、とシャロンの足音が響く。
進むにつれて視界は奪われた。すでになにも見えていないので、シャロンは壁づたいに足を進めた。
しばらく進んだ、その時である。
もふっ。
「んぶ」
なにか、もふもふとしたものにぶつかった。大きなものだ。シャロンの濡れた体がそれに埋まりそうだった。
ついでにタイミングよく、ぴしゃああんと雷が付近に落ちて、洞窟内を一瞬、明るく照らした。
「……!」
「……無用な争いを避けようと距離をとっていたのだが、無意味だったな」
腹の奥底に響くような低い声で、それはシャロンを睨み付けていた。
巨大な戦士の体躯に、鋭い眼光の牛頭。
まさに悪魔というべき外見で、それは壁に背を預けていた。傍らには大きな斧が立て掛けられている。
斧には血がべったりと付着していて、また彼自身にも血がついていた。返り血にまみれて、腕の辺りがさっくりと裂けている。
「こちらは手負いといえ、ある程度力を取り戻した身。ニンゲン程度に遅れはとらん……!」
「ま、まって、違う、私は貴方と戦う気なんてない!」
「何をほざくか。ニンゲンがどのような連中か、儂はいやというほど知っている」
今にも立ち上がりそうな彼を、シャロンは必死に引き留めた。
こんな洞窟で戦えば自分も彼もどうなることかわからない。それに、シャロンには彼と戦う理由がなかった。
「星をあそこまで追い込み、住めないと判断したら容赦なく捨てた。これぞニンゲンの本性。よくもぬけぬけと、戻ってこれたものだ」
睨み付けられて、シャロンはぐっと下唇を噛んだ。そう見られたって仕方ないことは知っている。
むしろ受け入れて、愛してくれたこの星と、妖精たちが、異常だったのだ。
「……うん、そうだね。本当にどうしようもないと思う。反論の言葉もなくて、ごめんなさいとしかいえない。けど、だからこそ私は貴方と戦えない。戦う理由もない。……ごめんなさい、棲みかを荒らして。すぐ立ち去るから、その、貴方はここで安静にしてください」
シャロンはそっと彼のそばから離れた。
それから走るように、来た道を駆けていった。自分は見捨てなかったなんて口が裂けても反論できそうになかった。だって結局は、諦めて心中しようとしたのだから。
壁づたいに手を当てる間もなく駆けていくシャロンを、どこか拍子抜けするような顔で、彼は見送った。
目に映る全てのものが見たことのない景色。どこにも懐かしさというものがなく、そうだというのにその全てが愛しい。
荒野を駆け抜ける足が軽い。
妖精の靴を履いていれば、もしかしたら海の上だって歩けるかもしれない。
遠くに見えていた焼けた大地が、徐々に近付いてきた。ぶわりと熱気のようなものが顔に当たる。熱い。これは、非常に熱い。
(これ、さすがに熱くて進めないな)
地面に手を当ててみると、近くの荒野ですらパッと手を離してしまうほど熱くなっていた。
足からそれが感じられないのは、女王の呪いのおかげだろうか。
(どうしたものか……)
煙を吐き出す大地は、まるで人間のように、息をしているかのようだ。
知っていたはずなのに、改めて感じる。
この星は、生きている。
(……迂回、できるかなあ)
せめて空でも飛べたなら……。
シャロンが何気なく空を見上げていると、晴れていた空に分厚い灰色の雲が広がり始めていた。
どんよりと重いそれは、どこからどうみても雨雲に見えた。
今雨に降られると、もれなくシャロンはびしゃびしゃに濡れるだろう。
彼女は慌てて煙を吐く大地に背を向けて、ひとまず雨宿りすべくもう一度森の方へ駆けていった。
***
くしゅん、と洞窟にシャロンの可愛らしいくしゃみが響いた。
小柄な体がぶるりと震える。
ちらりとみえる外の景色は、相も変わらず荒れ模様だった。
殴り付けるように降り注ぐ激しい雨。風に揺れる木々の葉が遠い。ひたひたになった岩たちは雨に磨かれてぬらりと輝いている。
シャロンが雨宿りに選んだのは、少し大きな洞窟の入り口だった。
奥の方は暗くてよくみえない。もしかしたらどこかへ続いているのかもしれないし、案外すぐそばで行き止まりかもしれなかった。
雨は止みそうになかった。
というのも、空が明るくなっても雨は降り続くためである。そうして明るくなった空はまたすぐに灰色へと戻っていく。
(濡れた、冷たい、寒い)
洞窟のなかは、お世辞にも快適とはいえなかった。最初こそ蒸し暑かったものの、今はすっかり体が冷えきっている。
濡れた服を乾かすものもないので、ただひたすらに体が冷えていくだけである。
「……?」
ふと、シャロンの耳に聞きなれない唸り声のようなものが届いた。
ずしり、ずしり、とわずかに足音も聞こえてくる。洞窟の奥から、こちらに近付いてきているようだった。
クマ。もしくはイノシシ。はたまた……。
ぎゅ、と小刀の柄を握る。
こんな天気だ。棲みかを荒らしているのはシャロンなので、彼女としてもここから立ち去って事なきを得たい。
とはいえ、こんな天気だからこそ、外には出たくない。
穏便に、仲良く。
なんて、人間相手にも出来なかったことを、できるのだろうか。シャロンの顔に不安な色が滲む。
「……あ、あの!」
足音が大きくなり、暗闇から今にも姿が見えそうになったそのとき、緊張に耐えかねたシャロンが声を張り上げた。
「ごめ、ごめんなさい、ここ、その、貴方のお家だったでしょうか! けど、こんな天気だし、す、少しだけ雨宿りさせてくださいな!」
しんと、洞窟内が静まり返った。
足音がやんだ。暗闇のなかで、それは立ち止まったようだ。
たまらず、シャロンのくしゃみが洞窟内に響き渡った。体温がどんどん低下しているらしい。冷たい地面に触れた膝すら凍えてきそうだ。
「……あのう……?」
声なき相手を求めて、シャロンはゆっくりと暗闇に足を向けた。
かつ、かつ、とシャロンの足音が響く。
進むにつれて視界は奪われた。すでになにも見えていないので、シャロンは壁づたいに足を進めた。
しばらく進んだ、その時である。
もふっ。
「んぶ」
なにか、もふもふとしたものにぶつかった。大きなものだ。シャロンの濡れた体がそれに埋まりそうだった。
ついでにタイミングよく、ぴしゃああんと雷が付近に落ちて、洞窟内を一瞬、明るく照らした。
「……!」
「……無用な争いを避けようと距離をとっていたのだが、無意味だったな」
腹の奥底に響くような低い声で、それはシャロンを睨み付けていた。
巨大な戦士の体躯に、鋭い眼光の牛頭。
まさに悪魔というべき外見で、それは壁に背を預けていた。傍らには大きな斧が立て掛けられている。
斧には血がべったりと付着していて、また彼自身にも血がついていた。返り血にまみれて、腕の辺りがさっくりと裂けている。
「こちらは手負いといえ、ある程度力を取り戻した身。ニンゲン程度に遅れはとらん……!」
「ま、まって、違う、私は貴方と戦う気なんてない!」
「何をほざくか。ニンゲンがどのような連中か、儂はいやというほど知っている」
今にも立ち上がりそうな彼を、シャロンは必死に引き留めた。
こんな洞窟で戦えば自分も彼もどうなることかわからない。それに、シャロンには彼と戦う理由がなかった。
「星をあそこまで追い込み、住めないと判断したら容赦なく捨てた。これぞニンゲンの本性。よくもぬけぬけと、戻ってこれたものだ」
睨み付けられて、シャロンはぐっと下唇を噛んだ。そう見られたって仕方ないことは知っている。
むしろ受け入れて、愛してくれたこの星と、妖精たちが、異常だったのだ。
「……うん、そうだね。本当にどうしようもないと思う。反論の言葉もなくて、ごめんなさいとしかいえない。けど、だからこそ私は貴方と戦えない。戦う理由もない。……ごめんなさい、棲みかを荒らして。すぐ立ち去るから、その、貴方はここで安静にしてください」
シャロンはそっと彼のそばから離れた。
それから走るように、来た道を駆けていった。自分は見捨てなかったなんて口が裂けても反論できそうになかった。だって結局は、諦めて心中しようとしたのだから。
壁づたいに手を当てる間もなく駆けていくシャロンを、どこか拍子抜けするような顔で、彼は見送った。
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