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プロローグ

002:最低の婚約者

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 私はミセス・ウルネリーを相手に逃げ回った。そして隙きを見ては鍛錬に明け暮れた。だが時間というのは嫌な事がある時ほど早く過ぎるものだ。

 社交界当日は瞬く間にやって来た。

「お父様」
「おぉ、ティナか。うむ。母譲りの紫銀の髪と碧緑の瞳は相変わらず実に美しい」

 会場の控室で父と合流した。期待に満ちた目をしている。

「ティナよ。今宵は頑張るのだぞ。婚約者のランバレット殿とは仲良くな」

 そう言って機嫌よく会場である大広間へと足を運ぶ父。羽根でも生えているかの様に軽やかだ。ちなみに私の足には鉄球がついているように重もしい。ズルズルとした足取りで歩く私を知らない貴族の誰かが笑って観ている。他人事だと思いやがって!

 あぁヤダヤダ。破談にならないかなぁ。

 そんなことを思いながら婚約者と対面した。伯爵家の現当主バモラーと、その嫡子ランバレット。バモラーは肥え太った豚……ゲフンゲフン。いい肉付きをしている。ランバレットは逆で長身で筋肉質な男性だ。いかにも武人という感じの雰囲気で見た感じは良さげだ。

 でも、将来はバモラーみたいになるのだろうか?

 それはちょっと嫌だな。

 私は二人に挨拶をする。

「お初にお目にかかります。エレスティーナにございます」

 そう言って進み出た私にランバレットがさっそく興味を示した。

「ほぉ。紫銀の髪とは珍しい。噂に違わず美しいものだな」

 そう言って無造作に髪に触れる婚約者様。

 おい。許可なく触んなよ。

 私の不快指数が少し上がる。ランバレットの言葉に当主のバモラーも頷く。

「うむ。ラジモンドよ。お主の妻のセレアーナを思い出すな。あれも実に美しい娘だった」

 父が「はっ!」と応じる。その横ではランバレットからの熱い視線。どうやら興味を持ったらしい。粘着質な視線だな。私は内心で深く深く溜め息をついた。この溜め息の深さならミセス・ウルネリーにも勝てそうだなと思った。





 会場入りして、全員が王族への挨拶が終わったところで、場はダンスへと移った。私は父と一度踊った後に婚約者様とも踊る。その際に「ふむ。胸は小さいのだな」と言われた。

 やかましいわ!

 私の中で不快指数が上る。

 その後は飲み物と食べ物を手にとって壁へともたれ掛かった。これで人はやってこない。そういうお約束ごとがあるのだ。

 しばらく、そうして壁の花になった私は会場全体に目を向けた。すると婚約者が目に入った。

 ちっ。嫌な所を見ちゃったよ。

 どうやら女性……いや少女に声をかけているようだ。やたらとベタベタとして、粘っこい視線を向けている。更に不快指数が上がる。元々が乗り気じゃなかった婚約話だ。

「どうしてくれよう」

 私が婚約者と少女の様子を見ていると、少女はとても不愉快そうにしている。まるで毛虫を見るような目だ。それでも構わず彼女に触れて、どこかに連れ出そうとして醜態を晒す婚約者様。すると少女がわずかに抵抗を始めた。それでも構わずしつこく迫り会場から連れ出し始める姿に、私の不快指数は完全に振り切れた。私は矢も盾もたまらず二人の元へ。そして婚約者に声をかけた。

「ランバレット様?」
「ん? あぁエレスティーナか。どうしたね?」
「そちらの方は?」

 私の問いにランバレットがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら答える。

「どうやら具合が悪いらしくてね。介抱をしようかと思って」

 そう言ってから私を見て「あぁ。もしかして嫉妬してるのか? 他の娘と仲良くしているから」とのたまった。

 私は一応だが、念のために少女に尋ねる。

「助けは要る?」

 少女が目に涙をためながらコクコクと頷いた。私はランバレットに視線を移して一言。

「だ、そうよ。死ね。クソ野郎!」と言って渾身の拳を放った。ブベラッとか言って吹っ飛ぶランバレット。借りにも軍人のような見た目の男なので避けるか受けるかするかとも思ったが……

 なんだ?

 見掛け倒しか?

 私は涙目を浮かべる小動物のような少女に「行っていいよ。私が片しとくから」と言って会場に戻るよう促した。

 少女が会場に戻り、ランバレットとお話し合いの時間だ。

「き、君は自分が何をしたか分かっているのか!」
「嫌がっている女の子に巫山戯た真似してる貴方に言われたかないわよ!」

 私が更に殴ってやろうかと思って動いたところで、騒ぎを聞いて駆け付けて来た衛兵が私を取り押さえたのだった。
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