何か妖怪

新川キナ

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人面瘡

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 カラン。カランとカウベルを鳴らしながら俺は最近、馴染みになった喫茶店に入る。

「いらっしゃいませぇ」

 住宅街の中にポツンとある。何事も形からと言わんばかりの口髭の似合うマスター。そんな彼がコーヒーにこだわり抜いた店。そして実際に美味いのだから文句もない。

 そんな小洒落た喫茶店に最近アルバイトの子が入った。マスターの姪っ子らしい。黒いストレートの髪が特徴のパッチリ二重の女の子。名前は綾乃ちゃんというらしい。近所の女子大に通っている、大変に可愛らしいお嬢さんだ。

 BGMは有線から流れる、ゆったりとしたピアノのボサノバ系の音楽のみ。

 俺は何時ものように、マスターがオススメするブレンドコーヒーを頼んで飲み、贅沢な時間を過ごす。チラチラと視線は綾乃ちゃんへと向けながら。今日も大変に可愛らしいな。

 そしてお昼が終わる頃には喫茶店を出る。そして営業の仕事をこなす。朝から夕方の就業時間が終わる十七時まで色んな場所を回った。でも今日は少し遠出。時刻が十七時を過ぎてしまった。でも爽快な気分だ。素敵な一日だったのだ。

「いやぁ。今日も疲れたなぁ」

 笑顔で職場に戻り、掲示板の自分の名前に帰宅の磁石を貼る。

「お疲れさまでしたぁ」

 そう言って会社を出ようとした所で、事務の女性に呼び止められた。

「あら? 肘の所にある傷……どうしたの?」

 事務の女性に問われて始めて俺は自分の腕にケガがあることに気がついた。

「何だ? これ?」

 それはギザギザの傷で引っかき傷のように見える。無意識に掻き毟ったのだろうか?

 ちょうど腕を、ひっくり返さないと見えない。肘に近い位置に出来ているようで、人の顔に見えなくもない。いつの間に出来たのか。

「痛くないの?」

 問われて俺は首を傾げる。

「いや。全然」

 本当に、いつ出来たんだろう?

 血が滲み、傷は膿んでいるようで膨らんでもいる。でも痛みはない。事務の女性に「病院に行ったほうが良いんじゃない?」と心配されてしまった。俺は笑って答える。

「痛みはないし。これぐらい放っておいても治るよ。大丈夫」

 そう言って傷を放っておいた。

 すると、その日の夜。寝ようとした所。どこからか女の泣く声がした。調べてみると傷口が啜り泣いていたのだ。

「おいおい。まじかよ」

 不気味な傷だ。俺は仕方がないので次の日。仕事を休んで病院へ行った。医者に事情を話して傷口を見てもらったが、ただ膿んでいるだけだと言われて膿を取り除く処置と処方箋をもらって帰宅した。

 しかし家に着くと、やはり傷口が啜り泣く。

 痛みこそ無いが不気味の一言。俺は仕方がないので傷口に声を掛けてみた。

「ねぇ。何がそんなに悲しいの?」

 すると傷口が喋りだした。

「だ、れ? あ、なた、は、だ、れ?」

 俺は自分の名前を告げる。まさか自分の腕に自己紹介をする日が来るとはな。何だか可笑しくって笑ってしまう。ついでなので傷口に色々と尋ねてみた。

「君の名前は?」
「ア、ヤ、ノ……」
「へぇ。女の子なんだねぇ」

 俺の腕なのにな。やはり笑ってしまう。

「歳は?」
「ジュ、ウ、ハ、チ」

 おや?

 十八歳でアヤノ。どこかで聞き覚えが。

「あぁ。もしかしてアヤノちゃん? 喫茶店でアルバイトをしている?」

 すると傷口は、またもや泣き出した。

「そう。そ、う。わ、たし。は、ア、ヤノ」

 おやおや。あの可愛らしい女の子がどうして俺の腕に?

 これは俺の妄想だろうか?

 彼女と一緒に居たいという願望が生み出した。俺は傷口に言う。

「何で俺の腕に?」

 すると、綾乃を名乗る傷口は言った。

「わ、からな、い。わから、ない」

 そっかぁ。分からないのかぁ。そんな混乱している綾乃ちゃんが、ちょっと可愛そうで俺は彼女に尋ねた。

「昨日の昼間のことは憶えてる?」

 すると傷口は黙り込んだ。俺は更に尋ねる。

「その日の夕方のことは憶えてる?」

 綾乃を名乗る傷口が泣き出した。

「わたし。ころ、された。おとこのひとに。ころされた。家に、とつぜん。オトコの人が、入って、きて。よく来る、お客さんが……」

 俺は傷口を見つめながら言った。

「うんうん。憶えていてくれて嬉しいよ。また会えたね。綾乃ちゃん」

 直後。女性の甲高い悲鳴が上がった。

「これからはずっと一緒だよ」
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