何か妖怪

新川キナ

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小豆洗い

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シャカシャカシャカ。シャカシャカシャカ。

どこからともなく小気味の良い音が聞こえる……

昔の人は、それを「小豆洗い」言う妖怪だと言いました。そしてその正体を突き止めようとすると川に落ちて死んでしまうと言いました。





これは田舎の祖母の家での体験談です。

祖母の家は、いわゆる大きな昔ながらの屋敷で庭には蔵があるような家でした。

ご近所さんへ行くのも、5分は歩く感じで本当に田舎でした。途中には小さな林があったりもします。

当然、祖母には林の中は危ないから入ってはいけないよ。そう注意されていました。

8月の暑い夏。お盆の頃に家族で帰省した時。私は従姉弟の「みっちゃん」と「玄くん」と家の周りで遊んでいました。ちなみに「みっちゃん」と「玄くん」は日本名だけど普段はアメリカ在住の日系人で英語がペラペラです。

あれは時間にして夕方の6時を少し過ぎた頃のことでしょうか。どこからともなくシャカシャカシャカ。シャカシャカシャカという音が聞こえてきました。

私は何だろうと思って辺りを見回します。しかし音の出所が分かりません。そこで「みっちゃん」と「玄くん」に尋ねました。

「ねぇねぇ。何か変な音が聞こえない?」

すると「みっちゃん」が首を傾げます。

「何にも聞こえないよ?」

「玄くん」も答えます。

「蓮月姉ちゃん。何、意味の分かんねぇこと言ってんだよ!」

そう言って玄くんが怒ります。私は少しムキになって言いました。

「シャカシャカシャカって音だよ! 聞こえない?」

しかし二人の従姉弟は首を左右に振るばかり。それでも私が聞こえるよというと、怖くなったのか、とうとう玄くんが泣き出してしまいました。それに「みっちゃん」が怒ります。

「ちょっと! 蓮月ちゃん! いくら何でも酷くない!」

そう言って、ぷりぷりと怒り、家に向かって歩き出しました。私はそれでも音が気になります。それにムキになっていたというのもあったと思います。だから音の出所を探って、その正体を見つけて、二人に突きつけてやろうと家とは違う方向へと歩き出しました。

「どこから聞こえるんだろう?」

音の出所を探って私は歩きます。そして一つの場所にたどり着きました。それは家からそう遠くない場所にある林の中でした。辺りは夕日に照らされてはいますが、まだまだ明るくて私は「これならすぐに行って確かめて変えれば大丈夫」そう自分に言い聞かせて林の中へ。

祖母には林に入ってはいけないよと何度も念を押されていたのにも関わらず……

そうして私は藪をかき分けながら音を追いかけます。しばらくすると明るかった周囲が段々と暗くなり始めました。陽の光が遮られる林の中では暗くなるのが早かったんです。当時の私にはそれが分かりませんでした。

当然、次第に怖くなります。引き返そうかと何度、思ったことか。それでも原因を突き止めるんだと半ばヤケクソ気味に林をかき分けました。そして見つけました。一匹の虫を。その昆虫がシャカシャカシャカと羽をすり合わせて鳴いています。

「正体見たり!」

そう思って油断した矢先。あっと思った時には急な坂道を滑り落ちていました。

草や木の枝に肌を傷つけられながら落ちた先。そこは小川でした。本当に小さな小川で私はずぶ濡れに。その後、私はどこをどう歩いたか気が付いたら林を抜けて道路に立っていました。辺りは、すっかり暗くなっています。そこへ二人の男性が駆け寄ってきました。

「蓮月ちゃん? 蓮月ちゃんかい?」

私が頷くと、男性の内一人が大きな声で「見つかったぞぉ!」と声を張り上げました。そこで私は自分が助かったのだと理解しました。

その後、家族にこっぴどく叱られて、捜索してくれた人々の家にお礼と謝罪をして周りました。その時、私が林に入った事情と経緯を知った大人の人がポツリと、こう呟きました。

「不幸中の幸いとはこのことだな。近年は雨が少なくて水日照りだ。もし雨の多い季節だったら川で溺れていたぞ? あそこの川は深いんで有名なんだ」

これで私の話しは終わりです。

最後に。
何故、「みっちゃん」と「玄くん」には音が聞こえなかったのか。

それにはこんな話があります。

日本で生まれ育った人の多くは「虫の出す音を『声』」として認識してるのだそうです。だから蝉の声と言ったり、虫の声音などと言ったりします。

しかし海外の人は、昆虫の出す音を雑音としか捉えられず、無意識に虫の声を排除する機能が備わっているのだとか。日本人の情緒は虫の声にまで及んでいるのですね。大事にしたい文化だと思いました。
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