ドラゴンスケイル

うなぎ

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1章

楔の塔

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ヴァルカンさんにツッコミをいれられた僕は、あらためて自分の体を見返してみた。
鱗が無いつるつるの肌は……もとからだとして、空を飛ぶための翼やチャームポイントの長い尻尾も今では跡形もなく綺麗に消え去っている。
試しに顔を触ってみると、竜の時よりも高くなった鼻とフサフサの髪の毛があった。
なんとなく人間と同じ形になっているような気はするが、残念ながらヴァルカンさんの姿にはなれなかったようだ。
もしヴァルカンさんに変身できていたのなら、もう少し髪の毛は短かくなるはずだし、鼻も大きくなり、髭も生えているはずだった。
「僕です。オーンです!」
誰だ……お前は……?というヴァルカンさんの質問に対して、僕はこのように答えを返した。
手を広げバランスをとりながら、のそのそとヴァルカンさんに近づこうとすると、男は警戒するようにずさりと後ずさった。
その態度にショックを受けた僕は、大粒の涙を浮かべ声を詰まらせる。
「ど、どうぢで逃げるんでずか。」
素っ裸のムキムキマッチョが嗚咽をあげて泣きじゃくる。
そんな情けない姿を見て、男はようやく目の前にいる偉丈夫がオーンだということに納得したようだった。
あらためて補足する必要はないかもしれないが、変身魔法を覚える為に感触や匂いを味わった後だったのでヴァルカンさんも当然全裸である。
にもかかわらず、当時の僕は無邪気にナニをブルンブルン揺らしながらヴァルカンさんに近づいた。
僕にその気がなくても、ヴァルカンさんが身の危険を感じて後ずさってしまうのも仕方が無いことである。
「だー、その姿で泣くんじゃねえよ。」
地面に脱ぎ捨てた服を急いで装着したヴァルカンさんは、革のジャケットだけを僕に手渡した。
「こいつで、とっとと下半身を隠せ。」
服を着る習慣がないドラゴンには、どうして服を着なければいけないのか理解ができなかった。
それでも、ヴァルカンさんに言われた通り服を着ようと試みると、そうじゃない、前を隠せと指示を出された。
そこまでやり取りをしてようやく、ヴァルカンさんの言わんとしていることを僕は理解することができた。
「ああ、なるほど、そういうことか~。人間は体の中に生殖器を収納できないんですね。」
「あ?ドラゴンは収納できんのかよ。」
「竜はこう、股の間にスリットのようなものがありまして、その中に大事な部分はしまっておけるんです。」
「ほう……?」
ヴァルカンさんの視線がすっと僕の下半身に向けられた。
今は人間体なので自分のモノという実感が持てず、見られてもそれほど恥ずかしくはなかったが、僕のナニを見ながらヴァルカンさんが何を考えているか少し気になった。
「……とにかくだ。人間にそんな器官はねえ。だから、ちゃんと前が隠れるようにするんだぞ。」
ジャケットを僕から受け取ったヴァルカンさんは、大事な部分が隠れるように服の背中側を前にして腰のあたりで袖を結んでくれた。
お尻は丸出しの状態のままだったが、少なくとも大事な部分はしっかり隠すことができた。
「あの……他に問題はありませんか?見た目とか、変じゃありませんか?」
僕が不安そうに尋ねると、ヴァルカンさんはポンと僕の背中を叩いてこう言った。
「……まあ。いい体だし、大丈夫だろ。」
いい体をしているように見えるということは、人間らしく見えると考えて良いのだろうか?
塔の主から出された課題は人間に変身することなので、個人的には体よりも複雑な顔の造形をチェックして欲しかった。
合格できると確信しているのか、ヴァルカンさんは荷物を手早くまとめると、僕に背を向けて塔に向かい始めた。
その後を追いかけようと素早く2本の足を動かした時、僕はあやうく地面とキスをしそうになった。
竜体の時とは違い、人間には翼も尻尾も無い。
だから上手くバランスがとれなかったのだろう。
この体に慣れるまでは、素早く行動するのは難しそうだった。
どうせ湖を渡るのだから竜体に戻っても良いかと、試しにヴァルカンさんに尋ねたところ……。
また魔法を成功させる自信はあるのかと尋ねられ、竜化は見送られることになった。
この当時の僕はとにかく自信が無く、やれると断言することができなかったのだ。
人間体のまま湖を渡る方法を探すために、僕らはぐるっと湖の外周を歩いた。
魔法使い全員が空を飛べたり、水の上を歩けたりするのならお手上げだったが、船ぐらいあるだろうとヴァルカンさんは推測していた。
鍛冶師の予想通り、湖には何隻かの小舟が停泊していたので、それに乗って櫂(かい)で水を漕ぎながら僕らは湖を渡ることになった。
「どうやら……人間に変身ができたようですね。」
僕達が塔の入口に戻ると、再びアーヴィングさんが出迎えてくれた。
少しだけ警戒心が緩んだのか、目深まで被っていたフードを今は外している。
サイドに反り込みの入った短い髪、浅黒い肌、顔の半分にはタトゥーが彫られている。
髭は生えていなかったが目じりや眉間に皺があるため、なんとなくヴァルカンさんより年上に見えた。
初めてこの地に降り立った時、彼は僕の一挙手一投足をその鋭い目で観察していた。
ドラゴンである僕が何かしでかさないか心配してのことだろうが、今は何故か視線を彷徨わせている。
変身して来いといったのは彼の方なのに、もっとよく確認しなくてもいいんだろうか?
「あの……、これで塔の中に入れていただけますか?」
ヴァルカンさん以外の人と話すのは勇気が必要だった。
それでも、自分の鱗を作るという夢実現のために僕は前に進み出る。
「……審査します。そのまま、じっとしていなさい。」
前掛けエプロンの偉丈夫を見ても表情を崩さない男に対して、ヴァルカンさんは思うところがあるのかニヤニヤと笑みを深めた。
アーヴィングさんは努めて真剣に僕の魔法をチェックしていたが、僕の背後に回った途端、何かに耐えられずに吹き出してしまった。
「合格か?」
すかさずヴァルカンさんが質問を投げかける。
アーヴィングは忌々しいといいたげな視線をヴァルカンさんに投げつけた。
「……合格です。」
赤らめた顔を誤魔化すために、一つ咳をすると、アーヴィングさんは僕達にそう宣言した。
それを聞いたヴァルカンさんは、よっしゃと僕に向けて腕を掲げた。
僕も真似して腕を掲げてみせると、ヴァルカンさんはその腕を僕の腕とぶつけ合った。
「まずはお預かりしていたミスリルをお返しします。貸し出していた本を返却いただけますか?」
僕らのやり取りを興味深そうに眺めていた魔法使いは、そんな風に話を切り出した。
ミスリルを受け取った鍛冶師は、ほらよと魔法使いに本を返却する。
「ありがとうございます。では、こちらへ。」
塔の主と名乗った男がじきじきに案内をしてくれることに困惑しながらも、僕らは楔の塔と呼ばれる建物へ足を踏み入れた。
城門のように内側へ開く大きな扉の中に入ると、10メートルほど前方にまた扉が見えた。
アーヴィングさんはその扉を無視して、扉と扉の間にある廊下を歩き始める。
興味本位であの扉の先には何があるのかと僕が尋ねると、アーヴィングさんは嫌な顔をせずに色々と説明をしてくれた。
僕が質問をした扉の先は、どうやら見習い魔法使いが食事をする場所のようだった。
食事をする場所ということは、すぐ近くに厨房もあるわけで、あの扉の中では料理を用意する人たちがせわしなく働いている。
なにせ式典の際には舞踏会も開ける程の広さの広間に、朝、昼、夜と大量の食事を用意しなければならないのだ。
指定した時間以外扉が開かないと言われても疑問を全く感じなかった。
外の世界とを隔てる最初の扉の内側には、広間を覆うように絵画の並ぶ長い廊下がある。
だいたい東西南北の位置に昇降機があり、魔法使いはそれを利用して上の階に行くのだそうだ。
塔は25階層にわかれていて、上層に行けば行くほど、この塔で身分の高い者達が集まる場所となるようだ。
魔法使いはこの階層の名にあやかり、下層魔法使い、中層魔法使い、上層魔法使いと呼ばれているらしい。
ちなみに僕らがここに来た理由でもあるミスリルの加工法は、15階の図書館にあるそうだ。
「塔は全部で25階層にわかれていると先ほど説明しましたが、1階から登れる昇降機では10階までしか上がれません。11階からは空間転移(ゲート)の魔法を使用して他の階層に飛ぶことになります。」
昇降機で10階まで登るとアーヴィングさんがそんなことを言い始めた。
また何かテストでもするのかなと、僕は途端に不安になってしまった。
「ゲートってのは王都とか主要な都市にあるアレだろ?魔法使いが数人がかりで起動させる代物じゃねえか。そんな大層なもん使わなくても昇降機を使えばよくねーか?」
「移動距離によって使用する魔力量が違いますので、都市間転送システムよりは使用する魔力は少なくてすみます。それでも、まあまあの魔力を使用することになるため、この魔法は中層魔法使いへの昇級試験にされているんですよ。」
「つまり、下層の魔法使いが中層に上がってこれないようにしてるってことか。俺達はどうすんだよ。」
「まずは空間転移の魔法を覚えてもらいます。……そんなに不安そうな顔をしないでください。変身魔法が使えるオーンさんなら十分使えるはずです。」
人間に変身したせいか、僕が不安を感じていることがアーヴィングさんにもすぐにばれてしまった。
はい、頑張りますと答えると、ヴァルカンさんもこっそり背中を叩いて僕を鼓舞してくれた。
昇降機を降りた僕達は転移をするための儀式上へ足を運んだ。
空間転移は普通、転移前と移動先に魔法陣を刻んだ扉を作るのだそうだ。
そうでもしないと座標の指定がおろそかになり、壁にめり込んだり、地面の下に埋まってしまうリスクがあるらしい。
そんな恐ろしい話を聞いてしまった僕は、装置があれば大丈夫なんですよねと何度も確認する羽目になった。
10階はワンフロアをそのまま一つ利用して、転移のための扉を15個建造していた。
バラを敷き詰めたり、タペストリーを飾ったりと、扉には様々な意匠が施されている。
「まずは21階にあるお部屋にご案内いたします。下層は授業中なので誰とも出会いませんでしたが、中層には研究所はあっても授業はありません。ひとまず、お部屋で身だしなみを整えてもらいたいと思います。オーンさんのお姿は、学問の妨げになりますので……。」
「学問の妨げになる見た目って一体!?僕の見た目って、そんなに奇抜なんですか?」
「奇抜じゃなくて魅力的なんだよ。今のお前の見た目はな。正直に言うと、俺もお前のケツに触りたくて仕方がねえ。」
そう言ってヴァルカンさんは、ワキワキと手を握ったり開いたりする動きをして見せた。
ヴァルカンさんになら別に触られてもいいかな。
そう返答しようとした時、僕にある欲求が芽生えた。
「僕も触ってよければいいですよ。」
言ってしまった後に、僕は自分の発言に慌てふためいた。
こんな我がままが言えるようになるなんて思ってもみなかったのだ。
「お前、変身魔法を覚えた時のこと忘れてないか?今度は俺の番だろ。」
変身魔法を覚えた時と言われて、僕はヴァルカンさんの逸物を舐めた時のことを思い出してしまった。
それを話の引き合いに出されてしまっては、自分の主張を引き下げるほかない。
「そうでした。次はヴァルカンさんの番ですね。」
「だろ?じゃ、遠慮なく。」
「いやいや、公序良俗に反しますので、お部屋でやってください。」
別にケツを揉むぐらいいいじゃねえかと不平をもらしながらも、ヴァルカンさんはそれ以上塔の主の機嫌を損ねるようなことはしなかった。
会話はあらぬ方向へと進んでしまっていたが、アーヴィングさんの案内があるおかげで僕達自身は道に迷わずに21階層に繋がる扉の前に辿り着いた。
その扉の外見は、植物で編まれた緑色の輪っかだった。
地面から離れ、空中に浮かんだソレは、穴を覗き込んでみても21階層の景色は見えてこなかった。
「では、お先に失礼します。」
そう言うや否やアーヴィングは詠唱を始めていた。
「アル・アジフ・アブド。イォグ・ウムル・セイス。カー・ラン・ウバ・トゥラ。アー・エント・レイス。」
魔法使いの詠唱が終わると、リースのような輪っかの中へアーヴィングは吸い込まれていった。
聞く姿勢がとれていなかった僕らは、その一瞬の出来事にポカンと口を開けることしかできなかった。
「何が変身魔法が使えるオーンさんなら十分に使えるだ。詠唱長すぎんだろ!くそっ、アル・アジフ・アブド。ウォグ……オーンいけそうか?」
あまりに一瞬の出来事だったので、僕もちゃんと呪文の言葉を覚えきれていなかった。
だけど、僕にはドラゴンの目がある。
転移装置として作られたこの扉は、先ほどの呪文が鍵として刻まれているようだった。
幸いにも竜の言葉で書かれていたので、僕はそれを読むことができた。
「この装置に呪文が刻まれているようなのでいけそうです。ヴァルカンさん、離れないように僕の体にしっかりくっついてください。」
「お、おう。こうか?」
ヴァルカンさんに背中からガシッと抱きつかれる形になったが、僕は既に魔法を使うことに集中していたので、人肌の温かさを堪能することができなかった。
「アル・アジフ・アブド。イォグ・ウムル・セイス。カー・ラン・ウバ・トゥラ。アー・エント・レイス。」
塔の主と寸分たがわぬ魔法を唱えると、僕らの体は光に包まれた。
そして、10階層から21階層へ無事に転移することができた。
「お見事。」
僕とヴァルカンさんが自力で21層へ辿り着くと、アーヴィングさんはパチパチと手を叩いて僕らを出迎えた。
ヴァルカンさんはちっと舌打ちして、手の甲を相手に向けながら右手の中指を突き立てた。
それはどういうサインなのかと僕がヴァルカンさんに尋ねると、くたばれクソ野郎という意味だと鍛冶師が教えてくれた。
どうやら鍛冶師は置いていかれたことに相当腹を立てているらしい。
「申し訳ございません。お部屋の準備があったので、少し時間稼ぎをさせてもらいました。予想以上に早くて、全く時間稼ぎになりませんでしたが……。」
「なんだ、そういうことかよ。てっきり、プリケツ絡みの嫌がらせかと思ったぜ。」
「貴方と一緒にしないでください。そんな姑息な嫌がらせは致しません。……準備ができたようです。こちらに。」
アーヴィングの返答にヴァルカンさんは不貞腐れていたが、そんな苛立ちも塔の主が用意してくれた宿泊先に入るまでしか続かなかった。
「なんだここは?」
アーヴィングが用意してくれた部屋は、竜の僕らから見ても豪華なつくりをしていた。
床もフワフワの絨毯がしきつめられているし、壁は真っ白でシミ一つ無い。
家具は木目模様や色合いの美しいローズウッドを使った家具、寝室には天幕つきのベッドがあった。
「ご不満でも?」
「……こんな所に泊まる金なんてねえんだが?」
「ご心配なく。ここはオーンさんの為にご用意したお部屋です。もちろん無料で提供いたします。」
「オーンさんの為ね。ドラゴンの権威ってのはすさまじいな。オーン、俺も一緒にこの部屋に泊まってもいいよな?」
「もちろんです。僕一人だと心細いので一緒にいて欲しいです。それと、アーヴィングさん。色々と配慮をしていただきありがとうございます。」
「気にしないでください。ドラゴンとは本来そういうものです。服は衣装箪笥に入っています。」
準備が必要だった理由はこれだなと、僕は非常に申し訳なくなった。
箪笥を開けると本当に僕の体に合う洋服がでてきた。
ちなみにヴァルカンさんの服は見当たらない。
後でひと悶着起こりそうだなと僕は思った。
「えっと、確か。これを先に着て、それからこれを。」
人間の服というものは着る順番があったり、何着も着なければならなかったりと非常にめんどくさかった。
パンツとシャツ、靴下を履き、ワイシャツとズボン、ネクタイをつけ、裏地が赤色の黒いローブを羽織る。
全身鏡を見ながら僕が違和感を探していると、ヴァルカンさんがネクタイを結び直してくれた。
「ヴァルカンさん、ヴァルカンさん。」
「ん?」
「服、似合ってますか?」
「何故かはわからんが……あんまり似合って無えな。」
「そんなぁ。」
「肉体美のせいですかね。……服が浮いている感じがします。」
「いっそ気崩しちまうか。ネクタイをとって、襟元をはだけさせる。それと中シャツも脱いじまえ。」
ヴァルカンさんに言われるがままに、僕は言われた服を脱いで鏡の前に立った。
胸元がはだけ乳首が見えないギリギリまで胸筋が露になっているが、この場に居合わせた二人からはこれがいいと言われたので、僕はそういうものなんだと素直に従った。
服を着てより文明的になった僕は、アーヴィングさんの案内で図書館へ向かうことにした。
「さて、私が案内できるのはここまでのようです。」
本棚がたくさん並ぶ部屋の前で立ち止まると、アーヴィングはそんなことを言った。
「魔法の知識とは探究するものであり、与えられるものではありません。ここに来た時と同じように、是非この図書館で貴方がたの求める知識を見つけ出してください。」
この発言に対してヴァルカンさんは不平を言ったりしなかった。
逆にこの場所まで案内してくれたことに感謝の言葉を述べていた。
仲が悪いのかとも思ったが、そうでもないのかもしれない。
「ああ、食事は1階に行かずにお部屋にあるベルで使い魔を呼んでください。それと他のフロアにも行かない方が良いでしょう。お互いトラブルは困りますから。」
その言葉を最後に、アーヴィングの姿がかき消えた。
どうやらアーヴィングは転移装置を小型化した指輪を持っていたらしい。
僕の目はそんな一瞬の動きすら見逃さなかった。
「行くぞオーン。図書館の中では静かにな。」
「はい。」
共用語で書かれているものをヴァルカンさん。
竜の言葉で書かれているものを僕。
といった具合に、それぞれ分担してミスリルの精錬方法を探すことになった。
図書館は1層や10層の広間と同じように、ワンフロアを丸ごと使用して大量の本を保管しているようだった。
これだけの本を一体どうやって収集したのかはわからないが、その中の何割かはきっとここにやってきた魔法使い達が書いた書物のような気がした。
本を探す前にざっと辺りを眺めてみたところ、本棚の種類は大きく分けて2つあった。
1つは、塔の外周に合わせる形で円周上に湾曲した本棚。
もう1つは、まるで玉座を守る兵士のように、図書館の入口から左右対称に並んでいる本棚だ。
後者の本棚を分断するように入口から真っ直ぐ椅子や机が並べられており、その場所で中層魔法使いだと思われる魔法使い達が何人か読書をしていた。
物凄く集中をしているのか、僕が通っても本から視線を離すことはなかった。
1層と同じように図書館には螺旋階段がありもう1つ上のフロアに行けるようだった。
試しに登ってみると、なんとそこにも本棚が待ち構えていた。
本の量に圧倒された僕は、少し気分を落ち着けようと2階から階下を見下ろした。
図書館は例え500人の人間が同時にこの場でダンスをしても、窮屈さを感じない程の広さがありそうだった。
本棚の数はその倍はありそうだったので、一冊一冊確認していたら本の調査だけで数か月はかかってしまいそうな気がした。
図書館を利用したことのある人間なら、本は分類されているのではないかと予想をすることだろう。
この時の僕は当然そんなことは知らないのだが、仮に知っていたとしてもその知識は役に立たなかったということだけここに記しておく。
なぜならこの図書館の本は蝶のようにパタパタと自由に飛び回り、他の本棚にお引越しをするという習性があるからだ。
司書がいたら発狂しそうな図書館だが、この図書館に司書はいない。
ひとまず僕は背表紙を眺めながら何冊かの本を見繕った。
ミスリルという鉱石について良く知らなかったので、「古今東西鉱石図鑑」という本を僕はまず手に取った。
ペラペラと確認してみると、この本には現在確認されている金属の採掘場所やその金属の特性が挿絵つきで載っていた。
金属ってこんなに種類があるの?
と、思わずツッコミを入れたくなる程ページ数が多いので、じっくり腰を据えて確認せねばと僕は思った。
次に、ヴァルカンさんの言う精錬という言葉の意味を僕はまだ理解していなかったので、「製錬と精錬と」という本を手に取った。
ひとまず精錬が金属から不純物を取り除いて純度を高めることというのはわかったが、これには魔法を使った精錬方法が載っているようだった。
もしかするとミスリルの精錬方法も載っているかもしれないので、僕はこれも読むことにした。
ひとまずこんなものかなと、分厚い本を2冊抱え、僕が1つ下のフロアに戻ろうとすると、本棚の中から人の気配がした。
「ん?」
本棚の中から人の気配がするってどういうことだろう?
疑問を感じながらも気配のする方へ視線を向けると、本の中に囚われている男が見えた。
「うーん。」
これも魔法の力なのかな?
そう考えた僕は、本を開ける前に罠がないかどうかをしっかり確認した。
ミイラとりがミイラという言葉があるように、僕も本の中に閉じ込められたくはなかったからだ。
ドラゴンの目で本を観察すると、本を開いたから閉じ込められたのではなく、魔法で無理やり本に封じ込められているということがわかった。
罠もなさそうだったので、僕は男を解放しようと本を開いた。
「誰かあああぁぁ助けてくれえええぇぇ。」
本の中から出てきた男は図書館中に響き渡るほど大きな声量で叫び声をあげた。
きっとそうやってずっと助けを呼んでいたのだろう。
可哀そうな男だなと僕は彼に同情した。
「あの……大丈夫ですか?」
おずおずと尋ねると、男はようやく僕と焦点があった。
「……あ?ああ……君が助けてくれたのかい?ありがとう。本当にありがとう。」
僕の手を握った耳の長い男は何度も何度も感謝の言葉を述べた。
「あの……あなたは?」
この人はどうして本に閉じ込められていたのだろう。
それが聞きたくて、僕は相手に深入りすることにした。
「私はフムス。ハーフ・エルフのフムスだ。君の名前は?」
「オーンです。よろしくお願いします。」
あれ、ハーフエルフ?
自己紹介をした僕は、目の前にいる男の出自に興味を持った。
もしかすれば、本を探さなくてもミスリルの精錬方法がわかるかも。
そう思ったからだ。
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