ドラゴンスケイル

うなぎ

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1章

鱗の無い竜

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卵から孵ってしばらくしても、体から鱗が生えてくることはなかった。
そのせいでイモリみたいだと、同年代のドラゴンたちによく馬鹿にされた。
ドラゴンは元来、とても誇り高い生き物である。
自分の名誉が傷つけられようものなら、武を持って身の程をわからせる。
というのが、ドラゴンという種族の考え方だった。
情操教育の一環とでも言えばいいのだろうか。
僕も先達からその教えを賜り、自分を馬鹿にしてきた連中と戦うことを強いられた。
しかしあいにくと、僕には鱗が無い。
この状況を人間にもわかりやすく説明すると……。
僕が同族と喧嘩をするということは、完全武装した人間と素っ裸の人間が戦うようなものである。
あらためて補足をする必要は無いかもしれないが、誤解を招かないようにあえてつけ加えておこう。
僕が素っ裸の人間の方である。
結果は火を見るより明らかだということが、おわかりいただけたことだろう。
勝ち目がない勝負に挑めるほど、僕は無謀にはなれなかった。
しかし、懸命だと判断したその選択は、一族の中での僕の立場を著しく悪くしてしまった。
軟弱者だと先達に見放され、虐めっ子達の歯止めとなる者がいなくなってしまったのだ。
日に日にエスカレートしていく嫌がらせに身の危険を感じ始めた僕は、空が飛べるようになったのを機に、故郷である霊峰フリッドスキャルフを後にした。
ドラゴンの子供とはいえ、最初は何度も死にそうな目にあった。
ある時は、自分より巨大な魔物に捕食されそうになり。
またある時は、知能を持つ他の種族に狩猟されそうになり。
この世界には危険なことが山ほどあるということを、身を持って知ることになった。
外の世界がこんなに危険だったなら、僕は故郷を飛び出さなかっただろうか。
そんな問いを自問できるようになるのは、もう少し先のことである。
今の僕は生きるのに精一杯で、そんなことを考えている余裕が無かった。
逃げて、逃げて、逃げて。
その果てに、ようやく羽を休められそうな場所を見つけることができた。
これで穏やかな暮らしができる。
そう思った矢先のことだった。
ある朝、僕は岩壁の向こうから聞こえるザクザクという奇妙な音に起こされた。
僕がねぐらに選んだこの洞窟は周囲を岩壁に囲まれており、横穴のような地上からの侵入経路が一切なかった。
唯一出入りできる場所は、山の火口のようにぽっかり空いた頭上だけ。
の、はずだったのだが、その男は硬度4相当の岩壁を突き破り、地上から横穴を掘ってこの場所に入って来たのだ。
「ひいい、殺さないでー。」
開口一番に僕が命乞いをすると、岩をも破壊する武器を持った男は、あっけに取られてポカンと口を開いた。
男も何か言葉を発しようとしていたようだが、僕のあまりの狼狽っぷりに困惑したようだった。
後から思い返してみれば、男の反応は至極当然なものだった。
なにせ、故郷を出た時は1メートルしかなかった僕の体は、この頃には既に5メートルほどの大きさにまで成長していたからだ。
どんなに屈強な大男でも3メートル以上にはならない種族からすれば、5メートルもある僕の体はさぞや大きく見えたことだろう。
ブルブルと空洞の隅で身を縮めている僕を訝しみながらも、男は硬そうな岩でできた壁に先ほどとは別の武器を叩きつけた。
男が武器を振るう度に、キーンと、何やら綺麗な音がした。
耳に心地のよいその音に思わず目を閉じ、聞き入っていると、不意にその音が止んで静かになった。
少し警戒を緩め過ぎたかと恐る恐る僕が目を開けると、男は壁から転がり落ちた綺麗な石を拾い上げ、革袋の中へと詰め込んでいるところだった。
先達から聞いた話では人間は肉や野菜を食べる生き物のはずだった。
それなのに、あんなに石を集めてどうするつもりなんだろう?
頭の中に疑問が湧いてきた。
「あのぅ、何をされているのですか?」
気づいた時にはもう、僕は男に話しかけていた。
僕が目を閉じても、男は危害を加えてこなかった。
だから少しばかり、警戒心が緩んでしまったのかもしれない。
相手の作業を邪魔することによって怒りを買う可能性はあったが、それでも誰かと話をしたいという欲求を抑えることができなかった。
「……何って、見りゃわかんだろ。」
僕の質問に対して、男は素っ気ない態度で返事を返した。
喋りかけてくんなという感情を言外に感じ取った僕は、それ以上言葉を続けることができず、何をしているのかなーと小首をかしげながら想像にふけった。
僕が会話をピタリと辞めたことを気にしてか、作業をしていた男がチラチラとこちらに視線を向けてくるようになった。
あの時浮かべていた男の表情を僕は今でもハッキリ覚えている。
冷たくしすぎたことを後悔するような、バツが悪そうな顔を男はしていた。
大柄で強面の見た目とは裏腹に、この男の内面は優しさであふれていた。
そのことを証明するかのように、男は一際大きなため息をついてから、僕の最初の質問に律儀に答え始めた。
「鍛冶仕事で使う、鉱石を採掘している。」
「鍛冶仕事?」
「あー……、魔物にゃ鍛冶仕事って言ってもわからねえか。鍛冶仕事ってのはなんだ。このツルハシみてえに、人間が生身じゃできねえことを可能にする、そんな便利な道具を作る仕事のことだな。」
強大な力を持つドラゴンは巣を作ることはあっても、ちまちました小物を作るということをしない。
男の発言は、それこそ目から鱗だった。
「あ、あの!鍛冶仕事ができるようになれば、鱗の代わりも作れるようになるでしょうか!?」
「鱗の代わり?お前さん、鱗なんかが欲しいのか?」
「はい!僕の仲間はみんな鱗が生えているんですが、何故か僕だけ鱗が生えてこなくて、すっごく困っていたんです。」
一縷(いちる)の望みにすがるように僕が声を荒げると、男の顔つきが今まで見せていたものとは違うものになった。
いわゆる職人の顔というやつだが、今の僕はその言葉を知る由もない。
「お前さんが欲しいのは鱗のような見た目か?それとも鱗の持つ特性の方か?」
「見た目よりも性能の良いものが欲しいです。僕の仲間の鱗は、深度8以下の魔法攻撃や硬度8以下の物理攻撃を跳ねのけるそうなので、そんな感じのものが作れるとありがたいです。」
「いや、ちょっと待てくれ。物理と魔法をそのレベルで両立できる鱗なんざ聞いたことがねえぞ。お前さんは一体何の魔物なんだ?」
「あの……僕、実は魔物じゃなくて……種族で言うとドラゴンになります。」
僕が正直に返答をすると、男は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「人間の国で取引されているドラゴンの鱗は、最高ランクのものでも深度と硬度が6だったはずだ。お前さんが言っていた8ってのは、どっから出て来た数字なんだ?」
「6はドラゴンではなく亜竜(デミ・ドラゴン)の鱗だと思います。ワームとか、ドレイクとか、アンピプテラとか。」
「げっ、まじか。あいつら、ドラゴンじゃねえのかよ。めちゃんこつええのに。」
「本物のドラゴンは、彼らの比じゃありませんよ。僕が言っても説得力が出ないかもしれませんが……。」
「いや、信じるぜ?人類にとっては十分脅威だが、伝承や神話で登場する竜と比べると、あいつらは見劣りしていたからな。だが、面白いことはわかった。」
「面白いこと?」
「伝承や神話が本当にあるかもしれないということだ。こいつを見てくれ。」
そう言って、男が取り出したものは、先ほど革袋の中に入れた綺麗な石だった。
「これはミスリルという魔力の濃い場所でしかとれない鉱物だ。この中から魔力を取り出すことで、魔法を吸収する装備を作り出すことができる。」
「つまり、疑似的に深度が高い装備を作れるということですか?」
「そうだ。だが、そのことを話たかったわけじゃねえ。この鉱物はつい先日まで、人間の国では伝承で語り継がれていただけのものなんだ。」
「どういうことですか?」
「魔力の濃い場所ってのは、何故かエルフの領地であることが多い。だが、この鉱物の特性は魔法を使うエルフの力に反するもんだ。だからエルフはこの鉱石の存在を秘匿し続けた。そういった伝承や神話で語り継がれた鉱石を見つけられれば、あるいは……お前が求めている鱗も作れるかもしれねえな。」
最後の方は僕に言い聞かせたのではなく、独り言のようだった。
アダマンタイトやらオリハルコンやら、何やら聞きなれない言葉を男はブツブツと呟いている。
ミスリルという鉱物の凄さや神話や伝承に語られているドラゴンがどういう存在なのかわからない僕は、ひとまず男の考えがまとまるのを口を閉じて待つことにした。
やがて、鱗を作る算段がついたのか、男は再び口を開いた。
「そういや、お前さんの名を聞いてなかったな。」
「ぼ、僕ですか?……僕は、オーンって言います。」
「オーンか。呼びやすい名前だな。俺の名はヴァルカンだ。よろしくな。」
「はい、よろしくお願いします!」
「それと、てめえからの依頼だがな。……引き受けてやることにした。」
「えっ、本当ですか?やったー、ありがとうございます!」
「喜ぶのは鱗ができてからにしてくれ。……あと言っておくが、タダじゃねえからな。金の代わりにお前さんには、素材を集めを手伝ってもらうからな。」
「もちろんです。何でもお手伝いします!」
「よし。ほんじゃあ早速、ミスリルを集めるのを手伝ってくれ。あの上の方にあるやつとか、空を飛べないと採集できそうにないからな。」
「はい!」
こうして、僕はヴァルカンという人間の鍛冶師に、自分の鱗を作ってもらうことになった。
鱗を作りたいと僕が考えた理由は、竜の国へ戻るためでも、虐めっ子達に仕返しがしたいわけでもない。
ただ、これから長い人生を過ごすにあたり、自分の身を護る鱗が必要だと思っただけだった。
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